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Pfizer製薬、新薬の開発中止で苦境に/ファイザー製薬

2006年12月08日 | 創薬
Pfizer製薬、新薬の開発中止で苦境に

製薬最大手の米Pfizerが、非常に有望視されていた医薬品の開発を中止する決定を下した。臨床試験の結果、服用によって死亡率が増大することが明らかになったためだ。Pfizerにとっては手痛い開発中止となった。

問題の薬はトルセトラピブ(torcetrapib)。いわゆる「善玉」(HDL)コレステロールを増やすことによって心臓発作や脳卒中を防ぐ薬だ。PfizerのCEO(最高経営責任者)を務めるJeffrey Kindler氏がつい先日、「われわれの世代で最重要と言える開発かもしれない」と自信を見せたばかりだった。

Pfizerは、トルセトラピブの試験に8億ドルもの研究資金を注ぎ込んできた。他のどの医薬品の試験にもこれほどの費用はかけていない。同社が夢に描いたのは、リピトール(Lipitor)の成功を再現することだった。リピトールは、世界でも売上高トップクラスの医薬品で、年120億ドルを生み出すPfizerのドル箱だ。Pfizer幹部らは「トルセトラピブが製品化されれば、リピトールに劣らない成功を収めるだろう」と話していた。

しかしPfizerは米国時間12月2日夜にプレスリリースを発表し、被験者1万5000人を使った臨床試験を中止せざるを得なくなったと明らかにした。3年前に開始したこの試験は、トルセトラピブが心臓発作を抑え、患者の生命を救うことを立証するはずだった。ところが、臨床実験をモニターしてきた独立の委員会が、「薬を投与した患者は、投与されなかった患者より、死亡や心血管障害の率が高い」と報告した。これによって、トルセトラピブを市場に出して成功を収めるというPfizerの希望は、完全に打ち砕かれた。

Kindler氏は2日の声明で、委員会の報告は「予期せぬものであり、失望を禁じえない」としながらも、「Pfizerは患者の利益を最優先に考えている。トルセトラピブの開発中止を決断した」と述べた。「この事態が、われわれのビジネスにどれほど深刻な影響を与えるか理解している。われわれは迅速かつ積極的に対応していく。この情報を、Pfizerの改革への取り組みと、製品ライン・財務体質の強化の両面に役立てていくことが重要だ」

トルセトラピブで見込まれた売り上げを穴埋めできそうな治験薬は他にない。Pfizerにとってこの知らせは手痛いものだったに違いいない。さらに、医師たちにとっても失望は大きかった。毎年、動脈血栓に起因する心臓発作および脳卒中の発生件数は90万件にも及ぶ。トルセトラピブがこの数字を小さくしてくれることに期待した医師は多い。リピトールや英AstraZenecaのクレストール(Crestor)など既存のコレステロール降下剤も、心臓発作のリスクを少なくとも3分の1は減らす。血圧降下剤もまた大きな効果がある。しかし、それでも心臓病は相変わらず死因のトップを占めている。

米国の非営利医療法人Cleveland Clinicの心臓病部門責任者で、トラセトラピブの研究を行っていたSteven Nissen氏は、「残念なニュースだ。患者のために、この薬には大いに期待していた。まったく新たな心臓発作予防法にこれだけの費用を注ぎ込んだPfizerは称賛に値する」と語った。

トルセトラピブの失敗により、Pfizerは苦しい時期を迎える可能性が高い。リピトールは、あと4年で主要な特許が切れる。そうなれば安いジェネリック薬が出回り、売り上げのほとんどが奪われてしまう可能性がある。そうしたなか、トルセトラピブはPfizerにとって、リピトールの売り上げ減少の打撃を和らげる最大の切り札だったのだ。

既にPfizerは、抗生物質ジスロマック(Zithromax)や抗てんかん薬ニューロンチン(Neurontin)などの特許が切れ、ジェネリック薬との競争に巻き込まれている。これらの医薬品の売り上げは横ばい状態だ。同社は11月末に、業績見通しをわずかに上方修正した。しかし一方で、販売部門従業員の5分の1にあたる2000人以上を解雇するとも発表している。

Pfizerはトルセトラピブの他にも多くの新薬の開発を手がけており、年間研究予算は70億ドルに達している。11月末に開催した研究開発会議でも、30もの研究プログラムの概要を発表した。トルセトラピブはその中の1つにすぎない。開発中の新薬は、肥満、ガン、HIV、アルツハイマー病などに対して効果が見込まれるものだ。もちろん、これらの薬でPfizerが成功を収める可能性もある。しかし、それでもトルセトラピブを失ったことは痛い。

トルセトラピブが失敗したことで、他社が開発する同様の新薬にも、同じような嫌疑がかけられる可能性がある。スイスのRocheは、Pfizerより数年遅れてトルセトラピブの類似薬を開発している。米Merckも同様の新薬を開発していると思われる。Pfizer自体にも、トルセトラピブ以外に同様の新薬が複数ある。これらは、臨床試験の初期の段階にある。

トルセトラピブの失敗の理由はよく分かっていない。これまでにも、この薬の副作用で血圧が上昇することが明らかになっており、さまざまな疑いが渦巻いていた。血圧の上昇は、それ自体が心臓発作を引き起こす。科学者の中には「トルセトラピブのような薬品で生成されるタイプの「善玉」(HDL)コレステロールは正常に機能しないのかもしれない」と指摘する声もある。RocheとMerckの新薬は血圧上昇を引き起こすとは考えられていないが、どちらもトルセトラピブとまったく同じ仕組みでHDLコレステロールを増加させる。

たとえそうした新薬のすべてが失敗したとしても、他にHDLコレステロールを増やす効果的な方法が見つかるかもしれない。Merckは、HDLコレステロールを増加させる作用がある市販のナイアシン(ビタミンB3)の主な副作用を緩和する医薬品に取り組んでいる。米Kos Pharmaceuticalsは、ナイアシンの処方薬を販売している。Pfizer、スイスのNovartisをはじめとする複数の製薬企業が、注射または経口により摂取できる合成HDLの開発に取り組んでいる。Pfizerはこれまで、こうした開発中の治療法のすべての中で、トルセトラピブによって一歩リードしていた。しかし現在、他社にはるかに後れをとることとなった。

米Cedars Sinai Medical Centerのコレステロール専門家Prediman K. Shah氏は、こう語る。「トルセトラピブについては、血圧の上昇と、どのような種類のHDLが生成されるか分からない点をめぐり、ずっと不安があった。常に影が付きまとっていたのだ」

原文タイトル:A Catastrophe For Pfizer
原文掲載サイト:www.forbes.com
著者名:Matthew Herper
原文公開日時:2006年12月2日

[日経BP-Net / 2006年12月08日]
http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/forbes/061208_pfizer/