親父が中伊豆リハに入院してから早一週間が過ぎた。東京からはるばる中伊豆に来てくれたのだから、せめて親孝行の真似ごとでもしなくてはと毎日のように見舞いに行く。昨年入院していた家内は看護師や療法士に顔見知りが多いから時々一緒に連れていく。あちこちから声が掛かるので家内も嬉しそうだ。
緑内障で片方の目は見えず、もう片方は白内障。しかも耳がすっかり遠くなり言葉も呂律が回らない。それに右半身麻痺で自分では用もたせず、嚥下障害でいまだに鼻からの管栄養ときているから、一段と老いが深まった感がする。
俺だよ、判るか?
「○×▽□?♭♯?…」
どこか痛いところあるかい?
「○×▽□?♭♯?…」
夜は眠れるか?
「○×▽□?♭♯?…」
何を言ってるか分からないけどさ、元気だしてくれよな
「○×▽□?♭♯?…」
初日はこんな調子だったが、だんだんと動きが良くなってきた。右半身麻痺は相変わらずだし、呂律の回らない言葉もなんとか理解出来るようになってきた。
リハビリ辛いか?
「ツラクハナイヨ…ヒマデショウガナイ」
夜眠れるか?
「ネムレナイ…」
そうだろうな…運動しないでベッドの上だからな。
「マダクチカラモノヲタベラレナイノカ?」
口から飲み込むテストをやって、上手くいけばゼリーくらいから初めて少しづつ固形のものに切り替えていくのさ。ま、普通の食事が食べられるまでは時間がかかるけど我慢するしかないよ。
「ビールデモノミテーナ…」
酒なんてとんでもないよ。毎日のリハビリをしっかりやって努力を重ねていけば、いずれビールも飲めるだろうよ…そうなりゃ剣菱だっていけるぜ
「ケンビシカ…イイネエ。イツニナッタラカエレルンダ?」
口から物が食べられるようになって、自分でトイレに行けるようになったらさ…三か月はかかるかもな。だけど、それだって、治そうって強い気持ちがなけりゃ駄目だぜ。
「ワカッテルヨ…。ダケドナサケナイコトニナッタナア…」
しょうがないじゃねーか。誰だって脳梗塞になればそうなるんだよ。長嶋だってそうだろ、国民的英雄の大選手だって脳梗塞になっちゃぁ右半身麻痺で言葉もしゃべれない。だけど必死の努力でなんとか自力で歩けるようになったし、話もできるようになったじゃないか。そうなるまで長嶋だって一年以上はかかったんだから。○○子だって、このリハビリセンターで三か月頑張ったんだぜ。
「ソウダヨナ・・」
だから泣き事なんか言うなよ。治すしかねえんだからさ…。東京からは遠いいから妹はあまり来れないけど、俺は車で20分だから一日おきには来るからさ。
「ソウカイ…タノムヨ」
家内が入院した時は、中伊豆への見舞いが毎日の日課であった。ほぼ一日中つききりであったが、それでも家内の体と心が心配でたまらなかった。あれこれと考え、涙を流してばかりいた頃だ。
しかし、親父への心配は家内の入院時とは全く違う感情だ。親父に接する態度や言葉使いも全く違う。もちろん親父を心配する気持ちに変わりはないが、強い調子で本音をビシビシ言う。どうしてこうも違うのだろう。もっと優しい言葉をかければ良かったかなとは思うが、言うほうも聞くほうも照れが先に出てしまう。男が男にかける言葉はどうしてもストレートな言い草になってしまい優しさが足りない。だが、親を心配する気持ちは皆一緒だし、第一、親父もその辺のところは十分に判ってくれているだろう。
昨日今日の天城路は深い霧に包まれていた。
緑内障で片方の目は見えず、もう片方は白内障。しかも耳がすっかり遠くなり言葉も呂律が回らない。それに右半身麻痺で自分では用もたせず、嚥下障害でいまだに鼻からの管栄養ときているから、一段と老いが深まった感がする。
俺だよ、判るか?
「○×▽□?♭♯?…」
どこか痛いところあるかい?
「○×▽□?♭♯?…」
夜は眠れるか?
「○×▽□?♭♯?…」
何を言ってるか分からないけどさ、元気だしてくれよな
「○×▽□?♭♯?…」
初日はこんな調子だったが、だんだんと動きが良くなってきた。右半身麻痺は相変わらずだし、呂律の回らない言葉もなんとか理解出来るようになってきた。
リハビリ辛いか?
「ツラクハナイヨ…ヒマデショウガナイ」
夜眠れるか?
「ネムレナイ…」
そうだろうな…運動しないでベッドの上だからな。
「マダクチカラモノヲタベラレナイノカ?」
口から飲み込むテストをやって、上手くいけばゼリーくらいから初めて少しづつ固形のものに切り替えていくのさ。ま、普通の食事が食べられるまでは時間がかかるけど我慢するしかないよ。
「ビールデモノミテーナ…」
酒なんてとんでもないよ。毎日のリハビリをしっかりやって努力を重ねていけば、いずれビールも飲めるだろうよ…そうなりゃ剣菱だっていけるぜ
「ケンビシカ…イイネエ。イツニナッタラカエレルンダ?」
口から物が食べられるようになって、自分でトイレに行けるようになったらさ…三か月はかかるかもな。だけど、それだって、治そうって強い気持ちがなけりゃ駄目だぜ。
「ワカッテルヨ…。ダケドナサケナイコトニナッタナア…」
しょうがないじゃねーか。誰だって脳梗塞になればそうなるんだよ。長嶋だってそうだろ、国民的英雄の大選手だって脳梗塞になっちゃぁ右半身麻痺で言葉もしゃべれない。だけど必死の努力でなんとか自力で歩けるようになったし、話もできるようになったじゃないか。そうなるまで長嶋だって一年以上はかかったんだから。○○子だって、このリハビリセンターで三か月頑張ったんだぜ。
「ソウダヨナ・・」
だから泣き事なんか言うなよ。治すしかねえんだからさ…。東京からは遠いいから妹はあまり来れないけど、俺は車で20分だから一日おきには来るからさ。
「ソウカイ…タノムヨ」
家内が入院した時は、中伊豆への見舞いが毎日の日課であった。ほぼ一日中つききりであったが、それでも家内の体と心が心配でたまらなかった。あれこれと考え、涙を流してばかりいた頃だ。
しかし、親父への心配は家内の入院時とは全く違う感情だ。親父に接する態度や言葉使いも全く違う。もちろん親父を心配する気持ちに変わりはないが、強い調子で本音をビシビシ言う。どうしてこうも違うのだろう。もっと優しい言葉をかければ良かったかなとは思うが、言うほうも聞くほうも照れが先に出てしまう。男が男にかける言葉はどうしてもストレートな言い草になってしまい優しさが足りない。だが、親を心配する気持ちは皆一緒だし、第一、親父もその辺のところは十分に判ってくれているだろう。
昨日今日の天城路は深い霧に包まれていた。