19世紀半ば,日本の圧力により朝鮮が開港されると,日本資本が流入し,朝鮮にも貨幣経済が浸透していきます。
日本人がソウルに住み始めたのは1880年代。
1884年にはソウルに100人ほどの日本人がいました。1890年ごろからは,本土の芸者が密航してくるようになります。96年,日本が芸者の営業を正式に許可すると,日本からは売春婦が押し寄せます。
なにしろ当時の日本は世界に冠たる売春大国。
1910年当時,
中国:16,000人,
シンガポール:2,000人,
バタビア,ホノルル,ウラジオストク:各1,000人,
香港:500人
のいわゆる「からゆきさん」がいたそうです。
彼女たちの大半は,九州あたりの貧困な家から,詐欺,甘言によって連れてこられた女たち。女衒がどのような手法で彼女たちをだましたかは,鈴木裕子「女性と植民地」(『世界史の構想』朝日新聞社,1993)にくわしい。
のちの朝鮮人慰安婦の場合と似たようなものでしょう。
これら,日本人娼婦がソウル明洞あたりで人気を博すると,朝鮮人女性のほうもそれを見逃しはしません。
日本の圧力下で実施された甲午改革によって,キーセン,などの階級が廃止されましたが,解放といっても職があるわけじゃない。ときあたかも,日本によって鉄道網が整備されてくると,地方の女性もぞくぞくソウルに上ってくる。
彼女たちは,ソウル中心部で管理組合(のちの券番=検番)を作って,日本人娼婦たちに対抗します。
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