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「天才作家の妻ー40年目の真実ー」(2017年 スウェーデン、アメリカ、イギリス)

2019年05月15日 | 映画の感想・批評
 ノーベル文学賞が発表される10月が近づくと、日本でも村上春樹ファンが「今年こそは!」とそわそわしだす。映画の冒頭、現代文学の巨匠ジョゼフ・キャッスルもベッドから出たり入ったり、期待と不安でそわそわ。
 友人や教え子を招待した受賞報告パーティで「ジョーンは人生の宝だ。彼女なくして、私はいない」とスピーチ。しかし理想的な夫婦と思われているふたりには秘密があった。
 大学教授と学生として出会い、結婚したのは1950〜1960年代前半のアメリカ。1960年代と言えば今春公開された「ビリーブ 未来への大逆転」の主人公が、どれほど優秀であっても弁護士事務所に採用されず苦労するが、女性の社会的活躍が阻まれていた時代だった。小説家を目指していたジョーンも「女性の書いた本は読まれない」という言葉に夢を諦め、ジョゼフの原稿チェックを手伝ううちに、いつの間にかジョーンの書いたものがジョゼフの名で発表され、評価されていく。
 だが本作は、ジョーンがジョゼフのゴーストライターだったのかを追求していく物語ではない。ジョゼフの経歴を疑う記者のナサニエルがジョーンに近づき、真相を引き出そうとする場面もあるが、本来なら人々の賞賛を受けるはずのジョーンの心の葛藤に焦点が当てられている。
 自宅でのパーティ、授賞式のリハーサルで得意満面のジョゼフを見つめるジョーンの表情が徐々に厳しくなっていき、40年近くの間に醸成されてきた感情が爆発しそうになる。夫の名前でしか小説を発表できなかったが、ジョーンは創作を続けることができた。ふたりの子どもにも恵まれ、まずまずの生活を築いてきたジョーン。“夫の”ノーベル賞受賞をきっかけに、ジョーンは本当の人生を取り戻す決断を下すのか。残念ながら米アカデミー主演女優賞は逃したが、“夫を支える慎ましい完璧な妻ジョーン“の揺れ動く愛憎を、グレン・クローズが”完璧に“演じた。
 一方、妻の栄誉を自分のものにしてしまったジョゼフにも苦悩はあったはずだ。暴飲暴食、女癖の悪さなどは、コンプレックスの裏返しではないだろうか。虚構の舞台でスポットライトを浴びてひとりはしゃぐジョゼフが哀れに見えたのは、私だけだろうか。女性の才能が当たり前に認められない社会は、男性をも幸せにはしないのだと思う。
 本作が製作された2017年の文学賞は、私の大好きな映画「日の名残り」の原作者カズオ・イシグロが受賞した。そして昨年の文学賞は、スウェーデン・アカデミーのスキャンダルのため発表が見送られ、今年は昨年分も含めた発表がされるらしい。(久)

原題:THE WIFE
監督:ビョルン・ルンゲ
原作:メグ・ウォリッツァー「The Wife 」
脚本:ジェーン・アンダーソン
撮影:ウルフ・ブラントース
出演:グレン・クローズ、ジョナサン・プライス、クリスチャン・スレーター、マックス・アイアンズ、ハリー・ロイド、アニー・スターク、エリザベス・マクガヴァン