今回紹介する映画の舞台は2003年ソウルのとある大学予備校である。多くの若者が未来の為、正確にはより就職に有利な有名大学に入学する為に日本のセンター試験にあたる大学就学能力試験(通称 ‘就能、スヌン’)の準備に励む。2000年代以降、大学進学率は世界有数の高さを誇る韓国において、国公立、私立の区別なく韓国の受験生ほぼ全員が受けるスヌンは、ある意味年に一度の国民的な行事となった。先日も朝寝坊した受験生の親からのSOSで警察が出動、受験会場まで無事護送したことがニュースで伝えられた。その他、騒音を考慮して航空機も会場付近での飛行を制限するなどは当たり前、さらに今年はコロナ感染に対する対応も徹底して行われるなど、国を挙げて最大限サポート体制が敷かれた。それはつまり、韓国が世界一と評価される子供の教育に対する意識の高さを示す一方、受験生本人たちへのかかるプレッシャーも計り知れないと言える。
映画「雨とあなたの物語」の主人公ヨンホも教育競争の真っただ中にいる2浪中の受験生である。韓国風に言えば3修(サムス)生、修能(スヌン)試験を3回目受けるという意味だが、歳も数え年で表現する韓国ではあるが、こちらは数が一つ増えるだけで重圧は何倍にも感じのではないか。さらに男子の場合は軍へ入隊する懲役のタイミングもある為、1年1年が非常に重要である。大学進学の必要性は承知しつつも、はっきりした目標も夢もなく、それ故勉強にも身が入らない生活を送るヨンホ(カン・ハヌル)。ある日、かれの心の中に大切に閉まわれていた小学生時代ある少女に対する淡い思い出が蘇り、記憶の中の名前‘ソヨン’宛に手紙を出す。一方、釜山で母親と共に古い書店を営むソヒ(チョン・ウヒ)は、ヨンホから姉のソヨンに届いた手紙を受け取る。重い持病で寝たきりの姉ソヨンの代わり、ソヒが手紙の返事を書くことがきっかけで二人は文通が始まる。ソヒもまた大学進学に不安を持ちながら、はっきりした人生の目標も定められずに過ごしていた。朧げな記憶をたどり徐々に胸の奥底から湧き上がる想いを手紙に込めるヨンホと、姉のふりをしながら続ける手紙の相手に不思議な感情を抱いていくソヒ。いつしか2人にとって新しい世界、モノトーンな日常に鮮やかな色合いを与えてくれる存在になっていく。決して会うことはできない関係。「“質問しない”、“会いたいと言わない”、そして“会いに来ない”。」という条件を出すソヒに対し「もしも12月31日に雨が降ったら会おう」ソウルの気候からは限りなく可能性の低い提案をするヨンホ、そして奇跡を待ち続ける・・・大ヒット映画「サニー永遠の仲間たち」(2011)で、ソヒ役のチョン・ウニと共に新人女優としてデビューしたカン・ソラも、ヨンホに思いを寄せる屈託のない浪人生スジン役で出演し作品の良いアクセントとなっている。
チョ・ジンモ監督自身がインタビューで話しているように、明らかなラブストーリーではない。現在ではアナログとなった手紙を通した心のやり取り、そして「待つ事」をテーマにした物語だ。登場する若い3人ともに、人生の岐路に立ち、漠然とした不安と焦りの中で悩みながらも何かを待つ。それが「雨」なのか「会いたい相手」なのか、はたまた「奇跡が起きること」なのか彼らにもわからない。近年韓国の大学進学率は2009年の78%をピークにその後減少し続け、今は60%後半となった。大学卒業が必ずしも就職や安定した人生を保証してくれないという認識が若者間に広まった為ではあるが、既存世代の価値観の押し付けに対する拒否反応なのかも知れない。進学せずに傘職人となったヨンホは、雨や雪だけでなく、本当に自分の人生にとって大切なものを待ち続けるのである。
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