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ブリキ星通信

店主のひとりごと

ブリキ星通信/2009年7月

2009年07月09日 | 2009年

写真は、縄文時代晩期の土版です。
右側のは、人の顔が線彫りされています。
限りなく絵に近い、平面表現です。
土版は、今でいう「お守り」のようなものだったのでは、
といわれていますが、
そこには人の生死にかかわる思いがこめられているように見えます。
この「お守り」がつくられてから2500年以上経っています。
この間、人は無数に生まれ、死んでいっています。
100年後には、今この地球上に生きているほとんどすべての人が死んで、
生きている人は入れ替わっているわけです。
そう考えれば、自分の無を受けとめることもできるのかもしれない… 
土版を手にしながらそんなふうな思いにとらわれました。

土器作家の熊谷幸治さんの展示会がおわり
先日彼と一緒に、アーティストのAさんの事務所に納品に行ってきました。
あいにくAさんは不在でしたが、スタッフの方に事務所を案内してもらいました。
一番驚いたのは、Aさんが寝泊りするプライベートルーム。
入口からちょこっと拝見しただけですが、
デスクと小さなソファー、壁一面の本棚、
無造作に置かれた古いモノが入っている箱、「お守り」の束がありました。
普通の会議室といってもいいような簡素な部屋でした。
そういえば昔、政治運動が盛んだったころ、
活動に専念している人を「職業革命家」と呼んでいたことがありましたが、
その彼らが寝泊りしていた部屋を連想したほどです。
アートで闘っている人の部屋だなあと思いました。

Aさんが、何をつくり、残していくのか、残していけるのかは、
全く分らないのですが、裏表のない生き様が感じ取れました。

自閉的な自分を省みて、もう少し前向きに生きてもよいのかな?
という気持ちにさせられた刺激的なひとときでした。

ブリキ星通信/2009年6月

2009年06月06日 | 2009年

6月を迎えると、思い出す人がいます。
俵有作さん。
東京新宿の備後屋ギャラリー華の店主だった方です。
写真の粉引きの鉢(吉田喜彦作)は、
25年以上前、初めて俵さんのギャラリーに
伺った時に購入したものです。
普段使いしてきたので、よく育っています。
いつ見ても気持ちのいい器です。
当時から、目利きとして知られていた俵さん。
周りに恐れるものなし、といった強烈な個性の方でした。
私は、そのエネルギーに恐れをなして、
数回お会いしただけで、遠ざかってしまったのでした。
その後再会したのは、
私が「ブリキ星」を始めて2~3年経ってからのことでした。
お客様として来られた俵さんは、
店に並ぶたくさんのガラクタ
(三輪車、鉄の下駄、古いボウリングの球など)を見て、
「あれも美しい、これも美しい 」と言いながら楽しむ、
おだやかな「仏さま」のような方になっていました。

その俵さんが亡くなられて、
この6月で、もう5年の歳月が過ぎてしまいました。
ほんとに短く、浅いおつきあいだったのに、
記憶があふれ出てくるのです。

店の天窓の下に掛けてあった日置路花さんの書、
「般若心経」を見て、
「いい書だなあ・・・」と感心していた俵さん。
この書を買われたSさんが、額装して、
俵さんの病気見舞いとして贈られたと、あとで聞きました。

私と俵さんとのおつきあいは、亡くなる10日程前に、
購入していただいた丹波の壷をご自宅までお届けしたのが、
最後になってしまいました。
そのときに、「宝物」として見せてもらったのが、小さな石ころたち。
その中には、鉱石の標本も混じっていました。

冒頭の吉田喜彦さんの鉢、
俵さんにお見せしようと思っていて、
機会を得ることができなかったのが心残りです。
あれこれ思い出すと、ほんとうに懐かしい気持ちになります。
私は、いわゆる「依存症」なので、
その特徴的な気質として「過去を懐かしめない」はずだったのですが・・・
懐かしい記憶を獲得できたこと、
これがギャラリーの仕事をやっていてよかったかな、
と思えることのひとつです。

ブリキ星通信/2009年5月

2009年05月06日 | 2009年

さわやかな季節です。
新型インフルエンザが早く沈静してくれるといいのですが・・・

最近は毎日、「抹茶ミルク」をのんでいます。
カップは内田京子さんです(写真)。
岡山の「ギャラリーONO」の小野善平さんに
教えてもらってからハマッてしまい、
これをたっぷり飲むのが毎朝の楽しみになっています。
実にさわやかで美味しいです。
抹茶を濃い目に点て、そこに温かい牛乳を入れ、
最後に泡立てたミルクをのせれば出来上がり。

本当は、楽茶碗で「侘び茶」の世界を体験したいのですが、
その技も余裕もなく、茶碗は箱の中で眠ったままです。
そこで、という訳ではないのですが、
楽茶碗をここしばらく「お茶大好き人間」のMさんに貸して、
使っていただいています。
一ヶ月ぐらいしてから戻ってきた茶碗を見て、
「エッ、これがあの茶碗だったのか!」と、
びっくり仰天しました。
くすんでいた黒い釉薬は艶やかになり、
形までもが立体的になったと錯覚するほどに、変身していたのです。
物の本には、美術館に入った茶碗は、
使われないので干からびて“仮死状態”になると書いてありましたが、
こうゆうことだったのか、と納得しました。
毎日茶碗をいつくしんで使ってくださったMさんに感謝です。
Mさんは「紅茶の達人」でもあるのですが、こうも言っていました。
「紅茶では、器の違いで味が変わるということはないけれど、
抹茶では、明らかに器によって味が変わる、という体験をした。
楽茶碗の場合は味が一ランク上に、よりクリーミーになる」と。
私がいくら楽茶碗大好きだといっても、
まだ、見た目と手のひらだけでのこと。
いつか、Mさんと同じ体験をしてみたいものです。
でも、もうしばらくは「抹茶ミルク」で楽しみましょう。

ブリキ星通信/2009年4月

2009年04月08日 | 2009年

桜が満開です。
もう散り始めていますが、それでも見事です。

4月6日の月曜日、国立にある「器の店ノーション」さんで
行われている<土と草 熊谷幸治・山本あまよかしむ二人展>
に行ってきました。
JR国立駅に降り立ったら、そこは、桜・桜・桜・・・
花見は後にして、まずはギャラリーへ。
熊谷幸治さんは、ブリキ星でも何回も展示会をしていますが、
これまでは、土器をつくる傍らに土面やオブジェを手がけていました。
今回のように、土面や彫刻作品を本格的につくり込んで
展示するのは始めてのこと。
想像していた以上に面白い展示会でした。
店内に足を踏み入れて、熊谷さんの作品で真っ先に目に入るのが、
迫力満点の人物頭部の立体。
これは、自分の顔をモデルにしてつくったそうですが、
フランスのケ・ブランリー美術館に置いたってひけをとらない
と思ってしまう程に凄かった。
土面は、一見怖そうな顔から悩める顔、オトボケのゆかいな顔まで、
実にいろいろありました。
写真の土面は、その中から購入した一点です(大きさ約20センチ)。
うーん、なんでこんなに「いいなあ」と感じる自分があるのでしょうか、
我ながら不思議に思います。
熊谷さんは縄文大好き人間(私も同じです)。
人は誰でも過去・現在の魅力あるモノや人から影響を受けます。
これは言ってみれば、柔軟性があるということ。
でもモノをつくる人にとっては、とてもやっかいな問題です。
熊谷さんは言います。
「縄文や好きな作家のモノをいいなと感じるのは、
 あくまで自己確認で、自分の制作上では切り捨てる」と。
作家なら誰もがそう思っているのでしょうが、
そう簡単にいかないのが人間です。
熊谷さんのつくるものが、
まがい物(似せた物)にならないで存在しているのは、
彼の“才能”としか言いようがありません。
山本さんの作品も含めて、たっぷり楽しんで、
ギャラリーを後にしました。
国立駅に戻り、大学通りの桜並木を歩いて
花びらのシャワーをあび、春を満喫した一日になりました。

「器の店 ノーション」での二人展は4月11日(土)まで。
「ギャラリーブリキ星」では6月24日(水)~7月2日(木)
熊谷さんの土器他の個展を開催(坂村岳志さんが花をいれます)。

ブリキ星通信/2009年3月

2009年03月04日 | 2009年

このところ、縄文時代の石器と茶道具の茶杓にはまっています。
石器は、縄文時代の人たちの生活(ときには祭祀)道具。
写真にあるのは、石を叩き割って造った
石匙(サジというよりナイフのようなもの)ですが、
これを造った人の個性が感じられます。
この人はかなり不器用で、自分と似ているかな、
この人はなんて見事な造形感覚の持ち主だろう、などとワクワクして眺めています。

一方、茶杓は、なんでもないシンプルな竹の匙ですが、
これまた奥の深い味わいです。
この茶杓にも造り手の茶道観や人格までが込められている
といわれていますが、私にはそこまで分りません。
石器を手にするときと同じように、只々<いいなぁ>と眺めています。
骨董でも、例えば中国の焼き物や仏教美術になると、
自分の「感性」だけでは済まされない世界があるのですが、
石器や茶杓にはそれがない。
<いいなぁ>と思う気持ちだけでつきあえるのが私には魅力です。

最近、お客さんから教えてもらって、
久しぶりにコミックを読みました。
山田芳裕さんの『へうげもの』。
利休を超えよう、自分の世界を持とうと必死にもがく、
武士であり茶人でもある古田織部が主人公で、
その「ひょうげた」生きざまが面白おかしく描かれています。
群雄割拠の戦国時代を生きる武将たちが、
茶碗1個で凋落されたり、名物のために命を賭けたり・・・
程度は違っても、いつの世にも似たような人がいるものです。

わび数寄をつき詰めるあまりに、
縄文人を模した茶席をつくってしまった古田織部。
それを見た利休が「過ぎたるはなお及ばざるが如し」と。
ふんふん、そうですね~