
3月は別れの季節だが、新しい出会いの予感にかすかな胸のときめきを覚える季節でもある。ロングランヒットを記録した「花束みたいな恋をした」(土井裕泰監督、2021年)でオリジナルの映画脚本を書き下ろした坂本裕二が、昨年の「ラストマイル」が記憶に新しい塚原あゆ子監督とタッグを組んだ作品である。
結婚15年目のカンナ(松たか子)と駈(かける・松村北斗)は長く倦怠期で、家庭内別居状態であった。離婚届を出す直前、駈は駅のホームから線路に落ちたベビーカーの赤ちゃんを助けて亡くなる。舞台美術の仕事に携わっていたカンナは、突然の出来事に深く傷つき、3年前に注文していてやっと届いた餃子を焼きながら、茫然と日々をやり過ごしていた。餃子はなかなかうまく焼けない。そんなある日、ただただ偶然にカンナは車ごとタイムスリップしてしまう。真冬の東京から一気に真夏の高原へ。富士山が見えるリゾートホテルのそばへ。
カンナが戻った過去には、彼女と出会う直前の駈の姿があった。教授(リリー・フランキー)の下で恐竜の研究をしていた。駈が他の人と結婚すれば事故死は免れると考えたカンナは、教授の娘(吉岡里帆)と結婚させようとするがうまくいかない。何度もタイムスリップを繰り返しながら、事故死しないよう駈の過去を変えようと奮闘するが……。「私はやっぱりこの人が好きだった」と気付き、駈もまた15歳も年上のカンナに惹かれていく。
松たか子の魅力を再認識できる作品だ。どこか遊び気分の演技が秀逸。駈の靴下を履き走り回る姿は滑稽だが、可愛いくもある。夫の靴下を履くという行為は一般的には理解しがたいが、この靴下がある場面で駈に重要な事を告げる。松村北斗とは初共演である。彼は第98回キネマ旬報ベストテンで第1位に輝いた「夜明けのすべて」に主演し、かつ主演男優賞に選ばれている。ここ数年の急成長が素晴らしい。日常の生活圏に暮らしている人物を演じて、役に実在感を持たせられるところが魅力だ。
人生は後悔の連続だ。運命とは何だろうと考える。運命を変える事と受け入れる事、この一見相反する事が、この作品には同時に描かれている。29歳の駈は軽やかだ。恐竜の研究に熱中する姿には、好きな事を一生追い求めていきたいとの思いが溢れている。現実にはカンナと結婚し研究を諦めている。離婚に至る経緯には駈のくすぶった思いも結婚生活を覆っていたのではと想像する。
タイムスリップによって改変出来るところと、出来ないところの違いが分かり辛く、もやっとした感覚は残る。それでも松たか子に笑い、松村北斗に泣かされる、心に染み入るラブストーリー。
何度もタイムスリップするカンナの姿を、繰り返し訪れる朝にたとえた優河の歌声が、余韻としていつまでも耳に残る。(春雷)
監督:塚原あゆ子
脚本:坂元裕二
撮影:四宮秀俊
出演:松たか子、松村北斗、吉岡里帆、森七菜、YOU、竹原ピストル、松田大輔、和田雅成、鈴木慶一、神野三鈴、リリー・フランキー
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます