「晒三番叟」
粂太郎が京に帰ったあとの市村座顔見世では、
序開きに瀬川吉次(後、2代目菊之丞)が「晒三番叟」を出した。
作曲は新右衛門の弟子、忠次郎。
この興行から晴れて市村座のタテ三味線となった。
吉次は女形なので、この三番叟もやはり三下りで、
振り袖に三番叟の烏帽子を被った姿での踊りとなる。
正式名「今様四季三番叟」のとおり、四季を詠んだ振りがあり、
終盤は烏帽子を取り、襷掛けをして晒となる趣向。
通称が「晒三番叟」といわれる所以だ。
晒は、深草検校の「新さらし」を拝借アレンジしたもので、
ここは転調して二上りとなる。
タテ唄は松尾五郎治。松島庄五郎も元気に出演。
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tea break・海中百景
photo by 和尚
粂太郎が京に帰ったあとの市村座顔見世では、
序開きに瀬川吉次(後、2代目菊之丞)が「晒三番叟」を出した。
作曲は新右衛門の弟子、忠次郎。
この興行から晴れて市村座のタテ三味線となった。
吉次は女形なので、この三番叟もやはり三下りで、
振り袖に三番叟の烏帽子を被った姿での踊りとなる。
正式名「今様四季三番叟」のとおり、四季を詠んだ振りがあり、
終盤は烏帽子を取り、襷掛けをして晒となる趣向。
通称が「晒三番叟」といわれる所以だ。
晒は、深草検校の「新さらし」を拝借アレンジしたもので、
ここは転調して二上りとなる。
タテ唄は松尾五郎治。松島庄五郎も元気に出演。
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tea break・海中百景
photo by 和尚
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