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「空白」(2021年、日本)

2021年10月06日 | 映画の感想・批評
漁師の添田(古田新太)は中学生の娘の花音(かのん)と二人暮らし。普段から娘に対して、無関心で高圧的な父親であった。
ある日、娘がスーパーで万引きをしたと、スーパーの店長・青柳(松坂桃李)に執拗に追いかけられ、ついには交通事故で命をおとしてしまう。

娘の無実を証明しようと事故の関係者を厳しく追及するうちに、父親の行動はどんどんエスカレートして、モンスター化していく。
マスコミの勝手な切り取り報道に乗せられ、何が真実かはわからないくせに、正義感を振り回す大衆によって、添田も青柳もどちらも嫌がらせを受け続ける。
スーパーの店長青柳は、添田に執拗に追い詰められ、ただただ委縮していく。ネガティブな青年の苦悩ぶりが痛々しいほどに描かれ、松坂桃李はうまい。
「あなたは何も間違ってない!ちゃんと真実を言葉にするべきよ」と正論を突き付けるパートの女性(寺島しのぶ)も青柳にとっては救いになるどころか、苦痛にしかならない。

最初に少女を轢いた若い女性は添田に謝罪を受け入れられず、自殺をしてしまう。この女性の母親(片岡礼子)が通夜の席で、添田に対峙するシーンが圧巻だった。
同じように娘を亡くした親の痛み、悲しみを抱えながら、我が子を追い詰めた加害者でもある添田をなじることなく、ひたすら許しを請い、謝罪の言葉をかける。
「こうするしかないのだ。行き場のない怒りに支配されている相手に対しては。」
それはうがった見方だろうか。いや、それも違う。片岡礼子の演技には胸を揺さぶられた。

責め続けるのは疲れるものである。許すことはできなくても、どこでどう折り合いをつけていくのか。
父親はようやく娘の姿を知ろうと、下手ながら絵も描き始めるなど、娘とようやく向き合う。そのなかで見つけたものとは。

漁師の弟子役の青年が添田の寂しさをちゃんと理解し、仕事の上でも尊敬の念を失わず寄り添いつづけてくれる。また、別れた元妻(田畑智子)のお腹の子の名前をめぐる、登場場面はほとんどないが、今の夫の優しさも心に沁みてくる。
親から受けついだスーパーマーケットも手放し、何もかも無くして道路工事の現場に立つ青柳に、添田は謝罪こそしなかったが、折り合いをつけようとした。
そして、青柳にも「お客だったんですよ。おいしい弁当、楽しみだったよ。」と声をかけてくれる人がある。ここからまた歩き出せるだろう。

添田を演じた古田新太、圧の強さはすごかった。「こんな人に巻き込まれたくないわ」としか言いようがない。
表情を意識的に変えずに演じたというが、その中にじわじわと感情が揺さぶられ、変化していく様を感じさせるのはすばらしい。

空白、タイトルも深い意味を感じる。
やはり、親子だったのよね、同じ空の、同じ白い雲を見ていたのか。それも、「空の白」
(アロママ)


監督、脚本:吉田恵輔
撮影:志田貴之
出演:古田新太、松坂桃李、田畑智子、片岡礼子、寺島しのぶ