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◇クラシック音楽CDレビュー◇ケンプ、シェリング、フルニエによるベートーヴェン: ピアノ三重奏曲 第3番 /ピアノ三重奏曲 第7番 「大公」

2022-04-12 09:47:17 | 室内楽曲
 


<CDレビュー>



~ケンプ、シェリング、フルニエによるベートーヴェン: ピアノ三重奏曲 第3番/ピアノ三重奏曲 第7番 「大公」~

 

 ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ)、ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)、ピエール・フルニエ(チェロ)の3人の名手によるCDアルバム「ベートーヴェン: ピアノ三重奏曲全集」から、ピアノ三重奏曲 第3番とピアノ三重奏曲 第7番 「大公」の2曲を聴いてみたいと思う。


【ベートーヴェン: ピアノ三重奏曲全集】

<DISC1>
1. ピアノ三重奏曲 第1番 変ホ長調 作品1の1
2. ピアノ三重奏曲 第2番 ト長調 作品1の2

<DISC2>
3. ピアノ三重奏曲 第3番 ハ短調 作品1の3
4. ピアノ三重奏曲 第4番 変ロ長調 作品11 「街の歌」
5. ピアノ三重奏曲 第5番 ニ長調 作品70の1 「幽霊」

<DISC3>
6. ピアノ三重奏曲 第6番 変ホ長調 作品70の2
7. ピアノ三重奏曲 第7番 変ロ長調 作品97 「大公」

<DISC4>
8. ピアノ三重奏曲 第8番 変ロ長調 WoO 39
9. ピアノ三重奏曲 第9番 変ホ長調 WoO 38
10. ピアノ三重奏曲 第10番 変ホ長調 作品44 (創作主題による14の変奏曲)
11. ピアノ三重奏曲 第11番 ト長調 作品121a 「カカドゥ変奏曲」

ピアノ:ヴィルヘルム・ケンプ

ヴァイオリン:ヘンリク・シェリング(1~3、5~10)

チェロ:ピエール・フルニエ

クラリネット:カール・ライスター(4)

録音:1969年8月(3、4、9~11)、1970年8月(1、2、5~8)、ヴヴェイ、テアトル・ムニシパル

企画・販売:TOWER RECORDS PROC‐1867~70(4枚組)

制作・発売:ユニバーサルミュージック

 1970年のベートーヴェン生誕200年を記念して、ドイツ・グラモフォンから全12巻LPレコード78枚からなる「ベートーヴェン大全集」(MG9501~78)が発売されたが、20世紀を代表する3名手が揃った「ベートーヴェン: ピアノ三重奏曲全集」は、当初、その中に含まれていた。そして2015年に、ケンプの生誕120年を記念するCDとして、この「ベートーヴェン: ピアノ三重奏曲全集」が新たに発売された。音質面では、オリジナル・マスターからのハイビット・ハイサンプリング(192kHz,24bit)でデジタル化した音源をCDマスターとして使用しているので、現役盤並みの高解像度で滑らかな音色で聴くことが出来る。


 ピアノのヴィルヘルム・ケンプ(1895年―1991年)は、ドイツ、ブランデンブルク州出身。幼時よりピアノ、オルガンを学び、卓越した才能を示した。ベルリン音楽大学で学ぶ。1918年にアルトゥル・ニキシュ指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団とベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番で協演した。1920年にはシベリウスの招きで北欧を歴訪。1924年から1929年にはマックス・フォン・パウアーの後任としてシュトゥットガルト音楽大学の学長を務めた。1932年にはベルリンのプロイセン芸術協会の正会員となり、ドイツ楽壇の中心的役割を担うようになった。1930年代の肩書は「オペラ作曲家」であり、ピアノ演奏は副業であった。第二次世界大戦後、専業ピアニストとしての活動にシフトすることとなった。1950年代にはベートーヴェンのピアノソナタ全集をモノラルでリリース。ケンプは親日家であり、1936年の初来日以来、10回来日した。

 ヴァイオリンのヘンリク・シェリング(1918年―1988年)は、ポーランド、ワルシャワ出身。7歳よりヴァイオリンを始める。ベルリンに留学して、カール・フレッシュにヴァイオリンを師事。その後、パリ音楽院に入学、ジャック・ティボーに師事。1933年、ブラームスの協奏曲を演奏してソリストとしてデビューを果たす。1937年に同校を首席で卒業する。また、同年から1939年までパリでナディア・ブーランジェに作曲を師事。第二次世界大戦中は、ポーランド亡命政府のために通訳を務めるかたわら、連合国軍のために慰問演奏を行う。メキシコシティにおける慰問演奏の合間に、同地の大学に職を得、1946年にはメキシコ市民権を得た。その後は教育活動に専念したが、1954年にニューヨーク市におけるデビューが高い評価を得て、以後、演奏活動に専念する。

 チェロのピエール・フルニエ(1906年―1986年)は、フランス、パリ出身。はじめは母からピアノを学んだが、9歳の時に小児麻痺にかかって右足の自由を失ったためチェロに転向。12歳でパリ音楽院へ入学。5年後に一等賞を獲得して卒業し、さらにバズレールのもとで修練を積んだのち、1924年にパリでデビューした。1927年にはコロンヌ管弦楽団のソリストとして迎えられ、フランス各地およびヨーロッパ各国での演奏活動を開始した。第二次世界大戦後にはさらに活動の範囲を広げ、1948年にはアメリカデビューを果たした。また、フルニエは室内楽にも情熱を注ぎ、第二次世界大戦後にはヨゼフ・シゲティ、ウィリアム・プリムローズ、アルトゥル・シュナーベルとともにカルテットを結成。また、デュオとしてケンプとは特に親しかった。レジオン・ドヌール勲章を授与。


 ベートーヴェンのピアノ三重奏曲の中で一曲を挙げるとするなら誰もが、第7番「大公」を挙げるに違いない。ならばその次に来る曲は?というと、私なら第3番を選ぶ。この曲の曲想には、既にベートーヴェンの中期に見せる、あの強い意思の確固とした確立が見て取れるからだ。当時、ベートーヴェンしか書くことのできなかったような深みのある起伏、それにピアノ三重奏曲の持つ華やかな色どりが程よく調和していて見事な仕上がりを見せている。この曲は、1793年から1795年にかけて作曲された。ベートーヴェンの師でもあったハイドンは、この曲について「出版すべきではない。例え出版しても、人々に受け入られないだろう」と語ったという。これに対しベートーヴェンは、このハイドンからの批判を”嫉妬”のためだと考えていたというから面白い。

 このCDでのベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第3番の演奏は、第1楽章は、中期のベートーヴェンが見せる深みのある曲想を、3人のソリストが互いに会話するようにバランスよく進める。どんな苦難に直面しようが、わが道を行くというベートーヴェン特有の力強さを内包しながら・・・。第2楽章は、主題と5つの変奏曲からなる内容を持つ。ここでの3人の演奏は、第1楽章とは打って変わって、柔和な表情の演奏へと変化を見せる。ここでの3人の表現力豊かな演奏内容には、心底聴き惚れる。第3楽章は、打って変わってどことなく不安の心情が滲み出た楽章であるが、3人の絶妙な技の組み合わせがリスナーの耳に強く働きかけ、この曲を印象深い作品に昇華させている。そして終楽章の第4楽章であるが、歓喜の楽章とでもいったらよいのか、人生を肯定すような3人の力強い演奏内容で締め括られる。


 ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番 変ロ長調 作品97 は、1810年から1811年にかけて作曲された。ルドルフ大公に献呈されたため、「大公」の通称で親しまれている。この作品自体、その通称にふさわしく、優雅さと堂々とした気品がある曲想となっており、古今のピアノ三重奏曲を代表する名曲として、その存在は、現在に至るまで燦然と輝いている。ルドルフ大公はアマチュアのピアニストとしては、当時相当の水準にあったといわれている。この「大公」もピアノが主役を演じており、作曲者と献呈先との熱い信頼を伺い知ることが出来る。初演は、1814年4月11日にウィーンで、ベートーヴェン自身のピアノで行われたが、当時既にベートーヴェンは耳がほとんど聞こえず、これを最後に、ベートーヴェンは公の場での演奏をしなくなったという。

 ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第7番「大公」は、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲の中での最高傑作であるばかりか、ベートーヴェンの全作品の中でも傑出した作品であることは間違いない。幾つになってもこの曲を聴くと、一瞬襟を正し、”初心忘れるなかれ”とベートーヴェンから激励されているような気分になる。そんな曲を演奏すると必ずと言ってもよいほど力が入る。ところが、このCDでのベートーヴェン:ピアノ三重奏曲 第3番の演奏は、並の演奏とは明らかに異なる。この3人の演奏は、むしろベートーヴェンに問いかけるように、静かにしかもゆっくりと雄大なスケールで進める。中でもケンプのピアノ演奏は、全体をリードし、引き締まった演奏へと導く役割をしっかりとと果している。力強さと華麗さ、それに加え第3楽章などに込められた滋味あふれる演奏内容、どれをとっても第一級品の仕上がりといえる。(蔵 志津久)
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