ニュー・サガヤとは、アラスカ州アンカレッジにあるスーパーマーケットのことである。アラスカ旅行の3日目の朝、筆者はスワードの町からバスに乗り、アンカレッジへ戻った。スワードの町を出発してしばらくは、バスの道は山を避けて広い谷を蛇行して進むので、来るときに鉄道から見たトンネルや峡谷風景とは違い、パノラマ・ビューが楽しめる。だがしばらく行けば鉄道と合流し、穏やかな湾沿いを走る。黒い干潟が広い。3時間ほどでアンカレッジ空港に着き、レンタカーを借り、民泊サイトで予約したアパートへ荷物を置きにいく。そこは小さな韓国系のショップや性的っぽいマサージ店が入る暗いアパートだったが、部屋の中は広くて小ぎれいだった。
この旅の記録(のつづき)は以下のとおりだ。参考にしもらいたい。
①アンカレッジ・ミュージアム
まだ少し日が高いから、酒を飲む時間になるまではアンカレッジ・ミュージアムで過ごしすことにした。ダウンタウンの外れの小ぶりなミュージアムは、アラスカらしい作品で溢れていて楽しい。Kivetoruk Mosesという画家の、先住民らの暮らしを題材にした素朴な絵画や、Bradford Washburnという探検写真家の素晴らしい山々や氷河の写真など、見所がある。また、アラスカ先住民たちの衣類や生活道具が展示されたコーナーも興味深いものだった。“エスキモー・イヌイット”といった言葉はなく、各部族の名前で展示されている。アラスカ半島のうちベーリング海峡に近い区域に暮らす“イヌピヤク”や“ユーピック”と言う名の部族の人々の風貌がアジア人に近く、アメリカ大陸に近い部族の顔が中南米人に近くなっているのが面白い。彼らの厳しい気候での暮らしが偲ばれる。
②ニュー・サガヤへ向かう
そして夕飯時である。ツーソンのSandyi Oriental Marketや、ソルト・レイク・シティのSAGE Japan Market、ロスのミツワのように、米国内の旅先で日系のグローサリー・ストアを訪ねることが筆者の楽しみになっている。極北のアンカレッジにはあまり期待せずにいたのだが、果たして“ニュー・サガヤ”という、昭和のビジネスホテルのような響きの名前の店があるという。さっそく視察に赴いた。ニュー・サガヤは、ダウンタウンから南に少し離れた場所にある。気候が厳しいアンカレッジは、アメリカの中でも特に車社会なのであろう、乞食以外の歩行者がまるでいない。それに土地が有り余っているようで、どこの店舗も駐車場はガラガラなので、ダウンタウンを外れればそこには富山県の国道沿いのような寂しい雰囲気がある。
③ニュー・サガヤへ入る。
筆者はアジアの食に詳しいので、ニュー・サガヤで売られている商品から、この店が日本人のみを対象にした店ではなく、中華・韓国・ベトナムからフィリピンまで、広い東アジアの人々を対象にしていることが見てとれた。だが“日本強め”であることは間違いない。総菜コーナーや精肉コーナー、雑貨コーナーには、小学生が描いたものかと思われるような独特な絵画センスの看板と共に、やや雑なレタリングの日本語で“デリカテッセン”“高級セトモノ”“特選肉”などの看板があったり、特に雑貨コーナーには日本の民芸品が多くを占めている。鮮魚コーナーはスワードのセイフ・ウェイとは比べ物にならないほどの充実ぶりで、アラスカ産の牡蠣やヒラメなどが生け簀にある。筆者はここで総菜を買い込んで、宿で酒盛りをする判断を下し、タコ・ポキ、アラスカ・ロール、冷凍枝豆にさつま揚げ、冷ややっこ、それにアラスカサーモンの皮のスモーク(鮭とば)、さらにサラダ・バーでおつまみ豆サラダを作り、購入したのだ。因みに酒は売っていないので別の酒屋で購入する。
宿には調理用具も揃っていたので、カニや牡蠣を買って鍋にしても良かったと後悔しつつも、ニュー・サガヤの一人総菜酒盛は大盛況で、筆者はデストラーデ選手ばりのガッツポーズを決めてしまった。さて、ウェブサイトを見れば、ニュー・サガヤはアンカレッジエリアで30年以上も営業するなかなか老舗のスーパーで、アラスカ産魚介類の冷凍通信販売業なども行っているのだという。だが店の歴史や屋号の由来(佐賀屋なのか嵯峨屋なのか)を見つけることはできなかった。それにしてもアンカレッジには、少なからず日本人・日系人が暮らしている様子が分かり、筆者は何となく嬉しい気持ちになったのだった。そして性的っぽいマッサージ店には次回来店することにし、眠りについた。