犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

洪思翊⑦~戦後日本の繁栄

2007-06-03 00:51:20 | 近現代史
 マッカーサーは戦争初期に日本の進撃を食い止められず,フィリピンに将兵を置き去りにしたまま,「アイ・シャル・リターン」という言葉を残して逃げ出した。彼にとって,フィリピンの捕虜の無傷奪還は至上命題だった。もし捕虜虐殺事件などが起こって無事に捕虜を奪還できなかった場合,彼は日本人に対する徹底的な報復措置に出ただろうし,戦後のGHQによる日本の統治ももっと過酷なものになっていたことは想像に難くない。
 洪思翊が「ジュネーブ条約の精神」にのっとって捕虜を遇し,またあえて「ジュネーブ条約」の規定に従わず,米軍に直接引き渡せという指示を出したために,米軍捕虜は全員が無事に引き渡された(労務動員や現場の虐待の末に死んだ人々はいたが,引き渡しの際に死んだ者はなかった)。
 ジュネーブ条約によれば,捕虜の返還は保護国を通して行うことになっていた。しかし,フィリピンにはスイスの出先機関がなかったため,それは不可能だった。
 もし,洪思翊がジュネーブ条約に忠実たろうとして,あくまでも保護国を通じた引き渡しに固執して時間を空費し,「直接引き渡し」の指示を遅らせていたならば,すでに上陸作戦が始まっていた現場で,捕虜を人質にとった籠城などが起こった可能性は高い。
 したがって,洪思翊の賢明な「ジュネーブ条約への不服従」は,戦後日本のGHQ統治に影響を与え,米国の援助のもとの復興と奇跡の経済成長につながったかもしれない。

 これについて,山本七平は非常に控えめに示唆しているにとどめていますが,私は多いにありうることだと思います。

 一方,裁判では,そもそも日本が批准していなかった,したがって守る筋合いのなかったジュネーブ条約に洪思翊が従わなかったことも、有罪判決の理由となり,洪思翊は絞首台の露と消えて行きました。

コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 洪思翊⑥~完全黙秘 | トップ | 洪思翊⑧~死刑執行 »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
恥ずかしながら・・・ (ひまわり)
2007-06-03 07:15:57
おはようございます。恥ずかしながら、この年になっても
洪思翊氏の存在を知りませんでした。

犬鍋さんのブログは、飲兵衛さんの話も面白いですが、なるほどと勉強になることも多々あります。

政治家でも会社でも共通する事ですがトップの判断は、とても大切です。厳とした命令がなにより優先する軍隊では・一瞬の判断ミスが致命傷になりますから。

仮に洪思翊氏の米軍捕虜引渡しに関する判断が、マッカーサーに大きな影響を与えたとすれば以下のご指摘もなるほどと思えてきます。

>戦後日本のGHQ統治に影響を与え,米国の援助のもとの復興と奇跡の経済成長につながったかもしれない。

日本の戦後復興に対するマッカーサーの執念は、並大抵では、なかったと聞いています。

ジュネーブは、2005年8月娘と二人で行きました。スイスは3度目だったのですが・・2004年は、2週間、全てスイスで過ごしました。

当時の「フィリピンにはスイスの出先機関がなかった」との部分を読みながら、ジュネーブでの事を色々思い出しました。

また、良く考えれば、多忙さにまぎれて、この2年間まともに本を読んでいない自分に反省しています。
返信する
バターン死の行進 (スンドゥプ)
2007-06-03 10:19:45
歴史には詳しくないですが、フィリピンに駐在していたので、バターン・デー(4月9日:休日)は知っています。内容はWikipediaで「バターン死の行進」を参照すると分かりますが、これも似たケースのように見えます。
返信する
田中明 (犬鍋)
2007-06-04 05:34:48
田中明の巻末解説より

われわれは山本七平氏が『洪思翊中将の処刑』を書き残してくれたことに感謝せざるをえない。なぜなら、この本がなかったら、と考えてみたらいい。われわれは洪思翊という近代朝鮮史の悲劇輪圧縮したような人物、そして彼に接触した日本人のことごとくに、高雅な人格者という印象を刻みつけて昇天した韓国人の存在を知らずに過ごすことになったであろう。その場合、われわれの韓国人に対する理解は、はなはだ痩せたものになったはずである。
返信する
艦砲射撃 (犬鍋)
2007-06-04 05:37:50
アメリカ軍上陸直前の艦砲射撃で、多数のフィリピン人が死んだということをどこかで読みましたが、それに対する批判はあるのでしょうか。
返信する

コメントを投稿

近現代史」カテゴリの最新記事