成田空港のRWY34L端に建つ航空科学博物館の敷地内にある航空神社。
もとは日本の民間航空のパイオニアとされる伊藤音次郎が、航空黎明期における殉職者を祀るため
津田沼の伊藤飛行機製造所の工場敷地内に創建したのが始まりで、殉職者の名を墨書きした札が御神体となっています。
戦後、GHQの航空禁止令によって職を追われた伊藤は、現在の成田空港周辺の東峰に入植し農家となりました。
その後、伊藤が経営した牧場に航空神社を遷座させ東峰神社と改名し、開拓集落の産土神となりました。
その後成田空港闘争で、いわゆる日本で一番参拝が難しいとされる東峰神社となりました。
実際には現在の東峰神社には祭神は祀られておらず、平成十三年(2001)に航空科学博物館の屋外展示場に遷座し航空神社の名に戻されました。