施設見学だろうか、小学生の子供たちが一斉にバスを降りてくる。
そしてその降りて来たバス停を見ると、
屋根がかかった、整備におカネをかけた停留所のようで
風よけのガラスの仕切りがあり
車の排ガスなども遮るような作りになっている。
最近はバス停に、道路幅にもよるが、
ベンチが備え付けられているケースが多い。
確かにバス待ちの時間立っていると疲れるのは確か。
高齢社会にとって、街の中でちょっと一休みするのは必要なことだ。
かつて住んでいたカナダバンクーバーには、
海辺にベンチが並んでいる。
これは故人が好きな場所で海を眺めていた場所に、
寄付として置かれているもの。
椅子の背には銘板がつけられ簡単なメッセージが添えられている。
その多くが、海や遠くの山々を眺めて
静かに座っていたなど思い出も刻まれている。
ベンチ文化とでもいえるものがきちんと育っているのだ。
日本でも、歩道幅が広いところや
公園など緑の多い場所にこうしたベンチがもっと欲しいところだ。
街づくりの根本思想とでもいえるものがまだまだ足りないと思う。
コボスタ宮城に向かう駅東口の宮城萩大通りなどは
歩道の幅に余裕がある。
もう少し考えられてもいいかもしれない。
そしてその降りて来たバス停を見ると、
屋根がかかった、整備におカネをかけた停留所のようで
風よけのガラスの仕切りがあり
車の排ガスなども遮るような作りになっている。
最近はバス停に、道路幅にもよるが、
ベンチが備え付けられているケースが多い。
確かにバス待ちの時間立っていると疲れるのは確か。
高齢社会にとって、街の中でちょっと一休みするのは必要なことだ。
かつて住んでいたカナダバンクーバーには、
海辺にベンチが並んでいる。
これは故人が好きな場所で海を眺めていた場所に、
寄付として置かれているもの。
椅子の背には銘板がつけられ簡単なメッセージが添えられている。
その多くが、海や遠くの山々を眺めて
静かに座っていたなど思い出も刻まれている。
ベンチ文化とでもいえるものがきちんと育っているのだ。
日本でも、歩道幅が広いところや
公園など緑の多い場所にこうしたベンチがもっと欲しいところだ。
街づくりの根本思想とでもいえるものがまだまだ足りないと思う。
コボスタ宮城に向かう駅東口の宮城萩大通りなどは
歩道の幅に余裕がある。
もう少し考えられてもいいかもしれない。