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一番目の夢(第十四話 樹と魔獣)

2005-05-22 18:04:22 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 あの密談の日から、透は時々藤宮を訪れて次郎左のもとで少しずつ修行らしきものを積んでいった。らしき…といわざるを得ないのは次郎左の語る紫峰の歴史や理念を勉強するだけのことなので、精神修養とか、肉体改造などといったものを想像していた透にとっては期待はずれもいいところだったからだ。

 修はといえば、後見の跡取りにもかかわらず一向に修行する様子が見えない。次郎左も別段、修には紫峰の知識など勉強させるつもりはないらしい。修は相変わらず、家の雑事と仕事に追われている。
 
 あの日から何か変わったところといえば、修が親戚から冬樹の代わりだと言って、雅人という少年を連れてきたことだった。
 雅人は、冬樹より半年ほど前に生まれた徹人と恋人の子供で、黒田が豊穂と別れさせられた経緯同様に、徹人もまた恋人と別れさせられていた。豊穂はそのことを知っていて、幼い修に透や冬樹だけでなく、その子と恋人の世話も頼んで逝ったのだ。
 一応未だ宗主として紫峰に君臨している男は、ことのほか雅人の出現を喜んだ。どうやら今度は雅人を傀儡として宗主の跡取りに立てようと考えているらしい。

 「次郎左の揺さぶりがなくても、いつかは冬樹は殺されていたかもしれないぜ。」
自分の意思とは関係なく自分のすべてが決定されていくようで、浮かない顔をしている透を、ソラはいつもの祠に誘い出した。万一、あの偽一左が聞いていたとしても、ソラが語る分には単なる思い出話で済まされる。ソラは他の者には遠い遠い昔話にしか聞こえないようにちょっとした細工をしておいた。

 「奴の目的は弱ってきた一左の身体から、新しい身体に乗り換えることだったんだ。ところが、奴の知らないところで一左の魂は黒田に護られていたし、冬樹の死に際しては、修がその身体に結界を張ったために乗り移れなかった。で、今度は雅人を狙ってる。」
  
 「結界?修さんが…?」
黒田の呪縛から救い出してくれた時に、透は修に強い能力があることに気がついた。しかし、そのことについてはあえて触れずにいた。透自身、誰かに自分の力について話したいとは思わないからだ。
  
 「ああ、わけないことさ。背負っているものが無ければ、樹ならあんな奴、敵じゃねえ。ただ、今の樹には一左の命や一族の安全を第一に考えなきゃならないというお荷物があるからな。」

 『樹』とソラは言った。『樹』とは紫峰の先祖のひとりですでに亡くなった人ではないか。なのにソラはもう二度も修のことを樹と呼んでいる。
 
 透の訝しげな表情に気付いたのか、ソラはニタニタ笑いながら言った。

 「俺は闇喰いだ。人間の心の闇を喰って生きている。だから人間に近づく。決して悪いことをしてるわけじゃない。だが、人間は魔物は皆、恐ろしげで悪い生き物だと思っている。
 あの頃、朝廷は俺をとんでもない悪と考えていたから、いろんな手を使って俺を退治しようとした。そんなもの俺たちに通用するわけが無い。何人もの偉そうな坊主や、陰陽師が俺を殺しにやってきたぜ。」
 
 いかにもおかしそうにその青い目を細めた。

 「だれも俺を倒せなかった。それで、樹に俺を退治せよとの命令が下ったのさ。紫峰家は他の奴らとは違って、ごく普通の公家かなんかの家柄だったぜ。とても魔物退治なんてことに関わりがあるとは思えなかったな。

 樹は俺に言ったんだ。『罪もないおまえにこのようなことを言うのは誠におかしく、申し訳けの無いことだが、このままでは自分が退治せずとも何れ誰かがおまえを殺めるだろう。
 どうだろう?私がこの先、生まれ変わることがあれば、必ずおまえを蘇らせるゆえ、しばらく眠っていてはくれまいか?』
 
 俺は驚いたぜ。魔物にこんなに礼を尽くす奴が居るとは。樹のことはうわさで聞いていた。とてつもなく強大な力の持ち主で、悪さをする魔物はすべて退治されるし、そうでないものは助けられることもあると…。 

 人間が蘇ることなんて無いかもしれない。もし蘇ったとしても俺のことは忘れられているかもしれないし、樹自身がその力を使えないこともあろう。
だが、俺は樹を信じた。そして今、ここにその約束は果たされ、俺は蘇った…。」

 ソラは過去に思いを馳せ、樹との深い絆に心打たれているようだった。魔獣にまで誠を尽くす樹という人。透はその心根の純粋さに惚れ込んだ。そういう人が一族に居たことを誇りに思った。
しかし、今一族を牛耳っているのは、樹とはまるで正反対の男。
それが悲しく、許せなかった。



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