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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第五話 解かれた封印)

2005-05-04 15:00:11 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 女中頭の春が血相変えて飛び込んできたのはつい先ほどのことだった。屋敷の裏手にある林の中には、石組みの小さな祠が祀られてあったが、何者かがこれを壊したというのだった。日頃、何事にも動じない春がこれほどあわてるにはそれなりのわけがあった。
 
 「化け物が封じられている…との言い伝えがあっての。」
一左は不思議がる孫達に語り始めた。
「修は知っておろうが、お前たちにははじめて話すかの? 紫峰 樹(イツキ)という偉大な御方の話を…。」

 『樹』とは、陰陽師などが活躍していた時代に紫峰の当主として実在していたとされる祖先の一人で、紫峰歴代の中でも並外れた能力の持ち主であったと伝えられている。
 紫峰家は別段、呪いや祈祷を生業としていたわけではないので、望まれれば能力(チカラ)を貸すという程度にその役割を止めていたらしく、他家の古文書に、また、一般の歴史書にその名を記されることはなかった。
 陰陽師と呼ばれる者たちとも当時の権力者とも一線を画して、紫峰独自の生き方で泰然と存在することができたのも不思議といえば不思議ではあるが…。

 樹という人は穏やかで心優しく、身分の高い者たちだけではなく、貧しい者にも分け隔てなく救いの手を差し伸べたとされており、一説には魔物たちの中にも樹に救われた者がいるとの話が伝わっている。不幸にして早世したときには鬼でさえも涙したと紫峰家の伝え書に記されている。

 問題の祠は樹が封じた魔物のもので、樹が再びこの世に現れた時にその魔物も再生するといわれているものだった。

 「言い伝えに過ぎぬがの。お前たちの中にひょっとしたら生まれ変わりが居るのかも…の。」
一左は笑ってそう付け加えた。

 透と冬樹はお互いに顔を見合わせて、そのまま修の方に目を向けた。修はいつものように穏やかに微笑んでいた。御伽噺だよとでも言いたげに。



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一番目の夢(第四話 紫峰の子)

2005-05-03 15:11:42 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 跡取りだった和彦が他界した後、一左は修を差し置いた形で徹人を後継と決めた。修がまだ五つか六つの頃のことだし、止むを得ないことだったと思っている。成人した今となっても修自身は何も言わないし、言うつもりもないらしい。かえって跡取りなど面倒くさいと考えているようなところがある。冬樹を立てることを決めた時も別段何とも感じていないようだった。
 
 しかし、もしあの頃、修がこれほどの能力(チカラ)を持っていることが一族の中に知れていれば、当然、徹人をなどと口にもできなかったに違いない。なぜなら、徹人は今の冬樹よりはましとはいえ、やはり能力的に劣っていたからだ。

 豊穂を徹人と結婚させたのは、豊穂が徹人の能力を補って余りある大きなチカラの持ち主だったからで、徹人を後継として一族に認めさせるための布石でもあった。
 そのために、すでに黒田と一緒になって幸せに暮らしていた豊穂を無理やり離別させ、その御腹の子ともどもさらうようにして連れて来たのだった。
 
 豊穂は紫峰家で透を産み、翌年に冬樹の母となった。もともと丈夫ではない豊穂は、子供を産んでからは寝たり起きたりの状態で、透と冬樹の世話はほとんど小学生の修がしていたようなものだった。勿論、屋敷には何人もの使用人がいるのだが、彼らでは両親の代わりには成り得なかったのだ。すべての責任が幼い修の肩にかかっていたわけだが、一左も徹人も何故か手を差し伸べることをしなかった。

 やがて、徹人が他界し、後を追うように豊穂もこの世を去ってしまうと、一左はますます子供たちを顧みなくなった。修は普通の子供のように遊ぶこともせずに、従兄弟である紫峰の子を育て続けたのだった。
 
 『何故…?』
一左は今になってはじめて修について振り返ってみた。長年ともに生活をしながら、修の心はまったくといっていいほど一左には見えてこない。何を考え、どう動こうとしているのか。今の一左には黒田の存在よりも修の方が脅威とも思える。

 だが、ここで一左はその不安を振り払った。修には紫峰を支配しようという欲はない。あれほど冬樹や透をかわいがっているのだから…と。



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一番目の夢(第三話 紫峰の家)

2005-05-02 17:40:21 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 紫峰の家は、歴史に名を遺すような知名度の高い家系ではないが、平安以前から続くといわれる旧家である。多くの名家が時代とともに没落していったにもかかわらず、不思議なことにその財力と権力を増しながら現在に至っている。まるで、時の網目をくぐり抜けて来たかのように、飄々と存続し続けていた。
 
 現当主には先代の趣味で一郎左衛門という名前がついており、仲間内では紫峰一左で通っている。何不自由ない生活に、傍目から見れば順風満帆な人生を想像するが、久しく一族を覆っている闇に、心安らぐことのない日々を送っていた。
 
 一左には次郎左、三左と呼ばれる弟がいるが、この三左が失踪したのを皮切りに、妻である蕗子、跡取りの長男和彦・咲江夫妻、三男徹人・豊穂夫妻が相次いで亡くなり、紫峰家の財政面の要となっている次男貴彦も、過去の経緯から黒田という男によって頻繁に嫌がらせを受けていた。
 
 しかし、何よりも一左を悩ませていたのは、彼が跡取りと決めている徹人の子、冬樹が何の能力も持たない普通の少年であることだった。
 
 自分の血を直接引いているわけではない透には大きな能力がある。その上、今回のことで、長男和彦の忘れ形見、修にとてつもない能力(チカラ)が隠されていることが発覚した。紫峰家の裏の顔を思えば、この二人を無視して冬樹を立てることが得策かどうか。

 『修に押し付けたのが間違いだったか…。』
一左は今更ながらにそう思った。



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一番目の夢(第二話 事の起こり)

2005-04-28 12:08:27 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 それは半年ほど前に遡る。黒田という男はもともとは紫峰の一族の一人だったが、過去に理不尽なめにあわされて以来、紫峰の家に対して深い恨みを抱いていた。どこでどうしていたのかは分からないが、一矢報いたい一心で働き、紫峰の家に物言えるほどの権力を蓄えて、透たちの前に姿を現したのである。

 黒田は、まだ母親の胎内に居るうちから奪われた我が子を取り戻しに来たのだった。しかし、会ったこともない父親のことを覚えているはずもなく、透は彼を拒絶し続け、ついには脅迫を以って連れ去るに至った。
 紫峰の家を、血を分けた異父兄弟の冬樹を、取り分け自分を育ててくれた修のことを思って動きの取れない透を救い出すため、修は単身黒田の屋敷に乗り込んだ。修の説得が透の心を揺り動かし、再び黒田の許には戻らないという決意をさせた。
 
 そして、今まさに透の心の呪縛が解けたのだった。全身から力の抜けるような倦怠感を覚えて、しばらくは立ち上がることもできずにいた。が、気持ちが落ち着いてくると同時に透は大変なことに気付いてしまった。
 修が誰よりも強い力を秘めた能力者であること。それをずっと隠し続けてきたこと。たぶん、今回のことでそれが周りの能力者たちに知られてしまうだろうこと…。

 「戦うしか…ないな。」
修は寂しそう微笑んだ。
 「もう、護る力だけでは、お前たちを救えない…。お前や、冬樹や、貴彦叔父さんたちを…。」
そう言って、修はもう一度、黒田の屋敷に目を向けた。


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一番目の夢(第一話 無言の叫び)

2005-04-27 18:35:47 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 「どうしても出て行くのか?」
透の背後から、黒田の押し殺したような声が聞こえた。
透は振り返らずに、真っ直ぐ自分を救い出しに来てくれた修を見つめながら頷いた。
 「僕を育ててくれたのはあの人ですから…。」
それは皮肉ではなかった。透がここを出て行く理由のすべてと言っても過言ではなかった。

突然、体の心を貫かれるような衝撃が透を襲った。と、同時に彼の体の中で何かが渦巻き、耐え難い共鳴を繰り返した。
 『トオ…ル…』
黒田の心…だと透は感じた。無表情な彼の心の奥底に封じ込められた未だ癒えることのない地獄の苦しみ。透の中に流れる黒田の血が、否応なしにそれを呼び込み、透の心までも呪縛する。
透は今やその地獄へと引きずりこまれそうになっていた。

 「透!」
黒田ではない若い声が響き、細身だが力強い腕が透の体を混沌の渦の中から思いっきり引っ張り上げた。
 「透、大丈夫か?」
懐かしい声が透を包んだ。

その様子をじっと見ていた黒田は、やがて二人に背を向けた。
 「必ず、紫峰の家を潰してやる。」
黒田はそう言い残して屋敷の方へと戻って行った。
透はその背中を目で追う修の表情に、何か不可解なものを感じたが、修の心を読み取ることはできなかった。

                                            
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