弁護士NOBIのぶろぐ

マチ弁が暇なときに,情報提供等行います。(兵庫県川西市の弁護士井上伸のブログです。)

H16年憲法第1問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 13歳未満の子供の親権者が請求した場合には,国は,子供に対する一定の性的犯罪を常習的に犯して有罪判決が確定した者で,請求者の居住する市町村内に住むものの氏名,住所及び顔写真を,請求者に開示しなければならないという趣旨の法律が制定されたとする。この法律に含まれる憲法上の問題点を論ぜよ。

(出題趣旨)
 前科に関する情報を公表されない個人の利益と子供の安全のためにその情報を得る利益が対抗関係に立つような法律が成立したと仮定して,当該法律の憲法上の問題点につき,それぞれの利益の性質やその重要性等を踏まえながら,その立法目的や具体的な利益調整手段の在り方を論理的に思考する能力を問うものである。


【実際に私が書いた答案】(再現率85%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 本問法律は,一定の犯罪を犯した者の氏名・住所・顔写真の開示を国に認めるものであり,その者のプライバシー権を侵害し違憲とならないか問題となる。

2(1)プライバシー権は,憲法上明文がないが,憲法上保障される人権か。
 この点につき,憲法上明文がない権利であっても,個人の人格的生存に不可欠な利益については,個人の尊重の原理(13条前段)に直結する幸福追求権(13条後段)により具体的権利として保障される。
 高度に情報化された現代社会においては,個人が自己情報をコントロールすること(情報プライバシー権)が,人格的生存に不可欠である。
 よって,かかる情報プライバシー権は,13条後段により保障される。

(2)本問の一定の犯罪者の氏名・住所・顔写真は,その者が犯した犯罪と結びつけて開示されると,その者の自律した個人としての生活を困難にするものであるので,情報プライバシー権として13条後段により保障される。

3(1)もっとも,かかる情報プライバシー権も,全く無制限に保障されるものではなく,人権相互間の矛盾・衝突を調整する実質的公平の原理である公共の福祉(13条後段)によって制限を受ける。

(2)では,本問の制限は,公共の福祉による制限として許されるか。その合憲性判定基準が問題になる。
 情報プライバシー権は,前述のとおり個人の人格的に生存に不可欠な極めて重要な権利である。
そこで,その判断基準は,厳格な基準,具体的には,規制目的が重要で,その手段がより制限的でない他に選びうる手段がなければ合憲とする基準によるべきである。

(3)ア 本問では,その規制目的は,子どもを性犯罪から守ること,及び,そのために性犯罪を抑止すること,また,国民の知る権利(21条1項)を実現することにあり,極めて重要である。

イ そして,その手段は,一定の犯罪者の氏名・住所・顔写真を開示することである。
確かに,本問法律は,その請求権者を13歳未満の子どもの親権者に限定し,また,開示される者も,子供に対する一定の性的犯罪を常習的に犯して確定判決が確定したものと厳格に限定され,さらに,開示の範囲も,請求者の居住する市町村に住む者に限定されており,より制限的でない他に選びうる手段はないようにも思える。
 しかし,高度に情報化した現代社会においては,インターネットやデジタルカメラ等が普及しており,13歳未満の子供の親権者である者が,秘かに開示された者の全情報をデジタルカメラでとり,インターネットに載せることもあるし,13歳未満の子供を持たない者でも,13歳未満の子供をもつ知人や,他の地域に住む者に頼み,これらの情報を容易に取得することができ,請求権者等の限定は,あまり実効的な限定とはいえない。
 また,氏名・住所・顔写真が知れ渡ってしまうと,その者はいわゆる村八分のような状態に陥り,人間としての人格的な生活が著しく困難になってしまうおそれが強く,その被害は刑罰より重大なものともいえる。
 一定の犯罪者の人間としての生活を著しく困難なものとしてくても,13歳未満の子供を性犯罪から守ることは,13歳未満の子供に対する常習の性犯罪を特に厳しく処罰したり,周りの大人が知らない人には連いていかないよう教えるなどの自衛手段によっても達成しうる。また,知る権利は,裁判の公開(82条)やマスコミ等の報道によっても十分確保される。

ウ 以上からかんがみれば,本問法律の目的を達成するためのより制限的でない他に選びうる手段はあるといえる。

(4)よって本問法律は,13条後段に違反し違憲である。

以上


H16年憲法第2問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 公職選挙法第10条は,被選挙権を有する者を,衆議院議員については年齢満25年以上の者,参議院議員については年齢満30年以上の者と定めている。この規定の憲法上の問題点を論ぜよ。
 また,同条を改正して,衆議院議員及び参議院議員のいずれも年齢満35年以上の者とした場合は,憲法上どのような問題が生じるか,論ぜよ。

(出題趣旨)
 衆議院議員及び参議院議員の各被選挙権の年齢要件に関する公職選挙法の規定の合憲性につき,被選挙権の性質,憲法第44条,第47条等の趣旨を踏まえた理解を問うとともに,それを前提に,両議院の議員の各被選挙権の資格年齢をさらに引き上げた上,それを同じにする改正をした場合に生じる憲法上の問題点につき,両院制との関連等を踏まえた論理的思考力を問うものである。


【私が実際に書いた答案】(再現率75~85%)評価A(7287人中2000番以内)

1 設問前段
(1)公職選挙法10条が,被選挙権者の資格を衆議院は25歳,参議院は30歳としていることは,①被選挙権は憲法上保障される人権か,②被選挙権に年齢制限を設けることは許されるか,③衆議院と参議院で異なる年齢制限を設けることは憲法上許されるか,という憲法上の問題点がある。

(2)①被選挙権は憲法上保障される人権か
 憲法15条1項は,国民主権(前文,1条)に基づき,民主政による人権保障を実現するため,国民固有の権利として選挙権を保障する。
そして,民主政による人権保障するためには,選ぶ方を国民に保障するだけではなく,国民の代表者として国民の権利・自由を制限する可能性のある権力を行使する方も国民が行わなければならない。
 従って,被選挙権は,選挙権と表裏をなすものとして,15条1項により保障されると解する。

(3)②被選挙権に年齢制限を設けることは憲法上許されるか
被選挙権は,民主政による人権保障を実現するための人権としての側面だけでなく,国民の代表者として公務を行う者の資格としても側面もある。
 かかる資格としての側面から,憲法は資格要件を定める裁量を国会に与えている(44条)。
 44条は,被選挙権が民主政を実現する重要な権利であるので,その資格の条件は原則平等なものでなければならないとするが,年齢はその列挙事由にない。
 国会議員は,国民の権利・自由を制限しうる法律を十分な討論と妥協によって制定する者であり,選挙権の行使より高度な判断力が必要となる。そのためには,一定の社会経験が必要である。
 義務教育制(26条)の下では,子供が社会に出る年齢が高年齢化している。
 よって,年齢制限を設けることは許される。

(3)③衆議院と参議院の年齢制限を設けることは,多元的な民意の反映や衆議院の過誤を参議院がチェックするという二院制(42条)の趣旨に沿っており,合憲である。

2 設問後段
(1)設問改正法は,両議院の被選挙権の年齢制限を一律35才とするものであるが,許されるか問題となる。

(2)まず,両院を一律とすることについては,選挙制度や選挙区の定め方の違い等によっても,民意の多元的な反映という趣旨は達成できるので許される。
 しかし,35才という制限は,20才から35才までの被選挙権を認めないので,度が過ぎ,違憲である。

以上

H16年民法第1問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 AはBとの間で,A所有の土地上に2階建住宅を新築する工事について,請負代金を2000万円とし,内金1000万円は契約締結時に,残金1000万円は建物引渡し後1か月以内に支払うとの約定で請負契約を締結した。この事案について,以下の問いに答えよ。なお,各問いは独立した問いである。
 1  Aは,Bが行ったコンクリートの基礎工事が不完全であるとして,Bに工事の追完を求めたが,Bは基礎工事に問題はないと主張してその後の工事を進めようとしている。AはBとの契約関係を終了させるためにどのような主張をすることができるか。
 2  Aは,Bに内金1000万円を支払い,Bは約定の期日までに建物を完成させてAに引き渡した。ところが,屋根の防水工事の手抜きのため,引渡し後1週間目の大雨によって建物の2階の書斎に雨漏りが生じ,書斎内のA所有のパソコン等が使い物にならなくなってしまった。雨漏りによるパソコン等の損害を50万円,屋根の補修工事に要する費用を100万円とした場合,AはBの請負残代金請求に対してどのような主張をすることができるか。

(出題趣旨)
 本問は,請負契約における債務不履行責任と瑕疵担保責任の関係を踏まえ,目的物に瑕疵がある場合等に当事者が主張すべき法的主張を事案に即して展開する能力を問うものである。小問1は,目的物完成前の債務不履行に基づく解除及び641条による解除についてその要件効果を問い,小問2は,目的物完成後の634条による瑕疵担保責任等と請負代金債務との同時履行の抗弁及び相殺の主張の可否,効果を問うものである。


【実際に私が書いた答案】(再現率80%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 小問1
(1)AB間の住宅新築の請負契約は,未だ工事の途中であり,仕事が完成していないので,注文者Aは請負人Bに対して,損害を賠償していつでも契約関係を解除しうる(641条)。

(2)ア もっとも,Aが契約関係を終了させようとしているのは,コンクリートの基礎工事が不完全であるとして,Bに工事の追完を求めているのに,Bがこれを無視し,工事を進めようとしているからであり,Aが損害賠償しないと契約を解除しえないとするのは,Aに酷である。
そこで,債務不履行に基づく契約解除(541条ないし543条)できないか。

イ 請負契約は,仕事の完成を目的とするものであり(634条)仕事が完成さえすれば,工事の途中がどうであるかは問わない。
 よって,原則として,工事の途中が不完全であることは,債務不履行にならない。
 また,完成した建物に瑕疵があっても,建物の社会経済上の価値を尊重して,契約の解除を認めず(635条但書),瑕疵の修補や損害賠償で解決を図ろうとしている(634条)民法の趣旨からしても,仕事の途中に瑕疵があっても,建物工事の請負契約においては,債務不履行解除を認めるべきではないといえる。
 しかし,工事の途中に重大な瑕疵があり,そのまま建築しても,建物として社会経済上の価値を有さないことが確実な場合には,そのまま工事を継続して建物を建てることは,かえって社会経済上無駄である。
 従って,かかる場合,注文者は,請負人に対して,工事の途中でも瑕疵の修補を請求することのできる信義則上(1条2項)の権利を有すると解すべきである。
 そして,注文者のかかる修補請求を請負人が無視した場合には,注文者は541条により解除しうると解する。

ウ 本問では,コンクリートの基礎部分がAの主張のとおり不完全であるならば,本問住宅は,建築後倒壊するおそれを有し,社会経済上の価値を有しないものになることは確実であり,AはBに信義則上の修補請求権を有することになる。そして,AはBに対して,工事の追完を求めているのに,Bはこれを無視し,工事を続けようとしているのであるから,Aは541条に基づき,AB間の契約関係を解除しうる。

2 小問2
(1)Bは,住宅を完成させ,これをAに引渡しているので,引渡後1ヶ月経てば,AはBに対して,残代金1000万円を支払わなければならないのが原則である。

(2)ア しかし,Bの屋根の防水の手抜き工事により,雨漏りという瑕疵が生じており,AはBに対して損害賠償請求権を有し(634条2項),その賠償金の支払いと引換えでないと残代金を支払わないと主張しえないか(634条2項但書)。

イ まず,AはBに対して,634条2項の損害賠償権を有するか。
雨漏りの屋根の補修工事に要する費用100万円については,634条2項により請求しうる。
 それでは,拡大損害であるパソコン等の損害50万円についても634条2項により請求しうるか。
 そもそも請負契約は,仕事の完成を目的とするものなので,請負人は,瑕疵のないものを給付する義務を負う。とするならば,634条は債務履行の特則であり,賠償の範囲は,履行利益にまで及ぶ。そして,請負人は,雨漏りが生じれば,パソコン等の家の物が損害を受けることは十分予測可能であるので,416条2項により,Bは50万円についても賠償責任を負う。

(3)とすると,Aは,150万円の支払いを受けるまで残代金1000万円の支払いを拒めるかのようにも思える。
 しかし,634条2項の趣旨は,公平の観点から,実質的に代金の減額を認めることにある。
 とするならば,BはAに対して,同時履行の抗弁がついていても,両者を対当額で相殺(505条)するよう求めることが許されると解する。

(4)以上,Aは,150万円の支払いまで,残代金1000万円の支払いを拒めるが,Bが相殺を主張すれば,その差額850万円を支払わなければならない。

以上

H16年民法第2問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 Aは,Bに2000万円の金銭を貸し付け,その担保としてBの父親Cが所有する甲不動産(時価2500万円)に第1順位の抵当権の設定を受け,その旨の登記をした。Bは支払期限までにその債務を弁済せずに行方をくらませた。
 そこで,Cは,この抵当権の実行を避けるため,Aに対して複数回に分けて合計800万円をBに代わって弁済するとともに,残りの債務も代わって弁済する旨繰り返し申し出たので,Aはその言を信じてBに対して上記貸金債権について特に時効中断の手続をとらないまま,支払期限から10年が経過した。他方,その間に,Cに対してDが1000万円,Eが1500万円の金銭を貸し付け,その担保として,甲不動産につきそれぞれDが第2順位,Eが第3順位の抵当権の設定を受け,いずれもその旨の登記を了した。
 以上の事実関係の下で(Cが無資力である場合も想定すること),Aが甲不動産に対して有する第1順位の抵当権設定登記の抹消を請求するため,Eはいかなる主張をし,他方,Aはこれに対していかなる反論をすることが考えられるかを指摘し,それぞれについて考察を加えよ。

(出題趣旨)
 時効制度に関するいくつかの論点の検討を求めるものである。すなわち,時効援用権者の範囲(後順位抵当権者は先順位抵当権の被担保債権の消滅時効を援用できるかなど),時効援用権に対する債権者代位権の行使の許否(債務者が物上保証人であり援用により抵当権の負担が消滅する場合),及びその要件,並びに物上保証人による債務承認行為は時効中断事由かなどである。


【実際に私が書いた答案】(再現率90%程度)評価A(7287人中2000番以内)

1 EがAの抵当権設定登記の抹消を請求するには,Aの抵当権の被担保債権が時効消滅(166条)により消滅し,付従性により抵当権が消滅したと主張することが考えられる。

2(1)これに対して,Aは消滅時効は中断(147条)しており,消滅時効は完成していないと反論することが考えられる。

(2)考察
ア 確かに,弁済は「承認」(147条3号)にあたり,時効中断事由である。
 しかし,時効中断は,相対効が原則であり(148条),仮にBの「残りの債務も代わって弁済する旨」の発言が保証契約を成立させるものであっても,主債務たる本件被担保債権の時効を中断しない。
 よって,時効中断時効はなく,被担保債権の時効は完成している。
 このように解しても,時効の事前放棄が認められない以上(146条),Cの合理的意思は,Aの債務が時効消滅した場合にまで債務を負担するものでないと解しうるし,また,Aとしても,Bが行方をくらましても,公示送達(民訴法111条)により訴訟提起による請求により時効中断が容易にできるので(147条1号),格別不当ではない。

イ 以上,被担保債権に消滅時効は完成する。

3(1)次に,Aは,Eのような後順位抵当権者は,145条の「当事者」にはあたらず,時効を援用しないと反論することが考えられる。

(2)考察
ア 145条の「当事者」の意味が問題となる。

イ 145条の趣旨は,時効による利益をいさぎよしとしない当事者の意思を尊重することにある。
 もっとも,時効による利益と直接関係のあるものが,かかる当事者のいさぎよしとしないという意思にふりまわされるのは酷である。
 そこで,145条の「当事者」とは,直接の時効の当事者のみならず,時効により直接権利を得,義務を逃れるものをいうと解する。
 本問では,後順位抵当権者は,先順位者の抵当権が消滅することにより,順位が上昇し,事実上多くの配当が得られるという反射的利益を受けるにすぎない。

ウ よって,後順位抵当権者であるEは時効を援用できない。

(3)もっとも,Cが無資力であれば,Eは,債権者代位権(423条)により,Cの時効援用権を代位行使しうる。
 なぜなら。時効援用権も財産権であるし,Cのような物上保証人は,時効により直接抵当権を逃れる者であり,145条の「当事者」といえるからである。

以上

H16年商法第1問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 P株式会社の代表取締役Aは,第三者割当ての方法で,取引先Q株式会社に対し,発行価額50円で大量に新株を発行した。P社株式の株価は,過去1年間1000円前後で推移していたが,この新株発行により,大幅に下落するに至った。ところで,この新株発行は,取締役会の決議を経てはいたが,株主総会の決議を経ないままされたものであった。
 P社の株主Bは,商法上どのような手段をとることができるか。新株発行事項の公示(商法第280条ノ3ノ2)がされていなかった場合はどうか。

(出題趣旨)
 本問は,株式会社において違法な新株発行が行われた場合に,不利益を受ける旧株主には,商法上どのような救済手段が存在するかを問う問題である。具体的には,株主総会の特別決議を経ることなく,株主以外の者に対し特に有利な価額で新株が発行された場合に,旧株主は,当該新株発行の効力を争うことができるか,関係者の民事責任を追及することができるか,当該新株発行事項の公示がされていなかった場合はどうかについて,判例・学説の状況を理解した上で,整合的に論述することが求められる。


【実際に私が書いた答案】(再現率85%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 設問前段
(1)本問新株発行は,株価が過去1年間1000円前後のP社株式を50円で発行するものであり,明らかに「株主以外ノ者ニ対シ特ニ有利ナル発行価格」(280条ノ2第2項)による発行であり,株主総会の特別決議(343条)が必要である。
 にもかかわらず,本問新株発行は,株主総会決議を経ずになされており,違法な新株発行である。また,かかつ新株発行は。P社株主に対して,株価を大幅に下落させるという経済的損害を与え,大量発行により持株比率低下させるという損害を与えている。
 そこで,P社株主Bは,かかる新株発行に対して,いかなる手段をとりうるか。

(2)代表取締役Aや他のP社取締役に対する手段
ア かかる違法な新株発行をなした代表取締役AやAの行為を承認した取締役は,266条ノ3第1項により連帯してBの受けた株価下落の損害を賠償する責任を負い,Bはこれらの者にかかる賠償請求をなしうる。

イ Bが6月以前より総株主の議決権の100分の3以上の株式を保有する場合には,株主総会を招集することができ(237条),取締役の解任決議案(237条1項)を提出できる(232条ノ2)。
 そして,かかる解任決議案が否決されても,100分の3以上の株式を保有するBは,裁判所に取締役の解任請求をなしうる(257条2項)。

(3)P社監査役に対する手段
ア P社監査役は,Aらの違法な新株発行を監査する義務を怠った場合には,278条により,Aらと連帯してBの受けた経済的損害を賠償する請求を負い,BはP社監査役にかかる賠償請求をなしうる。

イ かかる場合,Bが,6月以上前から議決権の100分の3以上の株式を保有する場合は,Bは,P社監査役を取締役の場合と同様解任請求をなしうる(280条,257条)。

(4)Q社に対する手段
 P社株式は,過去1年間1000円前後で推移していたのであるから,本件新株発行が「著シク不公正ナル発行価格」によるものであることは明らかであるので,Q社は代表取締役Aと共謀したものといえ,280条ノ11により1000円と50円の差額950円にQ社が引き受けた株式数を乗じた金額をQ社はP社に対して支払う義務を負う。
 そして,Bは,株主代表訴訟により,Q社にP社に対して上記金額を支払うよう請求しうる(280条ノ11第2項)。

(5)新株発行無効の訴え
ア Bは,280条ノ2第2項違反の瑕疵を理由に新株発行無効の訴えを提起しうるか。280条ノ2第2項違反の瑕疵が無効原因になるか,280条ノ15の明文上無効原因が明らかでないことから問題となる。

イ 新株発行の無効は,新株主や増資を信用して新たに取引した会社債権者に不測の損害を与えるので,無効原因は厳格に解すべきである。具体的には,他の手段によっては瑕疵が回復し得ないような重大な瑕疵がある場合に限り無効原因になると解する。

ウ 本問では,Bは,まず持株比率の低下の損害を受けているが,割当自由の原則(280条ノ2第1項)から,持株比率はそもそも保護されていない。
 また,Bの株価下落の損害については,前述の損害賠償等の手段によって回復しうる。
 よって,Bは新株発行無効の訴えを提起し得ない。

2 設問後段
(1)AやP社取締役や監査役,Q社に対する手段については,設問前段と同じである。

(2)新株発行無効の訴え(280条ノ15)を提起しうるか。
 280条ノ3ノ2の公告は,新株発行差止請求(280条ノ10)の前提であり,これがなされないと,かかる差止制度が無意味になる。
 そこで,公告がされても新株発行差止ができない等の特段の事情がない限り,他の手段では瑕疵は回復されないので,原則無効原因になる。
 本問では,280条ノ2第2項違反でBら株主に経済的損害を与えているので,差止請求でき,上記特段の事情はない。
 よって,Bは新株発行無効の訴えをなしうる。

以上

H16年刑法第1問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 甲は,交際していたAから,突然,甲の友人である乙と同居している旨告げられて別れ話を持ち出され,裏切られたと感じて激高し,Aに対して殺意を抱くに至った。そこで,甲は,自宅マンションに帰るAを追尾し,A方玄関内において,Aに襲いかかり,あらかじめ用意していた出刃包丁でAの腹部を1回突き刺した。しかし,甲は,Aの出血を見て驚がくするとともに,大変なことをしてしまったと悔悟して,タオルで止血しながら,携帯電話で119番通報をしようとしたが,つながらなかった。刺されたAの悲鳴を聞いて奥の部屋から玄関の様子をうかがっていた乙は,日ごろからAを疎ましく思っていたため,Aが死んでしまった方がよいと考え,玄関に出てきて,気が動転している甲に対し,119番通報をしていないのに,「俺が119番通報をしてやったから,後のことは任せろ。お前は逃げた方がいい。」と強く申し向けた。甲は,乙の言葉を信じ,乙に対し,「くれぐれも,よろしく頼む。」と言って,その場から逃げた。乙は,Aをその場に放置したまま,外に出て行った。Aは,そのまま放置されれば失血死する状況にあったが,その後しばらくして,隣室に居住するBに発見されて救助されたため,命を取り留めた。
 甲及び乙の罪責を論ぜよ(特別法違反の点は除く。)。

(出題趣旨)
 本問は,殺害行為に及んだ者が翻意して被害者を救助しようとしたが,別の者が殺意をもってその救助を妨害して被害者を放置したという事例を素材として,事例を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,中止犯の成立要件に関する理解及びその事例への当てはめの適切さ並びに不作為を含む殺人の実行行為に関する理解を問うものである。


【実際に私が書いた答案】(再現率85%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 甲の罪責
(1)甲は殺意をもって出刃包丁でAの腹部を突き刺したが,Bの救助によりAは死に至らなかった。
 そこで,甲に殺人未遂罪(203条,199条)が成立する。

(2)ア もっとも,甲は,Aの出血を見て驚がくするとともに大変なことをしてしまったと悔悟して,タオルで止血したり,119番通報しようとしたりしている。そこで,甲に中止犯(43条但書)が成立し,甲は必要的に刑を減免されないか。

イ 中止犯の要件,①自己の意思により(任意性)②犯罪を中止した(中止行為)ことである。

ウ ①任意性はあるか。
中止犯の必要的減免の根拠は,自己の意思で犯罪を中止した者は,国民一般からの非難が弱まり, また,犯罪の一般予防の見地から褒賞を与えるべきであるからある。
かかる根拠にかんがみれば,任意性とは,一般人から行為者の主観的事情を見て,やれたのにやめたという場合をいう。
 本問では,甲は出血を見て驚がくし,大変なことをしたと悔悟しているが,他に犯行の障害となるべき事情はなかったのであるから,一般人から見て,やれたのにやめたといいうる。
よって,①任意性はある。

エ ②中止行為はあるか
 放置しても結果発生する可能性がない場合は,単に犯行を中断すればよいが,放置すると結果発生する可能性がある場合には,積極的に結果防止努力をしないと,国民一般の非難は弱まらず,また,褒賞も与えるべきではない。
 本問では,Aはそのまま放置されれば,失血死する状況にあったわけであるから,②中止行為が認められるには,積極的結果防止努力が必要である。
 では,甲は,国民一般の非難が弱まり,褒賞を与えられるだけの結果防止努力をしたといえるか。
 まず,甲は,タオルで止血しており,Aの死亡する可能性のある時期を遅らせたといえるし,つながらなかったものの119番通報しようとした。
 この点,甲は,途中で乙にAの救助を託し,逃走しているので,充分な結果防止努力をしたといえないようにも思える。
 しかし,甲は,気が動転した状態で,乙に「任せろ」と強く申し向けられており,Aをとられたとはいえ友人である乙の言葉を信用するのに,仕方がないことである。
 そして,甲は,乙に対して,「くれぐれもよろしく頼む」と念をおして,その場を去っているのであるから,甲としては,一般人から見て非難が弱まり,褒賞を与えるべきといえるだけの結果防止努力をしたといえる。

オ なお,乙はAをそのまま放置し,AはBに救助され,命を取り留めており,甲の結果防止努力と結果の不発生に因果関係がない。
 しかし,例えば,軽い傷しか与えられず,たまたま死の結果が発生しなかったときには,結果防止努力をしても中止犯が成立せず,重大な傷を与えた場合には中止犯が成立するとするのは,不均衡であり,かかる因果関係は不要と解する。

カ 以上,甲には,殺人未遂罪(203条,199条)の中止犯(43条但書)が成立する。

2 乙の罪責
(1)乙は,Aが死んでしまった方がよいと考え,甲からAの救助を引受けながら,その場に放置し,そのままでは,そのままでは失血死する状態にしたが,Bの救助によりAは死に至らなかった。
 そこで,乙の行為は,不作為による殺人未遂罪(203条,199条)を構成しないか。

(2)ア 不作為も,人の意思に基づく身体の動静である以上,全くの無為ではなく行為といいうる。

イ もっとも,すべての不作為に実行行為性を認めると,処罰範囲が広すぎ妥当でないので,作為義務を負う者の不作為のみが実行行為性を有すると解する。

ウ 作為義務は,作為による殺人と同視しうるものでなければならず,①危険をどのくらいコントロールしたか②他に作為可能な者の存在③作為の容易性④行為者と被害者の関係から判断する。

エ 本問では,①乙は,甲からAの救助を託されており,Aを救助するか否かは,乙の気持ちしだいであったことから,危険をコントロールしていたといえる。②甲を立ち去らせているので,他に作為可能な者はいなかった。③現に,BがAを救助していることから,乙がAを救助することも容易であったといえる。④また,乙は甲からAの救助を託されており,準委任による救助義務もあった。
 以上により,乙には,作為義務があり,不作為による殺人未遂罪(203条,199条)が成立する。

以上

H16年商法第2問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 A株式会社の取締役である甲は,A社の代表取締役ではないにもかかわらず,代表取締役であった父親が死亡した際に,取締役会の決議を経ることのないまま,議事録を作成して,A社の代表取締役に就任した旨の登記をした。
 甲は,振出人を「A株式会社代表取締役甲」とし,受取人をBとする約束手形をBに対して振り出した。さらに,Cは,この手形を裏書によりBから取得した。
 Cは,どのような場合に,だれに対して手形金の支払を請求することができるか。

(出題趣旨)
 本問は,自ら代表取締役である旨の虚偽の登記をした取締役がその会社の代表取締役の名称で振り出した約束手形の効力について,不実登記の効力,表見代表取締役等の表見法理による第三者保護規定との関係において整理された論述をすることができるかどうかを見る点に主眼がある。手形行為と表見代理,代理権の瑕疵と手形の転得者の保護等についての基本的理解を踏まえて類似事例を処理する応用力が試されるが,それとともに,裏書人の担保責任,無権代理人の責任についての言及も求められる。


【実際に私が書いた答案】(再現率80%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 A社に対する請求
(1)手形所持人Cは,手形面上振出人とされているA社に対して手形金を請求しうるか。

(2)甲は,取締役会の選任決議を経ていないので,代表取締役にはなりえず(商法261条1項),甲の手形振出は,無権代表行為となり,A社の追認ない限り,原則無効である。
 もっとも,Aの登記上甲は代表取締役とされており,かかる登記の記載を信じて手形を取得した者を害し,手形取引の安全を害する。
 そこで,商法14条によりCを保護しえないか。

(3)まず,商法14条の適用が認められるためには,登記をAがなしたことが必要である。
 この点,本問では,A社が登記したのではなくて,甲が登記をしていることから,商法14条の責任をAは負わないのではないようにも思える。
 しかし,本問振出は,A社の取締役甲がなしている。また,甲をはじめとするP社取締役や監査役は,取締役の行為を監督する義務を負う(商法260条1項,同271条1項)。
 にもかかわらず,代表取締役であった甲の父が死亡したのに,甲のほしいままを許している以上,甲による登記はA社の登記と同視しうる。
 よって,Cの前者たるB又はCが善意・無重過失(重過失は悪意と同視しうる)であれば,Cは商法14条により保護される。

(4)以上,A社の追認があるか,B又はCが善意・無重過失であれば,CはA社に対して手形金を請求しうる。

2 甲に対する請求
(1)甲は,無権代理をしていたのであるから,Aの追認ない限り,無権代理人の責任(手形法77条2項,8条,以下,「手形法」は省略する)を負う。

(2)この点,甲は,商法14条によりA社が責任を負うので,自己は責任を負わないという抗弁により,手形金の支払を拒めないか。
 商法14条も8条も所持人保護の制度であるから,甲が自己の責任を逃れるために主張することは許されない。

(3)また,民法117条2項の趣旨から,所持人が悪意又は重過失のときは,8条は適用されない。

(4)以上,Aの追認がなく,Cが善意・無重過失であれば,77条2項・8条により,Cは甲に対し手形金を請求しうる。

3 Bに対する請求
(1)Bは,裏書人であるので,77条1項1号・15条1項により担保責任を負う。

(2)もっとも,Bの手形債務負担行為の前提となるAの振出が前述のとおり原則無効であるので,手形行為独立の原則(77条2項・7条)が問題となる。
 手形行為独立の原則は,善意の所持人を保護するための制度である。
 よって,かかる趣旨は,裏書にも及ぶ。
 また,所持人が善意・無重過失のときだけ適用される。

(3)以上により,Cが満期に適法にAに手形を呈示し,手形金の支払を拒絶され(77条1項4号・43条),Cが善意・無重過失であれば,77条2項・7条によりBに手形金を請求しうる。

以上

H16年刑法第2問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 甲は,Aとの間で,自己の所有する自己名義の土地を1000万円でAに売却する旨の契約を締結し,Aから代金全額を受け取った。ところが,甲は,Aに対する所有権移転登記手続前に,Bからその土地を1100万円で買い受けたい旨の申入れを受けたことから気が変わり,Bに売却してBに対する所有権移転登記手続をすることとし,Bとの間で,Aに対する売却の事実を告げずに申入れどおりの売買契約を締結し,Bから代金全額を受け取った。しかし,甲A間の売買の事実を知ったBは,甲に対し,所有権移転登記手続前に,甲との売買契約の解除を申し入れ,甲は,これに応じて,Bに対し,受け取った1100万円を返還した。その後,甲は,C銀行から,その土地に抵当権を設定して200万円の融資を受け,その旨の登記手続をし,さらに,これまでの上記事情を知る乙との間で,その土地を800万円で乙に売却する旨の契約を締結し,乙に対する所有権移転登記手続をした。
 甲及び乙の罪責を論ぜよ。

(出題趣旨)
 本問は,土地の二重売買,その後の抵当権設定及び更なる売却に関わる事例を素材として,売主及び情を知って買い受けた者の罪責を問うものである。ここでは,横領罪,詐欺罪等の成立要件の理解,横領後の横領に関する的確な考察が重視されるとともに,事例を法的に分析して論理的に首尾一貫した論述を行うことが求められる。


【実際に私が書いた答案】(再現率80~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 甲の罪責
(1)Bに本問土地を売却した行為
ア かかる行為は,横領(252条)にあたらないか。

イ 本罪の構成要件は①委託信任関係に基づく占有②他人の物を③横領したことである。

ウ(ア)まず,本件土地は,Aに売却し,代金の支払もあるので,所有権は,Aに移転しており,②他人の物といえる。
 次に,甲とAは売買契約を結んでおり,甲は委託信任関係により,法律上の占有たる登記を有しているといえ,①を満たす。

(イ)では,③横領したといえるか。
横領行為とは,不法領得の意思を発現する行為,すなわち,委託信任関係をやぶり他人の物を自己の物としてふるまうことである。
 他人の物を売却することは,委託信任関係を破ったといえる。
 しかし,自己の物としてふるまったといえるには,売買契約をするだけでは足りず,登記を移転し,Aの所有権を奪って初めていえる。
 よって,登記を未だ移転していない以上,③横領したといえない。

(ウ)よって,横領罪は成立せず,未遂罪がない以上,不可罰である。

エ また,甲は,BにAに対する売却の事実を告げず,かかる売却を行っていることから,代金100万円に対する詐欺罪(246条1項)がしないかが問題となる。
 しかし,Bは登記をAより先に得る予定であり,確実に本件土地の所有権を得ていたのであるから(民法177条),そもそも欺罔行為にあたらない。
 よって,詐欺罪は成立しない。

オ 以上,かかる行為には,犯罪は成立しない。

(2)C銀行に本件土地の抵当権を設定した行為
ア かかる行為は,横領罪(252条)を構成しないか。

イ(ア)まず,本問土地は,Aへの売却によりAの物であり,②他人の物にあたる。
 次に,甲A間の売買契約により,甲はAとの委託信任関係により本件土地を占有しているといえる(①にあたる)。
 また,本件土地に抵当権を設定し,その旨の登記をすることは,委託信任関係を破り,他人の物を自己の物としてふるまったといえ,③横領したといえる。

(イ)以上により,横領罪(252条)が成立する。

ウ また,かかる行為は,融資金2000万円に対する詐欺罪(246条1項)を構成しないか問題となる。
 しかし,CはAより先に登記を得ており,Aに対抗しうるのであるから,財産上の損害もなく,また,そもそも欺罔行為にもあたらない。

エ 以上,かかる行為は,横領罪にあたる。

(3) 乙に本問土地を売却した行為
ア かかる行為は,先に売却している土地を乙に売却し,Aより先に登記を移転しているので,横領罪(252条)にあたる。

イ この点,かかる行為は,C銀行に対する横領罪の不可罰的事後行為にあたるようにも思える。
 しかし,抵当権を設定しても,甲は,なお,Aに所有権を移転登記をしなければならず,乙に対する所有権移転まで,先の横領行為で評価しつくされていないといえる。
 よって,別個に横領罪が成立する。

(4)以上,甲には,2つの横領罪(252条)が成立し,併合罪(45条)になる。

2 乙の罪責
(1)乙は,事情を知って,本件土地を甲から買ったが,これは,横領罪の共同正犯(252条,60条)にあたらないか。

(2)まず,乙は,情を知っており,背信的悪意者なので,違法性を有する。

(3)また,横領罪は身分犯であるが,65条により,共同正犯が成立する。
 65条1項は,真正身分犯の成否の規定であり,共同正犯の場合も含むからである。

以上

H16年民事訴訟法第1問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 弁論主義の下における証明責任の機能について,証明責任を負わない当事者の立証活動の在り方に関する規律に触れつつ,論ぜよ。

(出題趣旨)
 本来的に訴訟の最終段階で機能する(客観的)証明責任と訴訟過程に関する原理である弁論主義との関係についての理解を問うことを第一とする問題である。さらに,弁論主義の下で生じるいわゆる主観的証明責任(証拠提出責任)は,論理的には,証明責任を負担しない当事者の行うべき訴訟活動を規律するものではないが,事案の適切な解決のために,どのような制度や理論が存するかという点についても論ずべきである。


【実際に私が書いた答案】(再現率70~80%)評価A(7287人中2000番以内)

1(1)証明責任とは,ある事実が真偽不明のとき,その事実を要件とする自己に有利な法律効果が認められない一方当事者の不利益をいう。
 かかる証明責任の目的は,ある事実が真偽不明の場合であっても裁判を可能とし,国民の裁判を受ける権利を(憲法32条)を実現することにある。
 証明責任は,弁論主義,すなわち,裁判資料の収集・提出を当事者の自由とする原則の下でなくても,上記本来的機能を発揮いうるが,弁論主義の下では,特に以下のような機能が重視される。

(2)すなわち,まず,証明責任を負う当事者は,自己に有利な証拠を収集し,提出することになり,当事者の訴訟追行の指針としての機能が重視される。

(3)次に,証明責任の分配の基準は,基準の明確性,実体法との調和の見地から,実体法の規定を基準として,各当事者は,自己に有利な法律効果を定める法規の要件事実につき証明責任を負担するという基準によるが(法律要件分類説),実体法は両当事者の公平の観点から定められており,当事者の公平を維持する機能がある。

(4)以上,証明責任は,弁論主義の下,訴訟追行の指針としての機能と,公平維持機能が重視されるが,証明責任を負わない当事者の立証活動の在り方に関する規律に触れつつ,これらについてより具体的に論ずる。

2(1)証明責任は,弁論主義の下,その分配基準が主張責任の分配基準となり,ある主要事実(法律効果を判断するのに直接必要な要件事実)の主張をどちらの当事者が負担するかという訴訟追行の指針になる。
 また,証明責任は,原告の主張に対する被告の反論が否認となるか抗弁となるかの区別基準にもなる。

(2)さらに,証明責任を負う者は,本証,すなわち,裁判官に合理的疑いを容れないだけの蓋然性の心証を持たすことが必要であるが,証明責任を負わない当事者は,反証,すなわち,相手方が本証を成功させそうなときに,裁判官に合理的疑いを抱かせるだけの証拠を提出すれば足りる。
 すなわち,本証と反証を区別する基準としても機能する。
 また,裁判所は,その心証の程度に応じて,充実した審判を可能にするため,釈明権(149条)行使するが,かかる裁判所の訴訟指揮の指針としても機能する。

(3)以上からすれば,証明責任を負わない当事者は,相手方がある事実につき裁判官に合理的疑いを容れないだけの蓋然性の心証を持たせつつあるとき,裁判官にその事実の存在につき合理的疑いを抱かせるだけの証拠を収集・提出するという行為責任を負うことになる(主観的証明責任)。

3 また,証明責任を負わない当事者は,弁論主義の下,手持ち証拠を提出しない自由を有するが,積極的に相手方の証明を妨げることは許されない。
 例えば,証明責任を負わない当事者も,文書提出義務(220条)や検証物提出義務を負い,これに反するときは,公平の見地から,裁判所はその事実を真実とみなすことができる(224条,232条1項)。

4 以上,証明責任は,弁論主義の下,特に,当事者の訴訟追行の指針としての機能と当事者の公平を維持する機能を有し,証明責任を負わない当事者の立証活動については,証明責任を負わない事実の存在につき,反証をするための証拠を収集・提出を促し,また,それだけでなく,証明責任を負わない事実についても積極的に証明を妨害してはいけないという規律として機能する。

以上

H16年民事訴訟法第2問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 Xは,Yに対し,200万円の貸金債権(甲債権)を有するとして,貸金返還請求訴訟を提起したところ,Yは,Xに対する300万円の売掛金債権(乙債権)を自働債権とする訴訟上の相殺を主張した。
 この事例に関する次の1から3までの各場合について,裁判所がどのような判決をすべきかを述べ,その判決が確定したときの既判力について論ぜよ。
 1  裁判所は,甲債権及び乙債権のいずれもが存在し,かつ,相殺適状にあることについて心証を得た。
 2  Xは,「訴え提起前に乙債権を全額弁済した。」と主張した。裁判所は,甲債権が存在すること及び乙債権が存在したがその全額について弁済の事実があったことについて心証を得た。
 3  Xは,「甲債権とは別に,Yに対し,300万円の立替金償還債権(丙債権)を有しており,訴え提起前にこれを自働債権として乙債権と対当額で相殺した。」と主張した。裁判所は,甲債権が存在すること並びに乙債権及び丙債権のいずれもが存在し,かつ,相殺の意思表示の当時,相殺適状にあったことについて心証を得た。

(出題趣旨)
 判決及び既判力の意味内容を正しくかつ深く理解しているかを問う問題である。まず,請求認容判決になるか請求棄却判決になるかとの結論を述べ,その判決主文の判断について生じる既判力の根拠,範囲及び内容を論ずべきである。それを前提として,相殺の主張に関する理由中の判断に認められる既判力について,その制度趣旨と前記既判力に関する基本的理解の両面から,その範囲及び内容を論ずべきである。


【実際に私が書いた答案】(再現率80%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 小問1
(1)どのような判決をなすべきか
 甲債権及び乙債権の両方が存在し,かつ相殺適状にあるのであるから,甲債権は,乙債権による相殺により消滅し,不存在になる。
 よって,裁判所は,Xの請求の全部棄却判決をすることになる。

(2)既判力について
ア 既判力は,原則として,主文に包含されるもの限り及び,理由の判断には及ばないが,相殺の抗弁が提出された場合は,例外的に理由の判断に及ぶ(114条)。
 よって,本問既判力は,以下の理由により,甲債権の不存在と,乙債権の不存在について及ぶ。

イ 既判力が原則として主文にのみ及ぶのは,当事者は,手続保障の下,訴訟物について攻撃防御を尽くし,その結果について受けた判断に自己責任を負うからである。これを理由中の判断にまで及ぶとすると,当事者に対して不意打ちを与えるし,裁判所の判断が硬直化するので妥当でないからである。
 もっとも,相殺の抗弁が出され,これが判断されたのに,かかる判断に既判力が及ばないとすると,反対債権についての後訴において,訴訟物についての争いが蒸し返され,紛争解決が無意味となり,これに拘束力を認める必要性が特に高いからである。
 この点,相殺の抗弁の場合の既判力につき,両債権が存在したこと,及び,それらが相殺により消滅いたことにまで既判力を及ぼすべきとする説がある。
 しかし,かかる説は,理由中の判断のさらにその理由に拘束力を認めるものであり,妥当でない。
両債権の不存在につき拘束力を認めれば十分である。

ウ 以上,甲債権全部の不存在と乙債権200万円の不存在につき既判力が及ぶ。

2 小問2
(1)どのような判決をなすべきか
 甲債権の存在と,その反対債権でについて不存在という心証を得ており,甲債権は,相殺によって消滅せず,存在するのであるから,裁判所は甲債権の全部認容判決をすべきである。

(2)既判力について
ア 既判力は,甲債権の存在と乙債権の不存在について及ぶ。

イ なぜなら,114条2項は,反対債権の「成立」のみならず,「不成立」についても及ぶとしている。
 また,反対債権の後訴において,訴訟物についての紛争が蒸し返されるおそれがあるからである。
さらに,乙債権の存否につき,両当事者は,手続保障の下争っているからである。

ウ よって,甲債権の200万円の存在と,乙債権の全部の不存在について既判力が及ぶ。甲債権が全部存在するということは,乙債権が全部不存在であるからである。

3 小問3
(1)どのような判決をなすべきか,と既判力について
 裁判所は,Xの請求認容判決をなすべきである。
 既判力は,甲債権の全部の存在,乙・丙債権の全部の不存在について及ぶ。

(2)その理由
 相殺の抗弁に対する相殺の再抗弁は原則許されない。
 なぜなら,仮定的なものの上にさらに仮定的なものを重ねることになるからである。
 しかし,本問の場合,訴え提起前に相殺しており仮定的なものといえないので,例外的に再抗弁なしうる。
 また,乙・丙債権につき,手続保障の下争っており許容性もある。
そして,紛争の一回的解決の必要性から,既判力は全部に及ぶ。

以上

H16年刑事訴訟法第1問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 警察官は,被疑者甲及び乙について,Aをナイフで脅迫し現金を奪った旨の強盗の被疑事実により逮捕状の発付を得た。
 1  警察官は,甲を逮捕するためその自宅に赴いたが,甲は不在であり,同居している甲の妻から,間もなく甲は帰宅すると聞いた。そこで,警察官は,妻に逮捕状を示した上,甲宅内を捜索し,甲の居室でナイフを発見し,差し押さえた。この捜索差押えは適法か。
 2  警察官は,乙の勤務先において逮捕状を示して乙を逮捕し,その場で,乙が使用していた机の引き出し内部を捜索したところ,覚せい剤が入った小袋を発見した。警察官はこれを押収することができるか。

(出題趣旨)
 逮捕に伴う捜索・差押えについて,逮捕着手前に捜索差押えを行うことの可否と,逮捕の原因となった被疑事実以外の事実に関する証拠の捜索差押えの可否を問うことにより,刑事訴訟法第220条第1項が無令状で捜索差押えを認めている趣旨,その要件,捜索の場所及び差押えの対象物の範囲などについて,基本的知識及び論理的思考力の有無並びに具体的事案に対するあてはめの応用力を試すものである。


【実際に私が書いた答案】(再現率80%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 小問1
(1)本問において,警察官は捜索差押令状なく,甲宅を捜索・差押をなしえているが,これは,令状主義(憲法35条,法218条,219条)に反し,許されないのが原則である。
 しかし,本問では,警察官は,甲を逮捕するために甲宅に赴き,その際に捜索・差押をなしたのであるから,逮捕に伴う捜索・差押として(220条1項2号・3項),例外的に許されるのではないかが問題となる。

(2)ア 本問では,甲を逮捕するより前に行っていることから,「逮捕する場合」といえるか,また,甲宅の玄関のみならず,居室等甲宅全体に捜索・差押をなしていることから,「逮捕の現場」にあたるかそれぞれ問題となる。

イ まず,「逮捕の場合」といえるか。
 本条が令状によらず捜索・差押を認める根拠は,逮捕の現場においては,証拠が存在する蓋然性が高く,証拠確保の必要性が高いこと,また,逮捕者の身体の安全等の必要性が高いことにある。
 また,すでに逮捕により平穏が害されており,捜索・差押をしても特に新たな平穏が害されないこと,逮捕の令状の審査のとき,実質的に捜索・差押の必要性・相当性という要件もチェックされていることから,許容性があることにある。
 かかる220条1項の根拠にかんがみれば,逮捕の後でなくても,逮捕が近い将来行われるのであれば,その現場に証拠が存在する蓋然性は高く,逮捕者の身体の安全を図る必要性もあるので,「逮捕の場合」といいうる。
 もっとも,無制限にこれを認めることは,人権侵害のおそれもあるので,捜査比例の原則(197条1項)により,必要性・緊急性・相当性があれば許されると解する。
本問では,ナイフを使った強盗被疑事件という重大事件であり,捜索・差押の必要性は極めて高い。また,甲宅には,甲の妻がおり,かかる者は,証拠隠滅しても刑が免除される可能性がある者なので(刑法105条),黄河帰宅するのを待っていると,この者により証を隠滅されるおそれも高く,甲の帰宅前に捜索・差押をする緊急性もある。
 また,甲の妻に令状を示していることや,甲が間もなく帰宅することを確認して行っており,相当性もある。
 よって,本問捜索・差押は「逮捕の場合」にあたる。

ウ また,甲宅全体は,「逮捕の現場」といえるか。
 証拠存在の蓋然性は,甲の管理権の及ぶ範囲にはあるといえるので,甲の管理権の及ぶ甲宅全体も「逮捕の現場」といえる。

(3)以上,本問捜索・差押は,220条1項2号・3項により無令状でも適法である。

2 小問2
(1)まず,乙の机の捜索は,乙の逮捕の現場の直後に行われた場合であり,乙が机から凶器を出す等の危険もあるので,捜索の必要性・緊急性・相当性もあり,逮捕に伴う捜索(220条1項2号,3項)として許される。

(2)もっとも,強制捜査に令状が必要とされる令状主義の趣旨は,令状による事件の明示により,捜査機関の権限濫用を防ぎ,また,被疑者に防御の機会を与えることにある。
とすれば強制捜査においては,事件単位原則が及び,本罪である強盗罪についての捜索により,明らかに別罪の証拠である覚せい剤を押収することは原則許されない。

(3)ア では,かかる覚せい剤を押収する方法はないか。
 適法な捜索により発見された明らかな他罪の証拠を差し押さえることは許されないか。いわゆる緊急捜索・差押の可否が問題となる。
 法律の明文なくかかる無令状の捜索・差押を認めることは,強制処分法定主義(197条1項但書)にも反するし,また,実質的にも,別罪の証拠の偶然の発見を狙って捜索することが増え,令状主義(憲法35条)の精神にも反するので,許されないと解すべきである。

イ 他の方法はないか。まず,乙や乙の会社の同僚による任意提出があれば,領置(221条)しうる。
 また,乙が覚せい剤の所持を認めれば,現行犯逮捕(212条,213条)ができ,またそうでなくても,緊急逮捕(210条)ができ,それに伴い,220条1項2号・3項により差押ができる。

以上

H16年刑事訴訟法第2問

2004年07月20日 | ③H16年司法試験論文試験再現答案集
【問題】
 現住建造物等放火の共同正犯として起訴された甲と乙は,公判廷において,いずれも公訴事実を否認している。検察官は,甲が捜査段階で警察官Aに対して「乙と一緒に放火した。」旨を述べた供述調書の取調べを請求した。これに対して,甲乙それぞれの弁護人が異議を述べた。審理の結果,警察官Aの取調べ中,否認していた甲に対して,Aが「甲と乙が火をつけるのを目撃した者がいる。」旨の虚偽の事実を告げたため,甲の上記供述がなされたことが判明した。
 1  この供述調書を甲に対する証拠とすることができるか。
 2  公訴事実に関する甲の被告人質問が行われる前に,甲が死亡したとする。この供述調書を乙に対する証拠とすることができるか。

(出題趣旨)
 司法警察員が偽計を用いて得た自白調書を例として,自白法則と伝聞法則及びそれらの相互関係について,理解を問う。1は,自白調書に適用される条文の理解と,事例に即した自白法則の適用能力を試すものである。2は,供述者自身に対する証拠としては証拠能力に問題のある自白証書が,共犯者とされる他の被告人に対して証拠となり得るかどうかについて,問題点を整理して分析的に論じられるかどうかを試すものである。


【実際に私が書いた答案】(再現率80%~90%)評価A(7287人中2000番以内)

1 小問1
(1)本問供述調書は,「乙と一緒に放火した」という犯罪事実の重要部分を認めるものであり,自白である。
 そして,かかる自白は,警察官Aの虚偽の事実の告知によりなされたものであり,「任意にされたものではない疑のある自白」にあたり,自白法則(法319条1項,憲法38条2項)により,証拠能力がないのではないか。

(2)ア 「任意にされたものでない疑のある自白」の意味が問題となる。

イ 319条1項の趣旨は,自白採取過程の適正手続(憲法31条)の確保,及び司法の廉潔性・将来の違法捜査の抑止にある。
 とするならば,「任意にさてたものではない疑のある自白」とは,違法な手段により採取された自白をいうと解する。
 かかる解釈は,基準の客観化・明確化を実現し,また,憲法38条の列挙にも合致する点からも妥当といえる。

ウ 本問では,捜査官が「甲と乙が火をつけるのを目撃した者がいる旨」の虚偽の事実を告げ,自白を引き出しているが,かかる詐術による自白採取は,適正手続(憲法31条,法1条,規則1条)に反するし,乙の黙秘権(憲法38条1項,法198条2項)に基づく供述の事由を奪うものであるので,違法な捜査である。

エ よって,本問供述調書は319条1項により,証拠能力がなく,証拠として用いることはできない。

2 小問2
(1)ア 本問供述調書は,乙に対する証拠とできるか。
前述のとおり本問供述調書は,自白法則(319条1項)により,甲に対する証拠とすることはできないが,かかる自白法則は,共犯者乙にも及び,乙に対する証拠にもできないのではないか。自白法則は,共犯者に及ぶか問題となる。

イ 自白法則の趣旨は,自白採取手続の適正手続,司法の廉潔性の確保,及び将来の違法捜査の抑止であるが,この趣旨は,共犯者の手続きにおいても及ぶ。

ウ よって,本問供述証拠は,319条1項により乙に対する証拠とすることができない。

(2)また,本問供述調書は,公判廷での反対尋問を経ない供述証拠,すなわち,伝聞証拠であり,伝聞法則(320条1項)によっても証拠とすることができない。
 なぜなら,本問供述証拠は,甲が死亡していることから,321条1項3号により例外的に証拠能力が認められるようにも思えるが,欺罔行為によりなされていることから,特信状況もなく(321条1条3号但書),証拠能力が認められないからである。

以上