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日本語の諸問題(31) 「光」はなぜ「みつ」と訓読みするのか

2014年07月17日 | Weblog

 漢字「光」を「ひかり」と訓むのは当然としても、なぜもう一つ、「みつ」との訓読みがあるのか、かねがね疑問に思っていた。このことについて図書館で調べた限り、どの「国語辞典」「古語辞典」「語源辞典」にもその由来についての言及はなかった。徳川三代将軍・家光(いえみつ)が有名。この「光(みつ)」は非常に古い言葉で、万葉時代には使われていたが、すでに奈良時代にはその意味が分からなくなっていたのではないか。ただ、人名にのみその訓みが化石的に残ったのではないのか・・。

(1) 「そらみつ大和の国」

「そらみつ」は「大和」にかかる枕詞である。「古事記・歌謡」には万葉仮名で「蘇良美都」とある。「そらみつ」の語源については、『日本書紀』神武紀に「大空から見て、よい国だと選びさだめた日本の国」という意で「虚空見(そらみつ)日本(やまと)の國(くに)と曰(い)ふ」とある。「書記」の編者たちはこの「そらみつ」を「天空(そら)から見て」の意味だと解釈して「虚空見」の文字を当てたようである。はたしてそうであろうか。「記紀」の語源に関する記述はアテにならない。語呂合わせだらけである。「記紀」の編纂された8世紀初頭には「そらみつ」の「みつ」意味が分からなくなっていたのではないのか。「語源辞典」には「雲、天に満つ」から類推して、「空満つ」説をあげているものもある。つまり、「果てしなき大空」の意味。

(2) 「みつみつし久米の子が」

「みつみつし」は「久米」にかかる枕詞である。「古事記・歌謡」の神武天皇の条に万葉仮名で「美都美都斯」とあり、岩波版『古事記』にはその説明として、「満つ、満つ」の意か、「御稜威、御稜威(みいつ、みいつ)」の転かの二つの説をあげ、不詳としている。「古語辞典」によっては「御稜威(みいつ)」の転だと断定しているものもある。しかし、この「御稜威(みいつ)」説はおかしい。「稜威(いつ)」とは「斎く(いつく)」とか「厳島(いつくしま)」の例をあげるまでもなく、神もしくは天皇が持っている神聖なる力、霊力のことであり、「記紀」や「祝詞(のりと)」にも出てくる聖なる言葉である。久米氏とは天皇家に仕えた近衛隊であり、「王(おおきみ)を神にしませば・・・」と柿本人麻呂に詠われている天皇をさし置いて、「御稜威(みいつ)」なる言葉が臣下である久米氏に冠されることはあり得ないことである。なお、日本における神とはキリスト教やイスラム教の唯一絶対の神ではなく、山、川、岩、木などすべての自然に宿る神々のことである。

 結論として、ごく単純に万葉時代には「光」の意味の「みつ」という大和言葉があった。だからこそ、「そらみつ大和」とは「空(そら)光(みつ)」、つまり、「(天空が)光り輝く大和」の意味であり、「みつみつし久米」とは大王(天皇)の近衛隊として輝かしい戦歴を誇る久米氏にふさわしい枕詞であったのではないか。つまり、「光(みつ)光(みつ)し」(光輝ある久米氏)の意味、(「し」は「波高し」の「し」に同じ)。その後、奈良・平安時代には擬態語「ピカピカ」から生まれた動詞「光る」、その名詞形「光(ひかり)」が日本語に定着して、「みつ」は使われなくなり、ただ人名としてのみ命脈を保っているいるのが真相ではないのか。

 <追記>

 この「光(みつ)」だけでなく人名にのみ使われている漢字の訓読みはほかにも多い。たとえば、「利子(としこ)」とか「敏男・俊夫(としお)」などがそれである。「とし」の「と」とは古語で「鋭利、利発、俊敏」など意味であり、英語の  sharp  に当たる言葉である。「古事記・歌謡」に「我が裂ける利目(とめ)」があり、「鋭い目」の意味。ほかにも、古文の「とく、とく、おわせ」(はやく来てください)の「とく」、有名な風林火山の「疾(と)きこと風の如し」の「とき」は、語幹「と」に接尾語「く」や「き」がついたものである(国文法では活用という)。 「とし」の「し」は私がこれまで述べてきた文語「す」の名詞形「し」で、「そうある」の意味であり、形容詞語幹に付く接尾語の一つ。(例.  良し、高し)。なお、「とぐ」(研磨)の語源もこの「と」に動詞形成接尾語「ぐ」が付いたものであろう。

 この「光」に類似した意味を持つ言葉も人名には広く使われている。「光輝(みつてる)」「久子(ひさこ)」「照子(てるこ)」「明子(あきこ)」などなど。このように漢字の訓読みの法則はきちんと守られており、漢字の意味と日本語(大和言葉)の意味は大体同じである。この法則を「光」に適用すれば、古語「みつ」には「光」の意味があったとするしかない。このように日本語における漢字の訓読みの歴史は古く、現代にも生きているのである。なお、朝鮮語に「光」の意味で pi-ti  (ピチ)があり、これからの借用語かも知れない。

 

コメント (2)
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