美容外科医の眼 《世相にメス》 日本と韓国、中国などの美容整形について

東洋経済日報に掲載されている 『 アジアン美容クリニック 院長 鄭憲 』 のコラムです。

ブリング・ミー・ホーム 尋ね人 映画評

2020-09-19 10:32:45 | Weblog

 

多分20年程前のことだと思う。大韓航空の機上で座席前のポケットに備えられた機内販売のパンフレットを手に取って眺めていた。特に意味もなくパラパラ頁を捲っていた時、ある化粧品のモデルとして一人の東洋人女性の顔のアップ写真が載っていた。形成外科医として「客観的な美しい顔のバランス」について考察していた当時のこと。その女性の輪郭、中心線、目、鼻、口唇とアゴの配置、全てが理想に近いと感じた。後に写真のモデルは女優のイ・ヨンエだと知った。

14歳でモデルとしてデビュー、大学卒業後は女優として順調なキャリアを歩み、南北共同警備区域(Joint Security Area)で起きた兵士の発砲事件を描いた映画「JSA」、そして世界中で人気を表したドラマ「チャングムの誓い」は日本でも大ヒットとなった。その美麗と存在感から韓国では国民的女優、女優が憧れる女優として知られるイ・ヨンエ。そんな彼女がパク・チャヌク監督作『親切なクムジャさん』(2005)以来、私生活での結婚、子育てを経て14 年ぶりのスクリーン復帰となり注目を集めたのがサスペンス映画「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」である。本作で彼女が演じるのは、6 年前に失踪した息子を捜し続ける看護師のジョンヨン。目撃情報を頼りにある漁村にたどり着いた彼女は、村の怪しげな人々に阻まれながらも、真実を追い求める必死な母親を熱演している。

韓国を代表するスターの復帰作として周囲の大きな期待の中、台本を読み「思いがけず長期間、女優の仕事を休んでいた私にとって、長い間待ったかいのある作品だと確信した。」と出演を決めた理由を述べたイ・ヨンエ。衰えない美貌よりも、現実に母となった彼女が、子を想う母性や心情を表現する演技者としてスクリーンの中で魅せる姿が印象的である。

前作の「親切なクムジャさん」は無実の罪で服役した女性の復讐劇であり、カリスマ性を持つ美麗の女性クムジャを妖艶に演じた。今回は全く対照的な、飾り気一つなく、只々懸命に我が子を探し続ける一女性として私たちにその姿をみせた。一人の人間として、女優としての14年間が成熟の時間であったこと伺わせる。一方どちらの映画も「子供の誘拐、虐待」を題材、テーマである点は共通している。韓国警察庁によると、2012年から2017年4月までに届け出のあった18歳未満の失踪児童は約12万人。つまり毎年2万件前後の失踪の届け出がある。多くは数時間~2日以内に発見されるものの、48時間以上行方がわからない「長期失踪児童」も常に数百人、20年以上経過した行方不明児童は2016年時点で449名である。勿論これは韓国だけではなく、日本でも年間2万人弱の未成年行方不明者が報告されており、世界中で日常的に起き続けている。民間NGOの児童失踪・児童虐待国際センター(ICMEC)によると、全世界では一日に2万人以上、毎年800万人以上の子供が行方不明 になっている。その原因は、貧困国を中心に国際的犯罪組織による人身売買、身代金目的の誘拐、両親の虐待や育児放棄の果ての失踪、自然災害などに巻き込まれた結果の行方不明、さらには自発的な家出も含まれる。

昔、韓国で飲んだ牛乳パックの裏面に、複数の子供の顔写真が印刷されていた記憶がある。行方不明の子供を探すための情報提供を呼び掛けたものだった。あの子たちは無事に親元に戻っただろうか?主演のイ・ヨンエはインタビューで「児童失踪と虐待」に関して「人々の無関心が問題として、多くの人が関心を持つことで減らすことができるのでは」と話す。映画「ブリング・ミー・ホーム」は社會の闇と人間の醜さ、それに向かう母性の執念、迫真の彼女の演技は辛く重い余韻を残す。韓国を代表する女優であると同時に、社会に大きな影響を持つ女性として、彼女がこの映画に込めた意気込みがひしひしと伝わってくる作品だ。


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