
・・・ちなみに、ショーケンのネーミングとは、
デビュー前に参加していた不良グループ(六本木「トムス」にたむろしていたとか、
当時大流行していた「みゆき族」だったとか言う説あり)に「ケン」という名の男性が3人いて、
年長者から順に「ダイケン」「チューケン」「ショーケン」と呼ばれてたそうで・・・
そのショーケンが、萩原さんだったわけです。
・・・でも、ショーケンの本名は「萩原敬三」さんで、「ケン」じゃないんですがね・・・。

ショーケンは元GS(グループサウンズ)「ザ・テンプターズ」のボーカルとしてデビュー。
解散後はジュリーとPYG(ピッグ)というグループを経て俳優に転向。
その後、俳優業をメインに時にはパワフルなライブ活動も続けながら現在に至る・・・
・・・まあ、有名な人ですので簡単な略歴でシツレイします。
詳細はウィキででも・・・。
で、ジュリーとの関係と言うと・・・。

ワタシはリアルではよう知らんのですが、聞くところによると
GS時代はジュリーファンとショーケンファンはライバル意識むき出しで
相当熾烈なつばぜり合いをしたものだ・・・とか。

「ジュリー大好き、ショーケン大嫌い!!」「ショーケン愛してる、ジュリーうざい!」
・・・という意味のことをもっと凄い言葉でののしりあったという話も・・・。
それだけお互い気になる存在だったんでしょうが・・・
でも、当の本人さんたちはとっても「仲良し」でした。

当時ジ・オックスの野口ヒデトさんとGS御三家を旗揚げ(?)したり
更にザ・ワイルドワンズのチャッピー・渡辺茂樹さんを加えて
GS四天王といったとかいわないとか・・。
ショーケンはテンプターズ解散前後頃から、俳優業への転向を考えていたそうですが、
その頃はやりのスーパーバンド(有名・実力派の大物ミュージシャンを集めたバンド)を
日本でも作ろうということで結成することになったPYGに、ひとまずは加入しました。
しかるに、これ実は元タイガースのジュリーを売り物にしたいがために作ろうとしたのだけれど
当のジュリーがどうしても「ショーケンをメンバーに加えて欲しい」と言い、
またショーケンも「あまり気乗りはしないけど、ジュリーの誘いなら受ける」と承諾した・・・
・・・というウワサがあります。
でも、PYGはうまくいかず、結局ショーケンは俳優に、ジュリーはソロに、
残ったメンバーはジュリーの初代バックバンド・井上堯之バンドになりました。

「ショーケンはGS以来の親友です。」と応えていました。
そして、1973年前後頃は友情出演のような形で
ちょくちょくショーケンの”シゴト場”に顔を覗かせていました。
有名なお話ではやはり

往年、伝説の名刑事ドラマ「太陽にほえろ!」は
元々はショーケンを主人公に据えたドラマでした。
ショーケンが1年で自ら降板してからは方向性が変わりましたが
(なにしろ主人公のつもりだったのに死んじゃいましたからね

ともかく、その第20話「そして愛は終わった」〈1972年12月1日放送)に
友情出演という形でジュリーがゲスト出演しています。
内容・ストーリーなどは書いてると長くなるので、またの機会に触れるとして、
その次にはジュリーが主演したTBSの単発ドラマ「同棲時代」に、
ショーケンが友情出演で少しだけ出まして・・・

また、ショーケンの主演ドラマ「くるくるくるり」に
ジュリーが友情出演した話は前に書きましたとおりです。
そして・・・1973年10月からの半年間。

「風の中のあいつ」という番組がありました。
(渡辺徹さんが主演した同じタイトルのドラマがありますが、全く無関係です。)
これは子母澤寛原作の「富嶽二景」をドラマ化したもので、
時代劇ドラマには珍しい30分番組でしたが、その主題歌をジュリーが歌っています。
ええ歌でんなあ~・・・。なのにレコード化もCD化もされず・・。
但しドラマの方は2005年にDVD化されているので今でも手に入るかと。
とにかく、GS時代が去り、PYGが挫折して

ジュリーとショーケンがそれぞれの道に別れ始めたこの頃。
親友でありライバルでもあるところからくるエール交換のようなものだったのでしょうか?
その後は長く同じ舞台に上がることはありませんでした。
が、時を経て二人が共同主演するというスゴイ作品が登場しました。

それが1985年公開の松竹映画「カポネ大いに泣く」でした。

それより前のいつだったか、ジュリーのとあるラジオの持ち番組で
「ジュリーとショーケンが共演して映画とか作らないんですか?」という投書に対してジュリーは
「大物同士が共演すればいいというものではない。
それぞれがつぶしあってうまくいかないことはハリウッドでもあったこと、
お互いのファンもイヤだと思うことが多いと思う」というような否定的な答えを返していました

ところがこの映画出演が決まってからはまあ、宣伝するわするわ・・・。
共演者には今の奥様の田中裕子さんもヒロインとして出ていたので(もち結婚前)
よけい熱が入ったのかもしれませんが・・・・。

これは梶山季之原作「カポネ大いに泣く」と「ルーズベルト大いに笑う」を
合体させて独自に演出したような鈴木清順監督作品で
当時ジュリーは「僕の役はとにかくめちゃめちゃかっこええ男です!

アピールしまくっていました。だからものすごく期待して観に行きました・・・。
が、むか~しジュリーが自分で言ってたとおり、
「大物同士が共演すればいいというものではない。」
・・・・・・・・ファン友達と無言で映画館を後にして、
その後この映画の感想はひとことも話し合わなかった覚えがあります・・・

つまり・・・(例によって個人の感想ですよ!!!!)スッゲーつまんなかったんスよ・・・・・。

原作の「カポネ」を読むと、ジュリーがやった役の男は確かにものすごいかっこええんです。
これが映像になり、しかもジュリーがやると思うと嬉しくて
だから観るまではすごい

確かにジュリーの役はええ男でしたが・・・
シーンとしての”めちゃめちゃかっこええ場面”が皆無に近く、
ショーケンは・・・講談師かなんかの役でしたがよーわからん。
田中裕子さんは粋な役だけど・・・やっぱり役どころがよーわからん。
全体通して何が言いたい・・・てか、何がなんだかさっぱりわかりませんでした。
読み取れなかったちゃちゃめが至らないのでしょうか・・・

作品の内容自体、ベースはむしろ「ルーズベルト」の方。
つまり主人公もショーケンの方。
ジュリーのファンとしては完全に肩透かしを食った気がしました・・・。


いまだになんやったんや、という気がしております。

〈しつこく・・・個人の感想です~!)

ところで、1979年ごろだったかと思いますが、
ジュリーのラジオ番組にショーケンがゲストで出たことがあります。
ショーケンといえば、やはりちょっと「やんちゃ」なイメージで、
テレビでもラジオでも、インタビュー記事でも
言うなればちょっとばかりナマイキ〈失礼!)な喋り方でぞんざいな感じがしなくもない。
そのショーケンがジュリーとしゃべると・・・なんか、

ジュリーのことをちょっと兄貴分的に見ているような、
なんとなくですが甘えているような物言いでした。
そしてジュリーはショーケンを「ショーケン」と呼んだけど、
ショーケンはジュリーを「ケンジ」と呼んでいたのにはちょいびっくり

しかも「ケンジ、今度○○してよ」と上目遣いしてそうなお願いするような言い方・・・


ちょっと意外に思ったのを覚えています。
やんちゃくれのショーケンもジュリーの前じゃ大人しいのね~、みたいなwww

雑誌の記事とかでジュリーの話をしてもわりと上から目線みたいに思えたんですがwww
ちなみにジュリーが2歳年上です・・・確か。
PYG以来ステージは一緒にやってないと思うのですが、今一緒したらどんなんでしょうね??
タイプがだいぶ違うし・・・見たいような、見たくないような??
ちなみに1985~88年ごろジュリーのバックバンドだったCo-Coloは
その直前までショーケンのバックやってたメンバーが中心でした。
残念ながらジュリーにはあまり合わなかったらしいです。
でも、PYGにはいなかったけど井上バンドで一緒したギターの速水君は
その後長いことショーケンのバックを勤めていましたなあ。
ということは・・・やるならPYG、イヤ井上バンド再結成的な???
う~ん・・・それはちょっと実現無理やろな~・・・。

面白い記事をありがとうございます♪
うちのブログで紹介させてください。
よろしくお願いいたします。
お越しになってくださると嬉しいな~と期待しておりました。〈笑)
以前予告しておきながら長々お待たせしてすみませんでした。
どうぞ、リンクなさってください。
古い話ばっかでゴメンです~。