「廂(ひさし)」の語源については、大方の「国語辞典」や「語源辞典」には「日差し」「陽射し」(ひざし)からきたものかと、やや疑問を呈しながらもそう書かれている。私はこれは 「久し」 から生まれた言葉だと思っている。なぜなら、「日が差す」意味の「ひ・さし」は「さ」が濁音化してすでに存在している。それに、「日差し」は「日よけ」などと同じ語法で生まれた言葉であり、特定の建物をさす普通名詞ではないからである。(「日よけ」の「よけ」は「よける」の語幹)
何よりも、「廂(ひさし)」は建物の軒(のき)からわずかばかり張り出したものであり、日光を避けるにはあまりにも無力である。日光を遮る手段として日本では昔から「すだれ」とか「よしず」が使われてきた。「廂(ひさし)」はどちらかと言えば、雨を避けるための物である。
古語「久し」、現代語「久しい」は遠く長い時間が立ったことを意味する形容詞である。現代日本語でも「お久しぶりです」とか「あなたが去って久しい」などと使う。また、万葉集以来、日、雨、天、光などにかかる枕詞として「久方の」は国語教科書にも出ている言葉である。「古今和歌集」の有名な歌
久方の光のどけき春の日にしず心なく花の散るらむ 紀 友則
「久し」は、語幹「久(ひさ)」に、動詞「す」の名詞形(連用形)である「し」が付き、「久し」となり、この「久し」が名詞として使われるようになった考えられる。「久しぶり」(「ぶり」は「振り」の濁音化したもの)の「久し」は名詞であることは、同じく「何年ぶり」とか「5年ぶり」の「何年」や「5年」が名詞であることから十分言える。「うるわしのサブリナ」「いとしのクレメンタイン」の「うるわし」「いとし」と同じ用法である。この二語は明らかに名詞として使われている。また、「なしのつぶて」とか「重しがと取れた」「石を重しに使う」などと言うように、この「なし」も「重し」も明らかに名詞である。古典文法ではこれら 「久し」「うるわし」「いとし」「なし」「重し」 はすべて形容詞の終止形とされているが、名詞用法もあるのである。何度も言うように、言語の柔軟性である。数学や物理とは違うのである。
結論として、「廂(ひさし)」は基本的に雨を防ぐものであるが、雨、光、天、日など天空との関係から、「久し」を普通名詞化して生まれた言葉だと思う。
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