徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第六話 闇を喰らう獣)

2005-05-06 15:27:26 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 「だめだよ。捕まっちゃうよ。」
庭の方から冬樹の声が聞こえたような気がして、一左は外に目をやった。帰ってきたばかりらしく、学生服のままの背中が見えかくれしている。誰かと話しているようだが、一左の視界には相手の姿が入ってこない。

 「だめだめ。ひとりで出かけるなんて無理…!」
会話はなおも続くが、辺りには人影もなくしんとしている。
 
 『さては中坊の癖に、わしに内緒で携帯でも手に入れたか…。』
携帯は高校入学まで待てと言ってあった。若い者はこれだからと、一左は立ち上がり、冬樹のほうへ一歩足を踏み出した。

 が…、その足はそこでぴたりと止まってしまった。冬樹が話しかけている相手の姿が見えた。
それはとてつもなく大きく、犬のような形をした生き物だった。冬樹がそれに気付いているのかどうかは判らないが、全身がぴりぴりと緊張してくるほどの波動(チカラ)を感じる。
 
 「冬樹、それから離れるのじゃ!」
一左は叫んだ。
しかし、冬樹は笑って取り合おうとしない。獣の頭などをなでている。

 「大丈夫だよ。お祖父さま。こいつは悪い奴じゃないから。」
獣の方もすっかり慣れ親しんだ様子で、冬樹に身を寄せたりしている。その様子は普通の犬と変わりない。しかも昨日今日の関係には見えないほど親密に思える。
 「こいつの言葉が解るんだよ。話ができるんだ。」
冬樹はうれしそうに言った。

 日頃、何の能力もないと劣等感を抱いていた冬樹だけに、獣の言葉が理解できたことがよほど自信になったらしく、一左の目から見ても今の冬樹は実に堂々としていた。

 通常なら孫に少しでも見込みが出てきたことを喜ぶべきところだが、そうした冬樹の様子を見て一左の心に一抹の不安がよぎった。
あの『樹と化け物』の言い伝えが一左の脳裏に浮かんでは消え、冬樹の姿が樹の姿とオーバーラップする。

 『ただの言い伝えに過ぎん。』
そう心のうちで呟いて、笑い飛ばそうとした。
『こいつはただの犬じゃ。闇を喰う獣などこの世に存在するはずがない…。』

 在りえぬ事だと言ってはみるが、不安は一向に消えなかった。万が一これが本物ならば…。
そう考えただけで、背にあわ立つものをおぼえた。



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