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H16年刑法第1問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 甲は,交際していたAから,突然,甲の友人である乙と同居している旨告げられて別れ話を持ち出され,裏切られたと感じて激高し,Aに対して殺意を抱くに至った。そこで,甲は,自宅マンションに帰るAを追尾し,A方玄関内において,Aに襲いかかり,あらかじめ用意していた出刃包丁でAの腹部を1回突き刺した。しかし,甲は,Aの出血を見て驚がくするとともに,大変なことをしてしまったと悔悟して,タオルで止血しながら,携帯電話で119番通報をしようとしたが,つながらなかった。刺されたAの悲鳴を聞いて奥の部屋から玄関の様子をうかがっていた乙は,日ごろからAを疎ましく思っていたため,Aが死んでしまった方がよいと考え,玄関に出てきて,気が動転している甲に対し,119番通報をしていないのに,「俺が119番通報をしてやったから,後のことは任せろ。お前は逃げた方がいい。」と強く申し向けた。甲は,乙の言葉を信じ,乙に対し,「くれぐれも,よろしく頼む。」と言って,その場から逃げた。乙は,Aをその場に放置したまま,外に出て行った。Aは,そのまま放置されれば失血死する状況にあったが,その後しばらくして,隣室に居住するBに発見されて救助されたため,命を取り留めた。
 甲及び乙の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。

(出題趣旨)
 本問は,殺害行為に及んだ者が翻意して被害者を救助しようとしたが,別の者が殺意をもってその救助を妨害して被害者を放置したという事例を素材として,事例を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,中止犯の成立要件に関する理解及びその事例への当てはめの適切さ並びに不作為を含む殺人の実行行為に関する理解を問うものである。


【実際に私が書いた答案】(再現率85%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 甲の罪責
(1)甲は殺意をもって出刃包丁でAの腹部を突き刺したが,Bの救助によりAは死に至らなかった。
 そこで,甲に殺人未遂罪(203条,199条)が成立する。

(2)ア もっとも,甲は,Aの出血を見て驚がくするとともに大変なことをしてしまったと悔悟して,タオルで止血したり,119番通報しようとしたりしている。そこで,甲に中止犯(43条但書)が成立し,甲は必要的に刑を減免されないか。

イ 中止犯の要件,①自己の意思により(任意性)②犯罪を中止した(中止行為)ことである。

ウ ①任意性はあるか。
中止犯の必要的減免の根拠は,自己の意思で犯罪を中止した者は,国民一般からの非難が弱まり, また,犯罪の一般予防の見地から褒賞を与えるべきであるからある。
かかる根拠にかんがみれば,任意性とは,一般人から行為者の主観的事情を見て,やれたのにやめたという場合をいう。
 本問では,甲は出血を見て驚がくし,大変なことをしたと悔悟しているが,他に犯行の障害となるべき事情はなかったのであるから,一般人から見て,やれたのにやめたといいうる。
よって,①任意性はある。

エ ②中止行為はあるか
 放置しても結果発生する可能性がない場合は,単に犯行を中断すればよいが,放置すると結果発生する可能性がある場合には,積極的に結果防止努力をしないと,国民一般の非難は弱まらず,また,褒賞も与えるべきではない。
 本問では,Aはそのまま放置されれば,失血死する状況にあったわけであるから,②中止行為が認められるには,積極的結果防止努力が必要である。
 では,甲は,国民一般の非難が弱まり,褒賞を与えられるだけの結果防止努力をしたといえるか。
 まず,甲は,タオルで止血しており,Aの死亡する可能性のある時期を遅らせたといえるし,つながらなかったものの119番通報しようとした。
 この点,甲は,途中で乙にAの救助を託し,逃走しているので,充分な結果防止努力をしたといえないようにも思える。
 しかし,甲は,気が動転した状態で,乙に「任せろ」と強く申し向けられており,Aをとられたとはいえ友人である乙の言葉を信用するのに,仕方がないことである。
 そして,甲は,乙に対して,「くれぐれもよろしく頼む」と念をおして,その場を去っているのであるから,甲としては,一般人から見て非難が弱まり,褒賞を与えるべきといえるだけの結果防止努力をしたといえる。

オ なお,乙はAをそのまま放置し,AはBに救助され,命を取り留めており,甲の結果防止努力と結果の不発生に因果関係がない。
 しかし,例えば,軽い傷しか与えられず,たまたま死の結果が発生しなかったときには,結果防止努力をしても中止犯が成立せず,重大な傷を与えた場合には中止犯が成立するとするのは,不均衡であり,かかる因果関係は不要と解する。

カ 以上,甲には,殺人未遂罪(203条,199条)の中止犯(43条但書)が成立する。

2 乙の罪責
(1)乙は,Aが死んでしまった方がよいと考え,甲からAの救助を引受けながら,その場に放置し,そのままでは,そのままでは失血死する状態にしたが,Bの救助によりAは死に至らなかった。
 そこで,乙の行為は,不作為による殺人未遂罪(203条,199条)を構成しないか。

(2)ア 不作為も,人の意思に基づく身体の動静である以上,全くの無為ではなく行為といいうる。

イ もっとも,すべての不作為に実行行為性を認めると,処罰範囲が広すぎ妥当でないので,作為義務を負う者の不作為のみが実行行為性を有すると解する。

ウ 作為義務は,作為による殺人と同視しうるものでなければならず,①危険をどのくらいコントロールしたか②他に作為可能な者の存在③作為の容易性④行為者と被害者の関係から判断する。

エ 本問では,①乙は,甲からAの救助を託されており,Aを救助するか否かは,乙の気持ちしだいであったことから,危険をコントロールしていたといえる。②甲を立ち去らせているので,他に作為可能な者はいなかった。③現に,BがAを救助していることから,乙がAを救助することも容易であったといえる。④また,乙は甲からAの救助を託されており,準委任による救助義務もあった。
 以上により,乙には,作為義務があり,不作為による殺人未遂罪(203条,199条)が成立する。

以上


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