シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

「ロバータ」(1935年 アメリカ映画)  

2021年11月03日 | 映画の感想・批評
 映画史上最高のダンシングペアとされるフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの共演第3作。2人は1933年から39年の間にRKOで9作、1949年にMGMで1作のミュージカル映画を撮っていて、その多くは記録的な興行成績を打ち立て、大恐慌の余波に苦しむ大衆に夢と希望を与えた。観客はアステアとロジャースの華麗な歌とダンスに魅了され、ジェローム・カーンやアーヴィング・バーリンの楽曲に酔いしれた。このコンビの最高傑作としてしばしば名前が挙げられるのは「トップ・ハット」(35)と「有頂天時代」(36)であるが、筆者には本作「ロバータ」(35)が深く印象に残っている。
 ハック(フレッド・アステア)はダンスバンドを引き連れてインディアナ(米国)からパリへ来たが、手違いでナイトクラブとの契約が交わせなくなってしまった。同行しているハックの友人ジョン(ランドルフ・スコット)が助けを求めて、高級洋装店<ロバータ>のオーナーである叔母を訪ねると、そこに叔母のアシスタントをしている亡命ロシア貴族ステファニー(アイリーン・ダン)がいた。ジョンはたちまちステファニーに恋をしてしまうが、ステファニーには男性の影がある。一方、<ロバータ>の顧客にはシャルウェンカ伯爵夫人(ジンジャー・ロジャース)と名乗るポーランド貴族がいて、服の好みにうるさくいつも店員を困らせていた。偶然シャルウェンカを見たバンドリーダーのハックは彼女が故郷の恋人リジ―であることに気づく・・・ストーリーは1930年代に流行したスクリューボール・コメディに近く、アイリーン・ダンとランドルフ・スコットの恋愛のドタバタを中心に、アステアとロジャース、アイリーン・ダンが「I’ll Be Hard to Handle」「Smoke Gets in Your Eyes」「I Won’t Dance」「Lovely to Look At」を歌い踊る。
 アステアは単に俳優・歌手・ダンサーとして作品に登場するだけではなく、振付・撮影・録音・編集を含むダンスシーン全般の演出にも関わっていた。本作「ロバータ」から振付師ハーミーズ・パンの協力を得ながら自ら振付を考案するようになったと言われており、この作品にはアステアのミュージカル映画に対する哲学が典型的に表れている(アステア自身はダンス哲学を語ることに消極的であったが・・・)。アステアは当時流行していたバスビー・バークレーに代表される群舞中心のミュージカルから、ソロやデュエット中心のミュージカルへとミュージカル映画を変革した。バークレーは万華鏡のように動く群舞を真上から撮るバークレー・ショット(軍事訓練からヒントを得ている)で有名で、大掛かりな舞台装置と華麗な集団の舞踊をロングショットやクローズアップを織り交ぜながら、細かいカット割でつないでいった。
 それに対してアステアはできる限りカットを割らず、ダンサーと振付の全体像が見える長回しのフルショット(全身)撮影を好んだ。ダンス技術を見せることを主眼とし、不必要な舞台装置と過剰な演出を取り除いた。「カメラが踊るのか、私が踊るのか」とアステアはバークレーとの違いを強調している。失敗が許されない長回しのフルショットはダンサーの自信と美学の表れであり、観客に心地よい緊張感と集中力をもたらす。初期のロジャースとの共演作である「空中レヴュー時代」(33)や「コンチネンタル」(34)ではまだこの方法が徹底されてはいないが、3作目の共演作である本作以降の作品にはアステアの哲学が全面的に反映している。
 更にバークレーのようにダンス場面をストーリーとは直接関係のないスペクタクルとして見せるのではなく、歌やダンスをストーリーラインと一体化させ、歌やダンスによってプロットを展開させようとした。世界初の純粋なミュージカル映画と言われている「ブロードウェイ・メロディー」(29)はこの手法に基づいて作られている。「ロバータ」ではエレガントな「Smoke Gets in Your Eyes」のダンスパフォーマンスの後に2組のカップルの愛が成就するシーンがきて、その後に「I Won’t Dance」に乗せた軽快なダンスが続く。ダンスがプロットを動かし、愛の感動がそのままダンスの躍動感として表れている。ダンスの熱狂がストーリー上のクライマックスと重なり、感動を抱えたまま映画は終わりを迎える。
 ジンジャー・ロジャースはアステアとのコンビでは上品で勝気なお嬢さん役を演じることが多いが、本作や「気儘時代」(38)のコメディエンヌぶりは忘れがたい。真面目な貴婦人もコミカルな田舎娘もセクシーな踊り子も違和感なく演じられる稀有な女優でありダンサーである。本作の「I’ll Be Hard to Handle」や「艦隊を追って」(36)の「I’m Putting All My Eggs in One Basket」,「有頂天時代」の「Pick Yourself Up」では楽しく軽やかにアステアと踊っている。2人は本当に楽しんでいるように見える。演技なのか、自然なのか、2人の顔には満面の笑みがこぼれている。ロジャースは自伝の中で「二人ともダンスを楽しんでいた」「私たちが楽しんでいるのは誰の目にも明らかだろう」と書いているが、2人のウキウキ感が伝わってきて、観客も幸せな気分になってくる。もちろんその陰には厳しい練習の積み重ねがあるのだろうが、そんな苦労をいささかも感じさせないほど2人のダンスは軽快で、優雅で、喜びに溢れている。アステアはエレノア・パウエルが相手役だと技の競い合いのようにムキになるし、シド・チャリシーだと芸術を意識しすぎて硬くなってしまう。アステアのパートナーはやはりロジャースだ。
 「ダンスには何の制約もあるべきではない」とアステアは自伝の中で語っている。つま先を内向きにしてはならないという類のルールを強制されることが嫌で、バレエには身を投じなかったとも書いている。すべて自己流でやってきたことを誇らしげに語るアステアは、ダンスによって何かを証明したいわけでもなく、ダンスによって自己表現をしたいわけでもないと言う。何の制約もなく自由に楽しく踊ること、それがアステアとロジャースのダンスなのだ。(KOICHI)

原題:Roberta
監督:ウィリアム・A・サイタ―
脚本:ジェーン・マーフィン  サム・ミンツ  アラン・スコット
撮影:エドワード・クロンジェイガー
出演:アイリーン・ダン  フレッド・アステア  ジンジャー・ロジャース