「思い込んだら試練の道を行くが男のど根性♬」
オヤジにとっての野球のイメージは「巨人の星」そのものでした。
中高の部活も「野球は厳しい」のイメージで安直に逃げてバスケを選択しましたが、これはこれでかなりキツカッタ。(笑)
楽しみたいのか、上手く強くなりたいのか、目的によってもそのプロセスは異なります。
なにもスポーツの世界に限ったことでは無いと思います。
もっとも最近は上手く強くなりたいけれど、厳しさばかりでなく楽しくなければ嫌だとニーズも贅沢になってきています。
そんな贅沢なニーズに応えながら、上手く強くなっている実例が高校野球だけでなく、次々と出てきているように感じます。
仕事がら子供たちのサッカー教室に立ち会う機会がありますが、まず楽しく好きになることから始めて、そこから好きなことの目標を掲げて自らに厳しさを課すことができるようにリードする、そんなプロセスを意識したプログラムになっています。
一方でまだまだ根性、気合で長時間頑張って成果を上げている人たちがいます。
それを頭からは否定できません。
才能ある人がさらに長時間練習することでその才能を開花させることの実例もまた数え切れないと思います。
厳しかろうが楽しかろうが、共通するところを上げれば「真剣」でしょうか。「ど根性」も「真剣」に通じるところがあります。
そこに「変化」は無いと思います。
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<高校野球も変化の時代 夜間練習や上下関係見直す動き>
ヤフーニュース 朝日新聞デジタル配信 https://headlines.yahoo.co.jp/ 2017年7月16日
高台の練習場に、選手たちの声が響いていた。7月上旬。春夏2回の甲子園出場がある京都翔英。ノックが終わると、選手たちは一斉に打撃練習用のケージを三つ立ち上げ、投球マシンをセットし、次々に打席に立った。
太陽はまだ高い午後4時すぎだが、選手は時間を惜しむように動いていた。普段の練習は午後6時半まで。伊地知正喜監督(43)は、「『もっと練習したい』と思うくらいの時間のほうが、選手たちが練習の意味を考えてくれる」と話す。
守備の時のグラブの出し方は、打席でボール球に手を出さないためには――。主将の阿部大弥君(3年)は「時間が限られているので一球一球考える。練習時間は短いけど、充実している」と話す。
2年前、入学した当時の状況は今とは違った。
練習は午後9時ごろまで。野球部の寮に帰るのは午後10時。食事を済ませ、風呂に入って眠るのは午後11時か午前0時。翌朝は朝練のため、午前5時半に起きた。朝、1キロの白飯を食べるのがノルマで、寝不足の中で食べるのがつらかった。
1年生の12月、故浅井敬由さんが監督に就任し、今のような練習に変わった。睡眠時間を重視するため朝練をやめ、体調管理の観点から毎週1日、休みを設けている。
昨夏の京都大会で優勝したが、浅井さんは昨年10月、大動脈解離のため56歳で急逝。約10年間、部長を務めていた伊地知さんが引き継いだ。
連覇をかけて臨んだこの夏。13日の京都大会初戦では、安打数は相手を上回ったものの、サヨナラ負けを喫した。
伊地知さんは以前の練習について、「実績の無い学校が突破口を開こうと思ったら、練習しかなく、長い練習は否定しない」とした上で、こう話した。「今のやり方で見えている『選手のうまくなりたいと思う気持ち』が一番大切だと思う。負けたからと言って練習時間は変えない」
◇
休日が極端に少ない、長時間の活動など、過熱する中学・高校の部活動が、子どもたちや教員の過度な負担になっていると問題になっている。
部活のやり過ぎは、以前から指摘されていた。文部省(当時)は1996年度、全国の中高の生徒・教員ら約5万4千人にアンケートを実施。運動部の一番の問題点として「活動時間の多さ」が多く挙げられ、97年、同省の有識者会議が、休養日を設けるよう提言している。
文部科学省は今年1月、「依然として休養日を設けていない運動部が一定程度ある」として、全国の教育委員会などに対し、運動部の部活動で休養日を設けるように求める通知書を出した。
◇
甲子園出場経験もある、県立の伝統校・小山(おやま、栃木)。篠田健太郎君(3年)は1年生だった時、帰宅途中で中学の同級生と会い、「いままで練習?」と驚かれた。午後11時を回り、同級生は私服だった。
当時、毎日の「掃除当番」は1年生の役目で、上級生の自主練習が終わるまで待っていた。グラウンド整備も1年生だけが昼休みにしていた。
斎藤崇監督(46)は昨秋、これらの慣習をやめさせた。「私たちの時代は、厳しさが強さだと信じられてきた。でも、今の子どもたちには合っていない」
同時に、荷物の置き場を学年ごとからポジションごとに変えるなど、学年の壁を取り払った。今、外から練習をみる限りでは上級生と下級生の区別はつきにくい。
斎藤さんは「変わらなくていいものもあっていいが、変化も必要。それに気付くために、観察することが大事」と感じている。
オヤジにとっての野球のイメージは「巨人の星」そのものでした。
中高の部活も「野球は厳しい」のイメージで安直に逃げてバスケを選択しましたが、これはこれでかなりキツカッタ。(笑)
楽しみたいのか、上手く強くなりたいのか、目的によってもそのプロセスは異なります。
なにもスポーツの世界に限ったことでは無いと思います。
もっとも最近は上手く強くなりたいけれど、厳しさばかりでなく楽しくなければ嫌だとニーズも贅沢になってきています。
そんな贅沢なニーズに応えながら、上手く強くなっている実例が高校野球だけでなく、次々と出てきているように感じます。
仕事がら子供たちのサッカー教室に立ち会う機会がありますが、まず楽しく好きになることから始めて、そこから好きなことの目標を掲げて自らに厳しさを課すことができるようにリードする、そんなプロセスを意識したプログラムになっています。
一方でまだまだ根性、気合で長時間頑張って成果を上げている人たちがいます。
それを頭からは否定できません。
才能ある人がさらに長時間練習することでその才能を開花させることの実例もまた数え切れないと思います。
厳しかろうが楽しかろうが、共通するところを上げれば「真剣」でしょうか。「ど根性」も「真剣」に通じるところがあります。
そこに「変化」は無いと思います。
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<高校野球も変化の時代 夜間練習や上下関係見直す動き>
ヤフーニュース 朝日新聞デジタル配信 https://headlines.yahoo.co.jp/ 2017年7月16日
高台の練習場に、選手たちの声が響いていた。7月上旬。春夏2回の甲子園出場がある京都翔英。ノックが終わると、選手たちは一斉に打撃練習用のケージを三つ立ち上げ、投球マシンをセットし、次々に打席に立った。
太陽はまだ高い午後4時すぎだが、選手は時間を惜しむように動いていた。普段の練習は午後6時半まで。伊地知正喜監督(43)は、「『もっと練習したい』と思うくらいの時間のほうが、選手たちが練習の意味を考えてくれる」と話す。
守備の時のグラブの出し方は、打席でボール球に手を出さないためには――。主将の阿部大弥君(3年)は「時間が限られているので一球一球考える。練習時間は短いけど、充実している」と話す。
2年前、入学した当時の状況は今とは違った。
練習は午後9時ごろまで。野球部の寮に帰るのは午後10時。食事を済ませ、風呂に入って眠るのは午後11時か午前0時。翌朝は朝練のため、午前5時半に起きた。朝、1キロの白飯を食べるのがノルマで、寝不足の中で食べるのがつらかった。
1年生の12月、故浅井敬由さんが監督に就任し、今のような練習に変わった。睡眠時間を重視するため朝練をやめ、体調管理の観点から毎週1日、休みを設けている。
昨夏の京都大会で優勝したが、浅井さんは昨年10月、大動脈解離のため56歳で急逝。約10年間、部長を務めていた伊地知さんが引き継いだ。
連覇をかけて臨んだこの夏。13日の京都大会初戦では、安打数は相手を上回ったものの、サヨナラ負けを喫した。
伊地知さんは以前の練習について、「実績の無い学校が突破口を開こうと思ったら、練習しかなく、長い練習は否定しない」とした上で、こう話した。「今のやり方で見えている『選手のうまくなりたいと思う気持ち』が一番大切だと思う。負けたからと言って練習時間は変えない」
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休日が極端に少ない、長時間の活動など、過熱する中学・高校の部活動が、子どもたちや教員の過度な負担になっていると問題になっている。
部活のやり過ぎは、以前から指摘されていた。文部省(当時)は1996年度、全国の中高の生徒・教員ら約5万4千人にアンケートを実施。運動部の一番の問題点として「活動時間の多さ」が多く挙げられ、97年、同省の有識者会議が、休養日を設けるよう提言している。
文部科学省は今年1月、「依然として休養日を設けていない運動部が一定程度ある」として、全国の教育委員会などに対し、運動部の部活動で休養日を設けるように求める通知書を出した。
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甲子園出場経験もある、県立の伝統校・小山(おやま、栃木)。篠田健太郎君(3年)は1年生だった時、帰宅途中で中学の同級生と会い、「いままで練習?」と驚かれた。午後11時を回り、同級生は私服だった。
当時、毎日の「掃除当番」は1年生の役目で、上級生の自主練習が終わるまで待っていた。グラウンド整備も1年生だけが昼休みにしていた。
斎藤崇監督(46)は昨秋、これらの慣習をやめさせた。「私たちの時代は、厳しさが強さだと信じられてきた。でも、今の子どもたちには合っていない」
同時に、荷物の置き場を学年ごとからポジションごとに変えるなど、学年の壁を取り払った。今、外から練習をみる限りでは上級生と下級生の区別はつきにくい。
斎藤さんは「変わらなくていいものもあっていいが、変化も必要。それに気付くために、観察することが大事」と感じている。