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クラシック音楽研究者 蔵 志津久によるCD/DVDの名曲・名盤の紹介および最新コンサート情報/新刊書のブログ

◇クラシック音楽CDレビュー◇天才 田中希代子の新たに発見された音源によるCD(ライブ録音盤)

2019-10-08 09:44:40 | 器楽曲(ピアノ)

 

 ショパン:ピアノ・ソナタ第2番「葬送」 変ロ短調 Op.35      
      バラード第1番 ト短調 Op.23
ハイドン:ピアノ・ソナタ第46番 変イ長調

ピアノ:田中希代子

CD:キングインターナショナル KKC-2503

収録:1964年6月22、都市センターホール(ライヴ録音)    

 田中希代子(1932年―1996年)は、第二次世界大戦直後の昭和時代に活躍した天才ピアニストである。 まだ日本が敗戦の混乱期にあった丁度その頃、田中希代子は、1952年第14回「ジュネーヴ国際音楽コンクール」、1953年第5回「ロン=ティボー国際コンクール」、1955年第5回「ショパン国際ピアノコンクール」の3つの国際コンクールの日本人として初の入賞者となり、“東洋の奇跡”とも呼ばれた。このことは、敗戦で自信喪失にかかっていた日本人に、誇りと勇気を取り戻すきっかけを与えたもので、1949年に日本人初のノーベル賞受賞者となった湯川秀樹博士とともに、日本人の快挙として歴史上に永遠にその名を遺すことになる。田中希代子は、レオニード・クロイツァーと安川加壽子に師事。1948年第18回「日本音楽コンクール」第2位特賞を受賞。 その後、戦後初のフランス政府給費留学生の一人に選ばれる。パリ国立高等音楽院に入学し、同音楽院の卒業試験で一等賞「プルミエ・プリ」で合格し卒業。そして1952年、「ジュネーヴ国際音楽コンクール」に最高位特賞(1位無しの2位、日本人初の入賞)となったが、これは日本人初の国際コンクール入賞であり、日本のクラシック音楽界にとって歴史的快挙となった。その後、パリやウィーンを拠点にヨーロッパから南米まで幅広い演奏活動を繰り広げた。日本に帰国後、体調を崩し、検診の結果、難病である膠原病と診断される。そして1970年に最後のリサイタルを開き、完全に演奏活動を引退してしまう。しかし、現役のピアニストを引退した後も、ピアノ教育に携わり、多くの優秀な門下生を世に送り出したのである。2005年、音楽評論家の萩谷由喜子が「田中希代子―夜明けのピアニスト」(㈱ショパン刊)を著し、その偉業を今に伝えている。

 2006年に没後10周年記念として、キングレコードより発売されたCD「田中希代子~東洋の奇蹟」は各方面で大きな反響を呼んだ。ところが、既に出つくしたと思われていた田中希代子の新たな音源が、ニッポン放送に残っていたことが今回分かったのである(ニッポン放送「新日鉄コンサート」の録音)。それも彼女がいちばん輝いていた1964年の帰国時の公開録音であり、しかも他で聴くことのできないレパートリーが多い。この “幻の音源” をもとに、次に挙げる4枚のCDが、このほどキングレコードから発売となった。

①ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」
②シューマン:クライスレリアーナOp.16(第3曲なし)
収録:1964年12月7日/東京文化会館(ライヴ録音)
CD:キングインターナショナル KKC-2501

①モーツァルト:ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331「トルコ行進曲つき」
②スカルラッティ:ソナタ ヘ長調K.445 (L.385)
         ソナタ 変ホ長調K.193 (L.142)
         ソナタ 変ロ長調K.551 (L.396)
         ソナタ 変ロ長調K.544 (L.497)
         ソナタ ト長調K.146 (L.349)
         ソナタ ニ長調K.96 (L.465)
⑧田中希代子の語り
収録:1964年6月2日①、22日②-⑦/都市センターホール(ライヴ録音)
CD:キングインターナショナル KKC-2504

①ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調Op.35「葬送」
②同:バラード第1番ト短調Op.23
③ハイドン:ピアノ・ソナタ第46番変イ長調
収録:1964年6月22/都市センターホール(ライヴ録音)
CD:キングインターナショナル KKC-2503

①ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番ヘ短調Op.57「熱情」
②シューマン:クライスレリアーナOp.16(第3曲なし)
収録:1964年12月7日/東京文化会館(ライヴ録音)
CD:キングインターナショナルKKC-2501 

 今回、紹介するのは、これらの中から、①ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調Op.35「葬送」 ②同:バラード第1番ト短調Op.23 ③ハイドン:ピアノ・ソナタ第46番変イ長調の3曲を収めた1枚である。最初の曲は、ショパン:ピアノソナタ第2番 変ロ短調 Op.35「葬送」。この曲は、第3楽章に有名な葬送行進曲が用いられていることから「葬送」または「葬送行進曲付き」の副題で知られている。1839年にノアンで作曲された。全ての楽章が短調で書かれているので、暗い曲想と思われがちだが、ところどころに長調の音楽が現れるので、何か救われる思いが感じられる曲でもある。いずれにしても、この曲はショパンの天分が如何なく発揮された名曲である。この曲での田中希代子の演奏は、ずばり曲の核心を突いて、全く揺るぐことがない。この曲は、ショパンの揺れ動微妙な心情を表現する演奏がほとんどだが、田中希代子の演奏は、そんな演奏に挑戦状を突きつけるがごとくに、ショパンの魂が咆哮する様を、凄まじいエネルギーを持って一気に弾き進める。このようなショパン像を表現することができるのは、田中希代子しかこの世に存在しない、とさえ断言したいほどだ。一転、葬送行進曲に入ると、激情はぴたりと止み、言いしれぬ悲しみと絶望感がないまぜになり、そして天使のような歌へと昇華されて行く。絶望とその裏腹な甘美さが組み合わさったショパン特有の世界を、田中希代子は何のけれんみもなく、ストレートに表現し尽くす。これほどまでにドラマチックに弾き切ったショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」に遭遇することは、もうないかもしれない。

 次の曲は、ショパン:バラード ト短調 Op.23 この曲は、パリ滞在中の1831年から1835年に作曲され、1836年に出版された。ポーランドの詩人、アダム・ミツキェヴィチの愛国的な詩に啓発されたと言われるが、必ずしも標題音楽のように詩と曲との関連は明確にはなっていない。この曲での田中希代子の演奏は、「葬送」の時のような激情のほとばしりはないものの、実に堂々とした確信に満ちた演奏に終始する。どちらかというと、一般に言われるバラードという感じよりも、もっと心情の世界を掘り下げるような、内省的な趣の濃い演奏内容だ。ただ、ピアノタッチはあくまで力強いものがあり、あいまいな表現の入り込む余地は少しもない。これは田中希代子のショパン像の反映であろう。最後の曲は、ハイドンのピアノソナタ 第46番 変イ長調。この曲は、1770年頃の作品と推定されている。ハイドンが作曲したピアノソナタは、全部で65曲あると言われている。、近年ではピアニストのレパートリーとなりつつあり、再評価が進んでいる。この曲での田中希代子の演奏は、安定した、しっかりとしたピアノタッチで曲を捉え、古典的なこの曲の美感を、存分にリスナーに送り届けてくれる。以上の曲の録音状態は、一部に音のゆらぎが感じられるものの、鑑賞には差し障りがない。逆に、ジャケット写真にあるように、当時のマイクロフォンの性能から、マイクがピアノに出来る限り近い場所にセッティングされているためか、ピアノタッチの生々しい音が捉えられている。下手をすると、最新録音状態より臨場感あふれるピアノの音が聴くことができると言えるのかもしれない。(蔵 志津久)  


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