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●クラシック音楽●<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>~諏訪内晶子と仲間たち~国際音楽祭 NIPPON2024~

2024-05-28 10:15:36 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー



<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>




~諏訪内晶子と仲間たち~国際音楽祭 NIPPON2024~



①ベートーヴェン:2つのオブリガート 眼鏡付きの二重奏曲 変ホ長調 WoO32から第1楽章

  ビオラ:鈴木康浩
  チェロ:イェンス・ペーター・マインツ

②モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581

  クラリネット:ポール・メイエ
  ヴァイオリン:諏訪内晶子、ベンヤミン・シュミット
  ビオラ:鈴木康浩
  チェロ:イェンス・ペーター・マインツ

③パガニーニ(クラスラー:編曲):「鐘」

  ヴァイオリン:諏訪内晶子
  ピアノ:秋元孝介

④シューベルト:五重奏曲 イ長調「ます」D.667

  ヴァイオリン:ベンヤミン・シュミット
  ビオラ:鈴木康浩
  チェロ:イェンス・ペーター・マインツ
  コントラバス:池松 宏
  ピアノ:秋元孝介

収録:2024年2月19日、紀尾井ホール

放送:2024年5月1日 午後7:30~午後9:10


 今夜のNHK-FM「ベストオブクラシック」は、2024年2月19日、紀尾井ホールで行われた「国際音楽祭NIPPON2024」の演奏会の放送。「国際音楽祭NIPPON」は、ヴァイオリニストの諏訪内晶子が芸術監督を務める音楽祭で、”感動を紡ぐ””心をつなぐ””未来を創る”をキーワードに、一流アーティストの演奏、一流アーティストたちとの室内楽公演、協奏曲公演、日本次世代の演奏家を育成する公開マスタークラス、さらに東大震災復興応援コンサートなど、多彩なプログラムが用意されている。2024年は、1月から2月にかけて、東京、横浜、名古屋、大船渡で7つの企画と10の公演が行われた。

 ヴァイオリンの諏訪内晶子(1972年生まれ)は、東京都出身。桐朋学園大学ソリスト・ディプロマ・コースを修了。文化庁芸術家在外派遣研修生としてジュリアード音楽院に留学。1987年「日本音楽コンクール」で第1位。1988年「パガニーニ国際コンクール」で第2位。1989年「エリザベート王妃国際音楽コンクール」で第2位。1990年「チャイコフスキー国際コンクール」で第1位(最年少、日本人初)。2013年から「国際音楽祭NIPPON」を企画、自ら芸術監督を務める。


①ベートーヴェン:2つのオブリガート 眼鏡付きの二重奏曲 変ホ長調 WoO32から第1楽章

 この曲は、少々変わった名前を持つヴィオラとチェロのためのニ重奏曲である。ベートーヴェンが1797年の1月ころに完成させたと思われる作品。眼鏡をつけなければ楽譜も読むことができない二人の友人の弦楽器奏者のために作曲されたために、この名がつけられた。全体は2つの楽章から構成されている。この曲に付けられているWoO32の「WoO」とは、ドイツ語の「Werk ohne Opuszahl」(作品番号なしの作品)の略語で、作品番号がつけられていない楽曲の整理のためにつけられる認識番号。

 今夜の演奏は、ビオラ:鈴木康浩とチェロ:イェンス・ペーター・マインツの二人の演奏家で行われたが、いかにもベートヴェンらしい生真面目さの中に、時折ユーモアも感じられ、この作品を演奏するにふさわしい親密さが込められた演奏内容であり、十分に聴きごたえがある演奏となった。この曲は、あまり演奏されることのないベートーヴェンの”秘曲”と言ってもいい作品だ。ベートーヴェンは、魅力的な作品番号なしの作品(WoO)を数多く遺しているが、このような音楽祭で取り上げられた意義は小さくない。


②モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K.581

 モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K. 581 は、モーツァルトが1789年9月29日に書き上げた、クラリネットと弦楽四重奏のための室内楽曲。クラリネット奏者であった友人アントン・シュタードラーのために作曲されたため”シュタードラー五重奏曲”の愛称で呼ばれることもある。クラリネットは当時はまだ目新しく、ようやくオーケストラの仲間入りをし始めた楽器であった。しかし、モーツァルトは当時の楽器の持つ可能性を調べ尽くし、クラリネット音楽の発展に対して重要な規範を提示した曲にまとめた。広い音域や歌謡的能力を活用する優れたモーツァルトの書法を聴くことができる。

 今夜の演奏は、クラリネットのポール・メイエの圧倒的な熱演が特に印象深いものとなった。フランスのクラリネット奏者のポール・メイエ(1965年生まれ)は、ソリストや室内楽奏者として欧米を拠点に国際的に活躍を続け、最近では指揮活動も行っており、現役のクラリネット奏者として世界的に著名な一人。東京佼成ウインドオーケストラの首席指揮者を務めたこともあるので日本でもお馴染みのクラリネット奏者。ポール・メイエのクラリネット演奏は、伝統的な奏法をベースに置きながら、決して伝統に埋没することがなく、躍動するモーツァルトの音楽を、テンポを比較的早めに取り、現代風に生き生きと表現し切って、誠にもって見事。久しぶりにモーツァルト:クラリネット五重奏曲を心から堪能することができた。


③パガニーニ(クラスラー:編曲):「鐘」

 この曲は、パガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番の第3楽章「ラ・カンパネッラ(鐘のロンド)」の主題を元にクラスラーがヴァイオリンとピアノの曲に編曲した作品。

 今夜のヴァイオリン:諏訪内晶子は、実に語り口に長けた演奏内容を披歴してくれた。この曲は、ただ上手に演奏してもなかなかその真の魅力を引き出すことは難しい。諏訪内晶子の演奏は、細部にまで目が届いた巧みな演奏技法で微妙なニュアンスの表出に成功していた。一方、秋元孝介のピアノ伴奏は、若々しいエネルギーがほとばしり、原曲が”鬼才”パガニーニの作品であることを思い起こさせてくれるようなピアノ演奏。この二人の個性豊かな出会いが魅力的な音楽空間を作り上げたようだ。


④シューベルト:五重奏曲 イ長調「ます」D.667

 シューベルト:ピアノ五重奏曲 イ長調 作品114, D 667 は、シューベルトが1819年に作曲したピアノ五重奏曲。第4楽章が自身の歌曲「ます(鱒)」(作品32, D 550)の旋律による変奏曲であるために「ます」という愛称で親しまれている。この作品は、シューベルトが22歳の時に作曲された。通常のピアノ五重奏の編成であるピアノ1台と弦楽四重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ1、チェロ1)とは異なり、ヴァイオリンを1人にする代わりに、低音を担当するコントラバスを追加するという編成が採られている。

 今夜の演奏は、音楽がとうとうと流れ落ちていくような、清涼感に満ち溢れた、何とも豊かな自然に接したかのような「ます」の演奏を聴かせてくれた。これは、五つの楽器のバランスがすこぶる良いことだということに気が付くまでにそう時間はかからなかった。五つの楽器がそれぞれの個性を存分に発揮しながら、一方では、すこぶる協調性が良いのだ。多分これは、互いに変な遠慮がない演奏なのだからなのだろう。チェロ:イェンス・ペーター・マインツとコントラバス:池松 宏の充実した低音の響きが全体を引き締める一方、秋元孝介の伸び伸びとした明るい音色のピアノ演奏が全体を前に前にと誘う。それをヴァイオリン:ベンヤミン・シュミットとビオラ:鈴木康浩がしっかりと受け止め、全体を安定感ある演奏へと纏め上げた。「気心の知れたシューベルトのファミリーコンサートは、多分こんな雰囲気ではなかったのかな」などと勝手に思いつつ、今夜の「ます」の演奏を楽しく聴き通すことができた。<蔵 志津久>
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