美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

映画「君の誕生日」映画評

2020-06-01 10:32:59 | Weblog

 

2014年4月16日に発生した大型旅客船「セウォル号」沈没は、乗客・乗員含む300名以上の犠牲者を出す韓国海難事故史上最悪の惨事であった。亡くなった人数以上に人々に衝撃を与えたのは、被害者の多くが済州島への修学旅行を楽しみに出発した高校生たちであったこと、そしてこの事故の一部始終がテレビやインターネットで中継され、懸命に無事を祈る家族や多くの国民の見守る前で船もろとも海に飲み込まれていった現実である。当時この模様は海外にも同時に放送され、私も食い入るように画面を見続けていた1人であった。

多くの尊い命と若者の未来を一瞬のうちに奪い去った「セウォル号」事故は、その後少しずつ明らかになる事実により人々に衝撃を与える。乗客の命を預かる責務を放棄し沈没する船から真っ先に脱出した船長や一部の船員たちの卑劣で愚かな行動、安全性を無視し利益優先の船舶会社の運営、それをチェックすべき行政部門の怠慢、救出現場での海上警察の混乱、国、政府の対応の問題点等々。遺族は勿論、国民の多くが怒り、悲しみ、やるせなさから、当時の大統領をはじめ、関係者への責任の追及と非難は拡大していった。それらは同時に多くの大人たちが若者の命を守れなかった己ら自身を恥じらい、責める気持ちの表れとも言えるだろう。

社会全体に深い傷跡を残した事故から5年が過ぎ漸く完成した映画「君の誕生日」は、新鋭イ・ジョンオン監督自身がボランティア活動を通じ、多くの時間を遺族と接する中で実際のエピソード、人物を基に企画、制作された作品である。ストーリーはセウォル号事故で最愛の息子を失ってから2年、未だに悲しみの最中でもがく家族が彼の二度目の誕生日を向かえるなか、様々な人々の関わりや想いを受けて変化していく姿を描いたものである。ボランティアや遺族会の会員、友人たちが計画する息子の誕生会をめぐって、彼の死が受け入れられないまま拒否反応を示す母親に対し、ある事情により息子の事故当日から今まで韓国に戻れず、2年後の誕生日を目前に家族のもとに現れた父親。事故の衝撃と悲しみの深さのあまり家族は葛藤し関係はぎくしゃくするが、皆の長男に対する愛情と想いに優越はない。この二人を演じるのは、「私にも妻がいたらいいのに」以来18年ぶりに共演したソル・ギョングとチョン・ドヨン。「あの日以降、詩人は詩を、小説家は小説で、歌手は歌で追悼してきたが、俳優である自分は何をしたか己に問うた。」と無理なスケジュールを変更して出演を決めたソル・ギョングに対して、惨事の悲しみの大きさから当初出演を固辞しようとしたジョン・ドヨン。韓国映画界で最高の演技派と言っても過言でない二人が、この作品ではドキュメンタリー作品とも思えるような自然な表現や表情が観るものの心に響く。

この映画評を執筆している数日前にも韓国では検察による事故当時の政府機関への捜査に関する報道がニュースで流れ、ソウル光化門広場には真相追求と責任者処罰を訴える遺族の集会が開かれている。‘国民のトラウマ’といえるセウォル号事故の映画化には多くの批判や憂慮もあったと聞く。それでも監督は「あの事件がどんなに私たちの人生を変え、私たちの心に影響を与えたのかを表現したかった。」と遺族や関係者に寄り添い、話に耳を傾け、懇々と彼らの気持ちをスクリーンに書き留めていった。最後の瞬間、自分の救命胴着を友人に渡し、先に避難させた少年の話も実際に聞かれる多くの同様の話の一つである。人間の醜さや愚かさに対して美しさや勇敢さ、どちらも現実である。だからこそ残されたものはより苦しみ悲しい。しかし癒えない傷を忘却という包帯で覆い隠すのではなく、しっかり心に刻み、亡くなった‘彼らを決して忘れないこと’の大切さを映画が私たちに訴える。

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