徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

現世太極伝(第二十話 あなたが存在する意味)

2006-02-27 16:52:33 | 夢の中のお話 『現世太極伝』
 「おまえがどのような感覚で私を捉えているのかは分からないが…私はこの男の中に存在しているわけではない…。
この世界のありとあらゆるものが私だ…そう…おまえも私の一部だ。 」

 太極の両極…陰と陽が結合と分裂を繰り返して五行を生み、五行が絡み合ってすべてのものを生み出した…ということは亮の身体もそうして生み出されたものということになる。

 「亮…おまえは…おまえが存在する意味を考えたことがあるか…? 」

 太極は訊ねた。
それは…自分に生きている価値があるかどうか…ということなのだろうか…?
 それならばあの時からずっと…僕をおいて母が出て行った時から…父が帰ってこなくなった時から…胸の中にある。

 「この世のものはすべて対を成して存在する…。 人もまた然りだ…。
単独で存在することは在り得ない。
 
 もし…おまえがいまここでその存在をやめてしまったとすると、おまえと対を成しているもうひとつの何かも…或いは誰かも…同時に滅ぶことになる…。
 逆に向こうが命を絶てば…或いは壊れてしまえば…おまえはすぐにでも否応なしに死ぬことになる。

 この世におまえが存在することの意味は…おまえがこの世界を構成するひとつの要素であると共に、おまえと対をなすものの存在についても責任を負っているということだ。
 しかも…単に一対の存在というだけでなく、要素というものはその他の要素に対しても複雑かつ重要な関わりと繋がりを持っている。
 それ故におまえという要素が消えることによってこの世界に及ぼされる影響には計り知れないものがある。

 たったひとつのちっぽけな要素ではあっても…おまえは今この瞬間のこの世界を構成するためにはなくてはならない大切な存在だということだ。

 おまえの命は決しておまえだけのものではないのだということを胸に刻んでおいて欲しい。

 その上で…。 」

 …と太極は続けた。

 「我々は…我々がこの世界を生み出したその瞬間から発生と消滅を繰り返すこの世のすべてのものを作り上げてきた。
 そのこと自体に然したる理由などはない…おまえの身体が自然に生命を維持するための営みを行っているようなものだ…。

 おまえの身体がどこか故障を起こした時に、おまえが敢えてそうしようと思わなくても身体が修復を行っているように、私の中で何かが起きれば私の生み出したものが私を修復してきた…。

 ところが…最近…最近といっても…人間にとっては百年二百年の単位になるかも知れないが…修復が間に合わないほど存在のバランスが崩れてきている。

 生き物…動物も植物も…の滅ぶ数…自然の破壊される数…以前とは比べものにならないほどだ…。
原因は様々…大気や水の汚染であったり…戦争であったり…。

 先にも話したようにこの世に在るものはすべてこの世界を構成する要素だから、それが失われることによって私の存在までもが危うい状態になってきている。
私が消えるときはこの小宇宙が消えるときでもある…。

 私を修復しているものたちはこの危機的状態を回避するために、修復に必要なエナジーを自ら生み出すだけでなく、原因を作った人間という種から回収することを思いついた。
 生命エナジーがより強いと思われる世界中の若い特殊能力者を集め、その生命エナジーによって陰と陽とのバランスを図ろうとした。

 思いがけぬことに…集めた若者が増えるに従って自然発生的に組織という形態をとるようになり、陰と陽に分かれて反目し合うようになってしまった。 
 陰と陽とはもともと同じもので対立して存在するものではないということが人間には理解できなかったようだ。

 もはや…ありとあらゆる所で我々の意思とは無関係に能力者同士の戦いが起こっている。 
そうした争いがさらに私を破壊する原因となっていくことも知らずに…。

 人間は救い難い…私を修復するものたちは…人間という要素をすべて消した上で新しく別のものを生み出した方がいいのではないかと考え始めている…。」

亮は驚愕した。人間を消す…。そんな馬鹿なこと…。

 「冗談じゃない…。 そんなこと勝手に決められても…。
さっき…きみは言ったじゃないか…存在する意味を胸に刻めと…。
 もし人間だけが消されたとしても対になっているものが人間じゃなければ…それも一緒に消えるんだぞ。
矛盾してるよ…。 」

 絶対納得できない…亮はそう思った。 
太極はじっと亮を見つめた。

 「人間が存続した場合にはその先に必ず失われていくものが発生する。
それを修復するために必要なエナジーを生み出すことと、人間を消して新しいものを生み出した場合に必要なエナジーとを量りにかけた場合…どちらが我々にとってより効率的かという問題だ…。 

 いま…私は迷っている…人間も私の生み出したもの…そして私の一部…簡単に消してしまっていいとは思わない…。
だが…このまま私の中で破壊が進めば人間にとっては結果は同じ…滅びが来る。」

 途方もない話に亮は動揺していた。どうしたらいいんだろう。
そんな話を聞かされても…僕にはどうすることもできない。
 もっと力があれば…洗脳を解いて能力者同士の争いくらいは抑えられるかも知れないけれど…。

 「洗脳…したわけではない。 おまえたちは誤解している。
私の中の陰陽…その中の四象…などが話し伝えたこの世界の現状を…彼らが純粋な心で捉えた結果だ…。

洗脳ではないから…その思いは我々にも解けぬ。 」

 なんてこと…もしかしたら自己暗示か…催眠…。 
う~ん…どちらにしろ僕には解く力はないし…。

太極はふと講義室の外に目を向けた。

 「お迎えが来たようだぞ…。 亮…。 あの男が…すぐ近くまで来ている。
ついでだ…この男も連れて帰ってやってくれ…今日は相当…疲れているようだ…。

 だが…気をつけて行くがいい…。 いまや攻撃は無差別に行われている。 
おまえはさっきあの男を呼ぶために自分の力を使ってしまった。
もう誤魔化しは効かない…。 」

 太極の忠告が終わるや否や…講義室の扉のところに西沢が姿を現した。
西沢は落ち着いた表情でゆっくりとこちらへやって来た。
ノエルを操っている太極の前に進み出ると静かに語りかけた。

 「太極よ…。 
あなたが我々人間を生み出したものであるのなら…あなたの手によって人間を滅ぼすことだけはどうか避けて貰いたい。

 自分が今…親の手によって殺されようとしているなどと疑うこともせず…その瞬間を迎える子の心をどうか察して欲しい…。

 あなたがすべてのものの根源であるのなら…我が子を殺すような哀しい真似だけはしないでくれ…。 」

 太極というものの魂に直接訴えかけるかのように西沢はそう話した。
太極はしばらくじっと西沢を見つめていたが…やがてその気配を消した。

 瞬間…ノエルが力尽きたようにその場に倒れこんだ。
魂がぬけたように崩れ落ちる華奢な身体を慌てて駆け寄った西沢が支えた。
 西沢の腕の中でノエルはうっすらと眼を開け、ぼんやりと自分を抱えている男の顔を見た。

 「誰…? えっ…西沢…西沢…紫苑…? 」

 ええっ…? ノエルは驚いたように飛び起きた。西沢はクスッと笑いながら、そうだよ…と答えた。

 「なんで…どうして…ここに? 木之内…も…? 」

傍にいる亮と西沢を代わる代わる見た。 

 「西沢紫苑は…僕の兄貴なんだ…。 誰も知らないけど…。 」

 亮はちょっと照れたように言った。
西沢がノエルに向かって頷いた。

 「大丈夫…きみ? あまり顔色が良くないね…。 
亮くん…この子の荷物持ってくれる? 駐車場まで僕が負ぶっていくから…。 」

 西沢に促されて亮は自分とノエルの鞄を抱えた。
とんでもない…ノエルは首を横に振った。

 「大丈夫です…。 僕…歩ける…。 鞄も…有難う…。 」

 亮から鞄を受け取るとノエルはわりとしっかりした足取りで歩き始めた。
先を行くノエルの後姿を心配そうに西沢が見つめた。



 講義室に来た時にはまだ陽が射していたがすでにあたりは暗くなりかけていた。
あちらこちらの研究室や部室にはまだ人が残っているようで灯りがついていたが、外には人影がほとんどなかった。

 校門を出て駐車場に入ったあたりで止めてあったワゴン車の陰から突然何者かが飛び出てきてノエルの腕を掴んだ。 
 ノエルはそれを振り払ったが弾みで転んでしまった。
衰えた体力では相手の攻撃をかわすのがやっとなのか地面を転げまわった。 

 「西沢さん? 」

力を使ってもいいか…と亮の顔が訊いていた。

 「やってごらん。 但し…相手にショックを与える程度…大怪我させないように…。」

 頷いて亮はなかなか起き上がれずに居るノエルの方に駆けて行った。
相手は五人ほど…その中でノエルを攻撃しているのは二人だが、残りの三人ほどは逃さないようにしっかりと周りを囲んでいた。
 
 亮が近付く気配を察してか、その三人が亮と西沢の居る方へと向かってきた。
邪魔…!と亮は軽く念の当て身を食らわした。
戦い慣れている三人は亮の攻撃をかわしたがその間に通り抜けられた。

 亮は駆けながら執拗にノエルを攻撃しているひとりを突き倒した。
思わぬところからの攻撃に一瞬怯んだものの、ノエルをそのままにして二人とも亮の方へと向かってきた。
背後からあの三人が迫った。

 西沢は何を思ったか少し距離を置いてその様子を見物していた。
五人に囲まれた亮が衝撃を与えて彼等を動けなくするのをのんびりと見ていた。 
亮は念のロープで身体がしびれて動けなくなった五人を捕縛した。

 「たいした相手じゃなかったけど…こいつらどうしようか? 」

 亮が西沢に声をかけた。西沢は微笑みながらそっと五人に近付いた。
怯えて固くなっているその中のひとりの眼を静かに覗きこむようにして、その額に指を触れた。
 瞬間軽く弾かれたように触れられた相手が仰け反った。
西沢は順次同じ動作を繰り返した。
西沢の指先から相手の脳へと確かに何かの力が働いたように感じられた。

 「…きみたちは…解き放たれた…。 もう…戦う必要はない…。
家へお帰り…いつもの生活に戻りなさい…。 」

 西沢がそう語りかけると…五人は一斉に大きく息を吸い、まるでいま眠りから覚めたように辺りを見回した。
 どうしてここに居るのか…何をしているのか…状況が読めない様子だったが、なぜか腕時計を見て何かを思い出したらしく慌てて帰って行った。

ふっと西沢は笑みを漏らした。

 「習慣は恐ろしいね…。 時計に縛られて生きている現代人の縮図だな…。 」

未だ動けないノエルの身体を抱き上げて西沢は自分の車へと運んだ。

 「我慢してるから…こんな目に遭うんだよ…。動くのも限界だったろうに…。」

真っ青な顔をしているノエルにそう話しかけた。

 「迷惑…かけるの…嫌なんです…。 
僕なんか居ない方がいいと…ずっと思ってたけど…この世界の役に立ってるって感じられたのが嬉しくて…。
誰かに…迷惑かけたら…役に立ったというその思いが…消えちゃう…から…。」

ノエルはなぜかとても哀しそうに言った。

 「ノエル…。 
この世界の構成要素として役立っている自分を喜ぶのもいいけれど…ね。
 きみが生きて存在していることで…誰かに与えられる何かがあるんだってことを喜んだ方が楽しくないか…? 
 僕なんかきみを見ているだけで心楽しいよ…。
きみはとても魅力的だからね…。 」

 心底楽しげに西沢は笑った。
えっ…? ノエルは何を言われたのか分からずに、しばらくきょとんとしていたが…やがてぽっと頬染めた。 

 「亮くん…一先ず家へ戻るよ。 滝川が帰って来てるといいんだが…。
早くこの子の手当てをしてやらなきゃ…。 体力が…ちょっと深刻…。 」

 助手席に座った亮に西沢がそう話しかけた。
後部座席でぐったりしているノエルに心配そうな眼を向けながら亮は頷いた…。






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