読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

義兄の無念を文学作品に昇華する試み、「取り替え子/チェンジリング」(大江健三郎著/2000年)

2009-07-26 19:08:07 | 本;小説一般
~チェンジリング【Changeling:英】美しい赤ん坊が生まれると、子鬼のような妖精がかれらの醜い子供と取り替える民間伝承が、ヨーロッパを中心に世界各地に見られる。チェンジリングとは、その残された醜い子のことを指す。~

~国際的な作家古義人(こぎと)の義兄で映画監督の吾良(ごろう)が自殺した。動機に不審を抱き鬱々と暮らす古義人は悲哀から逃れるようにドイツへ発つが、そこで偶然吾良の死の手掛かりを得、徐々に真実が立ち現れる。ヤクザの襲撃、性的遍歴、半世紀前の四国での衝撃的な事件…大きな喪失を新生の希望へと繋ぐ、感動の長篇!~

<目次>
序章 田亀のルール
第一章 Quarantineの百日(一)
第二章 「人間、この壊れやすいもの」
第三章 テロルと痛風
第四章 Quaranatineの百日(二)
第五章 試みのスッポン
第六章 覗き見する人
第七章 モーリス。センダッグの絵本

これまで大江さんの作品としては、確か、「飼育」(1957)、「芽むしり仔撃ち」(1958)、「洪水はわが魂に及び」(1973)、「同時代ゲーム」(1979)、「雨の木(レイン・ツリー)を聴く女たち」(1982)を読んだと思うのですが、内容は全く覚えていません。20代後半から30代全般にかけて小説から遠ざかったこともあって、大江さんの小説も当然読まなくなって久しく、その間に大江さんには次のようなことがあったとは露知らず・・・

~1995年に『燃えあがる緑の木』が完結。当初大江はこの作品を自身の「最後の小説」としていたが、1996年、武満徹の告別式の弔辞で新作を捧げる発言をし、1999年の『宙返り』で執筆活動を再開した。以降の創作活動は大江自ら「後期の仕事(レイト・ワーク)」と読んでおり、伊丹十三の死をうけて書かれた『取り替え子』(2000年)、それに続く『憂い顔の童子』(2002年)、『さようなら、私の本よ!』(2005年)は、「スウード・カップル(おかしな二人組)」が登場する後期三部作として位置づけられている。~
(ウィキペディア)

以上のような経緯を辿りつつ書かれた本作の登場人物の設定があまりにも私小説的あり、無粋なことと自認しつつ、登場人物と実在の関係者を呼応させてみると・・・

<主な登場人物>
長江古義人(こぎと)・・・大江健三郎
塙吾良(ごろう)・・・伊丹十三
長江千樫(ちかし、古義人の妻である吾良の妹)・・・大江ゆかり
長江アカリ・・・大江光
塙梅子・・・宮本信子
六隅(むすみ)先生・・・フランス文学者・渡辺一夫
作曲家・篁(たかむら)さん・・・武満徹
フリージャーナリスト・蟻松(ありまつ)・・・本多勝一

<その他の登場人物>
長江先生(古義人の父)
忠(ちゅう)叔父さん(古義人の弟、刑事)
大黄(だいおう;長江先生の遺志を継ぐ練成道場の道場長)
シマ・ウラ(ドイツの映画際での吾良の通訳、アテンダント)

さらに、本作に登場する古義人の作品と著者の作品は・・・

「ラグビー試合1860」・・・「万延元年のフットボール」(1967)
「懐かしい年に向かって」・・・「懐かしい年への手紙」(1987)
「A Quiet Life」・・・「静かな生活」(1990)


本作「取り替え子」は、前回取り上げた映画「チェンジリング」タイトルだけでなく、「ヨーロッパの民話で、妖精が人間の子供をさらった後に置いていく妖精の子供。転じて嬰児交換の意味」でも用いられる「チェンジリング」と符合します。前者がメタファーとして使われるのに対し、後者は実在の中で起きた運命のいたずらとしての子息の交換でした。

本作で取り上げられる「取り替え子」は、古義人がベルリン自由大学での招聘に応えて渡独した際に購入してきた、アメリカの絵本作家モーリス・センダックの1982年の「まどのそとのそのまたむこう」(Outside Over There)という本を千樫が見たことによって喚起されるモチーフとなっています。それはこのような一枚でした。


そして、本作全体を通じて流れる重層低音は、先の大戦の敗戦で占領下にあった日本が国家として独立を果す1952年4月28日に発効するサンフランシスコ講和条約の伏線です。この写真は、本書の中に突然挿入されているのですが、この日、次のような経緯で18歳の伊丹十三さんが17歳の大江健三郎さんを撮影した写真でした。


~あの年の4月28日、午後十時三十分から一時間、古義人と吾良はNHKにダイヤルを合わせたラジオの前に、黙って坐っていた。臨時ニュースが放送されることはなかった。さらに一時間待って、なにごとも起こっていないと結論した吾良は、古義人に記念写真を撮っておこう、と言い出した、かれは義父から贈られたニコンを持っていた。~

~一年間の古義人へのフランス語の授業で、黒板を使う代わりに吾良がテキストを書き写して説明した紙、古義人がその訳文を書いた紙が沢山あった。それを置き並べたなかに鏡を置いて、古義人の横顔がそこに写りもしている構図を吾良は考え出した。撮り終えると、夜明けが近かった。~



<大江健三郎 - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%B1%9F%E5%81%A5%E4%B8%89%E9%83%8E



<モーリス・センダック - Wikipedia>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%83%E3%82%AF


関連記事;
<伊丹十三のやるせない「自殺」>
http://blog.goo.ne.jp/asongotoh/e/9509a79204962dcb7ba163a6da6703b7


<巧遅の世界で「同じ年に生まれて~音楽・文学が僕らをつくった~」(小澤征爾・大江健三郎)>
http://blog.goo.ne.jp/asongotoh/e/e5233326ea55ab347021878f93830381


<備忘録>
「ミハイル・バクチン」(P31)、「六隅先生と篁さん」(P33)、「古義人の低迷」(P37)、「吾良の古義人へのプラン」(P38)、「例のジャーナリスト」(P43)、「Quarantine」(P44)、「アカデミック・フィフティーン」(P57)、「吾良の演技指導」(P60)、「トトロジー」(P60)、「パッソ・オスティナート」(P90)、「吾良の自殺の真相」(P115)、「マーク・トゥエイン、『ハックルベリィの冒険』」(P150)、「古義人の名の由来」(P160)、「知恵の人」(P180)、「吾良が撮りたかった映画」(P188)、「グリンメルスハウゼン『阿呆物語』」(P205)、「大黄の計画」(P267)、「モーリス・センダック『Out Side Overthere(外側のあの向こうへ)』」(P287)


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