読書と映画をめぐるプロムナード

読書、映画に関する感想、啓示を受けたこと、派生して考えたことなどを、勉強しながら綴っています。

城山三郎の遺言「柔和な人は幸いなり」とその「本当に生きた日」(城山三郎著)

2008-08-03 19:19:59 | 本;小説一般
<主な登場人物>
福原素子(38)、夫・信三、長男・友明(中2)、長女・由香
「家庭人材研究所」所長・松山ルミ(38)、太郎(高1)、次郎(中2)、志郎
「家庭人材研究所」社員、古家龍子、金山初美
女優、エッセイスト・沢三保子(38)、外務官僚OBの製鉄会社副社長・岸
「ザ・カナモリ」社長・金森利恵、教育心理学者・南信子、新人作家・竹野夏子(28)、松山ルミの元メンター宇田村教授、大手食品会社・水島、広報室長・ヨルデス(ギリシャ人)、元ヌード・ダンサー中根アイコ

<あらすじ>
~二児の母で、三十八歳になる素子は、平凡な専業主婦だった。だが、大学講師でメディアにも進出しているやり手の友人・ルミに強引に誘われ、彼女の事務所を手伝うことになった。様々な出来事に翻弄されながらも、次第に仕事への意欲を覚える素子。しかし、一方で平穏な家庭に影響が出始め……。本格化した女性の社会進出を背景に、女性にとって仕事とは何か、人生の充実とは何かを描く。~

本書が書かれたのが1986年。城山さんが59歳のときの作品。自動車電話、ポケベルの時代。私はといえば、28歳で求人広告の仕事で神田界隈を歩き回るバリバリの営業マンでした。本書が書かれた前年の1985年、「男女雇用機会均等法」が改正され、仕事柄、「機会均等」の名のもとに女性のみの求人ができなくなったという二律背反的な事態に戸惑ったことを思い出します。

この、「男女雇用機会均等法」は、元は昭和47年(1972年)に「勤労婦人福祉法」として制定・施行されたが、女子差別撤廃条約批准のため、昭和60年(1985年)の改正により「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」となりました。この法律は当時の国会が男女の差別を無くすために制定したと言うよりは、女子差別撤廃条約によって1985年(これは、女性の10年の最後の年に当たる)までに法律を整備する必要に迫られていたため、制定したという意見があるそうです。

以降、1999年4月1日の改正により、募集・採用、配置・昇進、教育訓練、福利厚生、定年・退職・解雇において、男女差をつけることが禁止され、制定当初、募集・採用、配置・昇進については努力目標とするにとどまっていたが、この改正で禁止規定とされました。看護師、キャビン・アテンダントなど、果たして職種の名前まで変えなければならないのか、今でも疑問です。

さて、こんな時代に書かれた本書は、女性にとって、仕事とは何か?充実した人生とは何か?を扱った城山作品としては大変稀有な小説です。松山ルミが素子に諭す、世に出るための三つのノウハウは「MNN」。メンター(保護者)、ネットワーク(人脈)、ニュース・ヴァリュー(話題性)。一方、ルミの研究所の社員が仕事に求めるのは「場所、金、時間」。

そして、城山さんが水島を通じて語らせる箴言が「柔和な人は幸いなり」。調べると、次のように解説されていました。

「柔和な人たちは、幸いである、彼らは地を受けつぐであろう」。(マタイ5:5)

~柔和な人というと、人当たりがソフト、物腰が柔らかというイメージがある。また、なんとなく弱弱しい、軟弱な感じがするかもしれない。わたしは、柔和というと、単に当たりがソフトなだけではなく、懐の広さ、その奥にある力強さを感じる。しっかりとした力強さがなければ、少しのことで動揺して、じたばたしたり、不機嫌になったりして、柔和にはなりえないのではないか。まさに、イエスは柔和な人であった。~
「神様からのラブレター・聖書とわたし」(http://www.page.sannet.ne.jp/mayumy/index.html)

この小説全体について、本書の解説でノンフィクション作家の梯久美子さんが次のように記しています。

「相手を否定しないことには、自分自身を持ちこたえることができない。そんな思いに駆られるときが、誰の人生にもある。老いを意識しつつ、しかし、未来の可能性も残している女たちのそんな瞬間を、城山氏は見事に描きだす」。

・・・と評価していますが、私には今ひとつ不満の残る小説でした。城山さんの小説は、その圧倒的な取材力とそれに裏打ちされた構成力にあると思いますが、本作はそういった意味では失敗作に入るのではないかと思います。1986年に書かれた小説が単行本になったのが、城山さん没後の2007年5月。そして文庫化されたのが今年4月。城山さんが生きていたら、この本が単行本化されることを潔しとしたかどうかと疑問が残ります。


梯久美子(かけはし くみこ、1961年-)は、日本のノンフィクション作家である。熊本県生まれ。北海道大学文学部国文学科卒。 (イメージ・リンク)大学卒業後、社長室勤務を経て編集・広告プロダクションを起業。2001年よりフリーライターとして「AERA」などにルポルタージュを執筆。2006年「散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道」で第37回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。


城山三郎;(1927-2007)名古屋生まれ。海軍特別幹部練習生として終戦を迎えた。一橋大学卒業後、愛知学芸大学に奉職、景気論等を担当。1957(昭和32)年、『輸出』により文学界新人賞、1959年『総会屋錦城』で直木賞を受け、経済小説の開拓者となる。吉川英治文学賞、毎日出版文化賞受賞の『落日燃ゆ』の他、『男子の本懐』『黄金の日日』『役員室午後三時』『毎日が日曜日』『官僚たちの夏』『もう、きみには頼まない』『硫黄島に死す』『指揮官たちの特攻―幸福は花びらのごとく―』等、多彩な作品群は幅広い読者を持つ。1996(平成8)年、菊池寛賞を、2002(平成14)年、朝日賞を受賞。2007年3月22日没。享年79。


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