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家政婦のような・・そうでないような・・

毎日せっせと家族に食事をつくっております

8月も半ばを過ぎて

2005-10-19 11:30:30 | 入院中のこと
この頃台風11号が近づいていた。

おかげで病室はムシ風呂のような状態、とにかく暑い、
ぬる~い風邪のくる扇風機が入り口に1台、余計病気が悪化しそうだ。
新館もある、そちらの方にはクーラーがついている。
でも不思議なことに、1日検診とか、眼科、整形などの患者対応。

年寄りや、長いこと入院している患者のいる所にはクーラーがない。
どうしてかなあ~?
4人部屋、1人が退院するとすぐにまた、新しい患者が入ってくる。
 
知り合いのお母さんが入院してきた、
それまで1人暮らしの85歳、足を悪くして動けなくなってしまったらしい。
近くに嫁いでいる娘が毎日仕事帰りに顔をだすようになった。

意外と知り合いも多く、患者でいたり、見舞い客としてばったり会ったり、
病院という狭い空間の中でいろんな人との出会いがある。
私は母の入院中に同級生に3人会っている。
1人は義母だが、2人は実母、うち1人は退院後に亡くなられている。

そうなのよね、考えてみればみんな親は80も超えている人が多い。
同部屋に入院してきた知り合いも、親の退院後はどうすればいいのか
悩んでいた、自分で面倒みたいけど、嫁の立場、けれど近くに兄弟はいない。

そのお婆ちゃん、退院する頃には起こしてもらえばベッドに座っていられる
までに回復していた、口も達者、これなら元気、元気。
近くの老人介護施設に入れるように、がんばって手続きをしたらしい。

 
この頃母はというと、相変わらず、オムツになれず、便秘になったり
夜中に便をしては、看護師さんにしかられていたり・・・
(朝、やはり同室の患者さんにおしえてもらう)
夕飯を食べ終わり、私が帰ろうとすると、泣いて「帰るな・・・」と言う。
ウンチが出そうだと言うのだ。
甘えているのはわかっている、心を鬼にして帰ってくる。

大丈夫、今日の泊りの看護師さんはやさしいよ・
この頃になると、どの看護師さんがどうで,この看護師さんはこうで、と
大体把握できるようになっていた。(笑)

再発から1と月すぎて

2005-10-18 11:44:01 | 入院中のこと
相変わらずの食欲不振、ベッドに寝たきり状態。

でも口から栄養をとらないと元気になれない、
私はできるだけ、毎日病院に通うことにした。
朝、昼、夕食、毎回、食事の世話をするようになった。

ベッドを起こし、一緒に上に座り、マンツーマンで見守ることにした。
時間はかかってもなるべく自分で食べ物を口に運ぶように、
どうしても食べづらい物はこまかくきざんで、
脳梗塞はむせやすい、すぐに咳き込んでしまう。

無理やり口に運んだ看護師さんの情景が目に焼きついてしまっているので
私は徹底して食事の時間に母のそばにいるようにした。
中には優しい人ももちろんいる。
でも、時間で働いているので、一人ひとりに手をかけていられないのだろう。

1日中病院にいるとよく見えくる。
自分で動けない患者はウンチをしても、時間で看護師さんがまわってくるまで
そのままでいなくてはいけない。話ができたり、身体が動けば、呼ぶことはできる。
でも、ほとんどがほっとけ状態。仕方がないことかな~・・・


この頃、私自身の健康状態も最悪、
相変わらずの耳鳴り、頭痛、更年期ののぼせ、冷えの繰り返し、
腰痛、睡眠障害、食欲不振、新たに、喉の違和感。

何かいつも喉にあるような・・・・
玉、ビー玉が喉にいつもあるような、痛くはない。
でも、いつも喉が変、
簡単によくなるだろうと考えていた、

この日から私自身も自分との戦いが始まるとは思ってもみなかった。

リハビリは早めに

2005-10-15 10:38:17 | 入院中のこと
母の体力がみるみる落ちていくのがわかる。
無理やり食べさせられるので、食欲がわかないのだろう

オムツのせいで、なかなか便がでてこない。
お腹がはってきている。
下剤で出すことにした、

これも後で聞いた話なのだが、夜中に母はオムツをはずしたくて
自分でずらしたらしい。
泊りの看護師さんに相当しかられたようだ。
同部屋に入院していた人が教えてくれた。

次の日何も知らない私は、どうして母がまったくたべなくて
何を話しかけても返事もしない、一日中とろとろねているか・・・
「帰りたい」 まわらない口で、目には涙をためて、こう言った。

もともと糖尿だった母は、この時点で血糖値が350もあった。
血栓を溶かす薬、血糖を下げる薬、等々
点滴の日々がまた続く・・・

この時点で寝たきりなので、ベッドの上に、尿取りパッド、
その上に病院のシーツ、さらに家のバスタオル、さらにおしめを2,3枚広げ
またまたバスタオルを敷く。

赤ちゃんの尿ではないので、量もはんぱでないからだが
それにしても・・・・今考えると、なんだかね~
再発で入院したのが夏、7月の末。
病室にはクーラーも付いてない・・・・暑い!暑すぎる・・・

今日、エンラクさんが脳梗塞だとのニュースが・・・
今だから言えるが、一日も早いリハビリ、これが第一。
患者のことを考える病院ならベッドに寝ていてもリハビリを始めると思う。
梗塞のおきた場所にもよるが、一日も早い回復をお祈りいたします。

再発

2005-10-14 22:19:32 | 入院中のこと
恐れていた再発、それにしても、退院からわずか1週間。
また、朝から1日中の点滴の毎日が始まった。

1日中、うつらうつらしている、
しばらくしてから夜中に母がベッドから転げ落ちたと聞かされた。
一人で、トイレにいきたくてなんとかしようとしたらしい・・・・

身体は動けなくても、気持ちは何とかしなければ、というのがあるようだ。
さすがに2度目の入院で以前より悪くなっているのはあきらかになっている。
自分で起き上がることも、食事も、トイレも、話すことも・・・

大勢の患者を診ている病院としては、患者の都合は聞いていられない。
看護師さんも手をかけていられない。
一人で立てない母はオムツをつけるように言われた。

嫌がっている、まわらない口で、オムツは嫌だ、トイレに行きたいと言う。
恥がある、あたりまえだ、
いくら、年寄りでも恥ずかしいものは恥ずかしい、
でも、こればかりは納得させなければならなかった。

食事もそう・・・
初めは私も驚いた・・・無理も無いとは思うのだが・・・でも・・

手も不自由になって、うまくスプーンが使えない
口に運ぶのも時間がかかる、口に食べ物が届く前に半分はこぼれる
でも、なるべくなら自分で食べるように見守っていたけれど

「あらーまだ食べ終わらないのー、はい、はい、はい、はい、」
そう言って母の口におもゆをガッガッと詰め込んだ看護師さんもいました。
ムセルのです。
それでも、かまわず口に運びます、
「待ってたらねーいつまでたっても食べないんだからー」

こういうものなのかな~

1度目の退院

2005-10-12 15:20:51 | 入院中のこと
今日は久しぶりに良い天気。
母を車椅子に乗せて近くを散歩する。
やはり、外は気持ちがよさそう、でもユックリ押しているので眠たそう (笑)
たまには、お日様にあたらないとね。


母が入院して約3ヶ月、はた目には順調に回復して、後遺症もほとんどなし。
歩くことが少し不自由なくらい、そんな状態での退院をむかえた。

家に戻っても、今までのように家事はできない。
掃除、洗濯、ご飯の支度、夜中の米とぎ,他・・・
はては、ひ孫の面倒まで・・・

何も言わず、ただもくもくと、疲れても、疲れたと言わず。
こんな気性だから自分で自分を病気にしてしまったと私は思っているが・・・

母が動けない分、私が実家の手伝いに行っていた。
朝から、夕方まで、兄夫婦家族が帰ってから、私は自分の家に帰る。
そんな生活が4,5日続いていたかと思ったら、母の具合がおかしい・・・

自分が一人で動けないこと・・・・
トイレも一人では行けないこと・・・
何より、兄嫁に気兼ねしていたこと・・・
なぜこんなことに、という思い・・・・
  
とにかく、家に戻ったとたんのストレスは相当なものだったのだろう。
 
6日目ほどに母の口が回らないことに気がついた。
なにやら、レロレロと話す、
文字を書かせてみたら、まったく字になってない。

すぐに、また病院に連れて行った。
恐れていたことだったが、あまりにも早い、早すぎる脳梗塞の再発だった。

どうよう絵本で声の練習

2005-10-11 09:52:57 | 入院中のこと
写真は幼児用の童謡絵本です。

昔懐かしい歌から、最近の歌まで ♪ ♪~
よく聴いたり、歌ったりした歌は大きな声で歌います。

音程が良いのにはびっくりさせられますが
私の知らない歌は教えてもらっています。(~o~)

     

入院したては、いったいどうなることやら、不安だらけの毎日でしたが
少しづつ回復に向かっていって、これなら家に戻ってもまあぼちぼち
日常生活も出来るだろうと、いたって簡単に考えていました。

母の家は数年前に建て替えたばかり。
玄関まで広いアプローチ
1階すべてバリアフリー
トイレは1坪ほどの広さ、自動で開け閉めするトイレ。

廊下も広々
お風呂も中まで車椅子でも入れるつくり、もちろん手すり付き。
多少、身体が不自由になっても大丈夫。

母の部屋もフローリングの15,6畳の広さ
いつ戻って生活しても、家の造りには何の問題もありませんでした。

大丈夫・・・の、はずでした・・・



その頃から・・・

2005-10-10 08:28:45 | 入院中のこと
ちょうど母のリハビリが順調に進んでいた頃から、私の身体に異変が・・・

私も人生の折り返し地点、更年期の症状もあれこれ出始めていたけど、
ある日、突然、耳鳴りが襲ってきた。

左の耳からだけ、一日中、ゴワン、ゴワン、ピクッ、ピクッ・・・・
ああ、これは、疲れからきているのだなあと思い、しばらくほっておいた。

でも、日増しに痛みと、耳鳴りがひどくなっていく、
思い切って、遠くの大病院の検査を受けに行ったところ、
疲労とストレスからくる脳の神経痛のようなもの、と言われました。

脳の神経痛ってきいたことないよ~
薬を出されて、いらい飲み続けた・・・・
あれから4年、痛みはなくなったけど、耳鳴りは今もつづいている・・・・


母のリハビリは押し車から4本足の杖に変って
平らなところなら、ユックリと一人でも歩けるまでに回復していった。

この頃も私は気がつかなかった・・・
「変だなあ、お金が、あれどこだっけ・・・・」

「何のお金、母さんの家に行って持ってくるよ」

「変だなあ、あるはずなんだけど・・・・」

何のことを言っているのかさっぱりわからない?

後にお医者さんに聞いたところ、ある程度の年齢になると、小さな梗塞はだれにでもあるとのこと。
ただ、それが障害を起こすかどうか、大きいかどうかの違いだと。

梗塞にもよるのだろうが、脳梗塞痴呆というのがあるとのこと。
かなりのショックでした・・・

リハビリの始まり

2005-10-09 14:39:06 | 入院中のこと
今日現在、母は体調も良く、毎日良く食べ、よく寝て、よく笑い、
まるで、幼稚園児のようです。(笑)

今朝も起きると同時に、大きなオナラをブ~、ブッブッブ~♪

「今日も元気な朝の挨拶、恐れ入ります(笑)」
「いいえ、どういたしまして、アハハハ」と、母。
あまり良くまわらない口でも、一生懸命答えます。
 
「良かったねえ、おなかにガスが溜まると痛くなるから、どんどんだせよ~」
「いやいや、もう出ない」と母。
こんな、何気ない会話が出来るのが、今はとてもうれしい。


当時、母のリハビリは1日2時間程度。
10人ほどの患者を2名の療法士の先生が看ている状態でした。
その病院のやり方もあるのでしょうが、今考えると、かなり問題ですね。

それでも、立ち上がる、座る、腕の上げ下げ、歩行などの訓練も毎日
順調に行われていきました。
はた目には、かなり良くなって、これなら元どおりに回復すると思われました。

でも、やはり、歳をとっての脳障害、そう順調にはいきません。

小脳梗塞、運動の分野、バランスがとれない・・・・
リハビリのおかげで、自分で何とか立ち上がることは出来ても、長くたっていられない。
どうしても、バランスが保てない。
そこで薦められたのが、座れるようになっている買い物カート、
これなら、乳母車を押す要領で自分も何とか歩けるだろうということでした。

リハビリ室で母もカートを押しながら、家に帰れる日を待って
訓練に励んでいた。



入院・その後

2005-10-08 14:24:37 | 入院中のこと
入院1週間後、MRI検査。
小脳梗塞との診断、此処が詰まると運動の分野がダメになるらしい。

1日中の点滴から、少しづつ開放されていくのをみるのはうれしい。
どうやら、自分で起き上がって、トイレに行きたいらしいのだが、それは無理。
部屋にポータブルを持ちこむ。

4人部屋なので、申し訳ないと思いながら、ここはお互い様と割り切って使わせてもらうことに・・・。
今だから言えるけど、当時は本当に申し訳なかったと思う。
食事の時間、他の人が食べていても、母は我慢できず、ポータブルのお世話に・・・

この頃、私も脳梗塞という病気をよく知らず、だんだん快方に向かっているのだと
ばかり思っていた・・・。
まあ、話も普通にしていたし・・・
ただ、毎日、口癖のように「変だなあ~、あれ、変だなあ~」とは言っていた。

  
後からわかったことで、母はもともと、高血圧、それに長年の糖尿病。
倒れる前も、自分でインスリンの注射を毎日打っていたのだから。
そこに、いろいろなストレスがかかり、疲れも溜まっていたんだろうと思われる。

当時、母は兄夫婦家族7人と同居していたのだから・・・
もともとおとなしい人、言いたいこともグッと飲み込んで吐き出さないタイプ。
 
それは今でも変わらない。(笑)
今でも、おとなしい、可愛い母です。

始まりは2001年5月・・・・

2005-10-07 17:45:58 | 入院中のこと
それまで元気だった母が倒れた。

救急車で運ばれて、検査の結果は脳梗塞・・・
すでに意識もほとんど無く、ただ点滴の日々、
ようやく意識を取り戻しても、自分がわからない。

自分がどこにいるのかさえわからない、
身体も動かない、
なぜこのようになったのか、受け入れられない母がいる・・・


それでも少しづつ、少しづつ落ちついてきた。
口はまだ動かせるようで、話も出来るようになっていった。
でも、その頃から、「変だなあ~、変だなあ~」が
母の口癖になっていった・・・

この日から、母と私の闘いの日々が始まった。