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福岡髭爺の今日も絶好調!!

労働法、神社、郷土史、グルメ、他
※記載事項について、一切責任を負いません。

神宮特別神領民

2013-07-06 23:21:22 | 神社

今年は、神宮(いわゆる伊勢神宮)式年遷宮の年にあたる。

20年に一度の記念すべき年である。

ちなみに、出雲大社の60年に一度の遷宮も先月行われたばかり。

神道の世界では、実に重要な一年だ。

神宮の遷宮は、秋に予定されている。

既に8年前の平成17年から遷宮の準備や神事は始められている。

最後の遷宮の前に、諸行事の一つとして「お白石持ち行事」という行事がある。

http://isesengu.jp/siraisi/

http://isesengu.jp/index.html

お白石持ち行事とは、元来伊勢の神領民に許された特別な行為だったが、第60回遷宮(昭和48年)の式年遷宮より、全国の崇敬者にも「特別神領民」として参加出来る制度ができた。

昭和48年は40年前だが、20年に一度なので前々回の遷宮からだ。

小職は、このお白石持ち行事に特別神領民として参加させていただく予定である。

先日、太宰府天満宮にて法被を受け取った。

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法被は「奉祝御衣裳」「第六十二回神宮司記念遷宮」と書かれた紙袋に包まれている。

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紙袋をあけると、背に「伊勢」と書かれた法被と、日の丸に「奉祝」と書かれたはちまきが入っている。

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「神宮式年遷宮」と書かれた法被。

神宮に参拝したのは、過去には一度だけ。

今度は、お白石持ち行事に参加する形で、新しい社殿の間近にお白石をお納めできる。

有り難い限りである。


大祓

2013-06-30 21:02:15 | 神社

先日、香椎宮にて大祓詞に関する講演をお聞きした。

講師は、東京・湯島天満宮の権禰宜小野善一郎氏。

小野氏は、湯島天神の崇敬会をご担当され、また、神道関係の講義をされている方だ。

平日昼間だったため、なかなか時間がとれず、残念ながら最後の15分くらいしかお話をお聞きできなかった。

しかし、その15分だけでも、非常に有意義なお話をお聞きできた。

終了後、小野氏にいろいろと直接素晴らしいお話をお聞かせいただいた。

神道だけでなく、仏教やキリスト教との比較の話し等、本当によく勉強されている。

心から感謝したい。

当日二冊の小野氏のご著書が販売されていたので、もちろん二冊とも購入。

うち一冊を紹介したい。

『あなたを幸せにする大祓詞』青林堂

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現代人にはやや難解な大祓詞の意味について、やさしくまとめてある。

すべての日本人の必読の書だ。

25.6.30

さて、今年も前半が終了だ。

6月末日は、水無月の大祓式。

福岡縣護国神社にて、大祓式に参列。

今年は日曜日ということもあって、参列者は多かった。

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大祓詞奏上。

神職によって祝詞奏上等はいろいろなタイプがあるが、実に素晴らしい大祓詞奏上だった。

この後、細かく切った紙で祓い、人形により半年分の「諸々の禍事、罪、穢れ」を祓う。

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大祓式終了後、退場される田村宮司。

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参列の皆さんが帰られた後、いつもお世話になっている巫女の皆さんと記念撮影。


八所宮、岡湊神社

2013-05-05 00:12:14 | 神社

25.5.4

神社研究の対象として、なかなか福岡県内(福岡市外)の神社参拝の機会を作れていない。

労務士業の休みを利用し、以前から気になりつつも未参拝の神社参拝に出かけた。

参拝神社は、次の通り。

1.八所宮(宗像市)
2.高倉神社(岡垣町)
3.岡湊神社(芦屋町)
4.神武天皇社(芦屋町)
5.浅木神社(遠賀町)
6.岡田宮(北九州市八幡西区)
7.春日神社(北九州市八幡西区)
8.御所神社/柳の御所(北九州市門司区)
9.戸上神社(北九州市門司区)

その他の訪問先は、次の通り。

1.平家塚/二位の尼墓(宗像市)
2.千光院大蘇鉄(芦屋町)
3.芦屋小学校創設地碑(芦屋町)
4.明治天皇記念之松碑(北九州市門司区)
5.小倉城(北九州市小倉北区)

ついでに食事先。

1.寿司本家げんもん(芦屋町)
2.東洋軒(北九州市小倉北区)
3.珉子ラーメン(北九州市小倉北区)

訪問先についてすべて記載することは困難のため、八所宮と岡湊神社について触れたい。

・・・

八所宮(宗像市吉留)
横に弓道場があるようで、駐車場には多くの車が停まっていた・・・
と思ったら、ちょうど何かあっていたようで、氏子さんが集まっていた。

八所宮といえば、梵鐘の話しが有名だ。
豊臣秀吉の九州平定の際、ここ八所宮の梵鐘を持ち帰り、安芸宮島の厳島神社に奉納された。
梵鐘には、【赤馬庄鎮主 八所大明神 社頭洪鐘也】と刻まれている。
後小松天皇の慶永五年(西暦1394年)に奉納された、620年も前の鐘だ。
豊臣秀吉が持ち去ってから約70年後、黒田藩主が新たに鐘を鋳造させて奉納したが、明治初期の廃仏毀釈のため存置できなくなり、明治三年に売却するに至った。
その新鐘は、先の大東亜戦争の際に、金属供出のため失われることとなった。
その後、氏子の働きかけや厳島神社の理解もあり、元々の鐘が昭和59年に約400年ぶりに八所宮に戻されたのだ。
今は「平和の鐘」と名付けられている。
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ところが、氏子さんにお聞きしたところ、なんと厳島神社から返還するように言われているとのこと。
何故そのような話になるのか理解に苦しむところだが、きちんと説明いただいた。
豊臣秀吉は、八所宮氏子11カ村の命と引きかえに梵鐘を受け取ってこれを厳島神社に奉納するという約束があったとか。
即ち、「奪った」のではなく、「契約」によって正当に入手したともいえるのだ。
また、厳島神社の立場でいえば、奉納を受けたのであって、返還義務があるとまではいえないことになりそうだ。
さらに悪いことに、この鐘は、広島県の文化財に指定されているとのこと・・・
以上から、氏子さんいは今年の秋頃には厳島神社に戻さなければならない旨、説明をしているところということだ。

もともと八所宮の梵鐘であったことは間違いない。
厳島神社が400年前に奉納を受けたことも間違いない。
どちらにも言い分があり、理がある。
客観的な私見として、世界遺産たる厳島神社が、この鐘を八所宮に正式に返還する懐の深さを持ってもらえれば、丸く収まると考える。
双方が相手方の立場を理解し、どちらかにしなければならないのであれば、この結論が妥当だろう。
厳島神社が正当に奉納を受けた鐘であることを否定する気はない。
仮にこのような場合には元々の持ち主に返還しなければならないのであれば、大英博物館は多くの所蔵物を失うだろうし、世界中、もちろん日本でも多くの類似問題が生じるところである。
ただ一点異なる点は、現に元々の持ち主である八所宮に鐘が戻され、既に約30年も経過している点だ。
今更戻せと言われても、という気持ちが生じることも無理のない話しといえよう。

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八所宮。
旧県社。
神代七代の夫婦四代が御祭神。
非常に珍しい。
今後大きく栄える秘めた力を持っているように感じる。

・・・

岡湊神社(芦屋町)

偶然だったが、ちょうど奇木「なんじゃもんじゃ」満開の時期だった。

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「なんじゃもんじゃ」という木の存在すら知らなかった。
和名「ヒトツバダゴ」、モクセイ科。
神社境内に、対馬、岐阜、アメリカ等各地のなんじゃもんじゃが約200本もある。
なんじゃもんじゃ鑑賞の参拝客で賑わっていた。

林田宮司に伺った話によると、昭和4年に火事で社殿が燃えたそうだが、当時の社殿は現在の倍くらいあったとか。
戦後、芦屋町から境内を削られて町有地とされ、その後再建されたのが今の社殿とのこと。
気さくな宮司さんで、子供を非常に可愛がってくれた。

岡湊神社の前の道を挟んで宮司ご自宅がある。
この場所がすごい。
神仏分離で廃寺となった「千光院」があった場所で、ここに大蘇鉄がある。
日本三大蘇鉄の一つとか。

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天草四郎の島原の乱の際に、原城内にあった蘇鉄を黒田範士が持ち帰ってここに移植したものと伝えられている。
ところでこの千光院が廃寺になる直前の頃、ちょうど明治五年の学制発令をうけて、この千光院を仮校舎として芦屋小学校が開設された。
この地は、芦屋の小学校の原点でもあるのだ。

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林田宮司のおすすめで、近くの「寿司本家げんもん」にて食事した。
芦屋だから海の幸。
非常に良い感じだった。

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眼力稲荷大明神

2013-03-12 23:15:51 | 神社

25.3.11

やっと確定申告書を作成し、提出。

来年からもっと早く準備したい・・・と毎年思うだけだ。

さて、以前から確認していた「眼力稲荷大明神」を撮影。

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小職は、平成21年に福岡市中央区に鎮座する「すべての神社」を紹介する『福岡都心神社街道』を執筆した。

その後、黒門の淡嶋神社が漏れていたことが判明。

しかし昨年、もう一社、眼力稲荷大明神を偶然発見した。

それも弊所のすぐ近く、舞鶴に。

ちょうど不動産業関係者と一緒に歩いているときで、管理物件の近くらしく、昔から鎮座しているとのこと。

知らなかった。

さて3/11はカメラを持っていき撮影。

ちょうど拝んでいる方がいらっしゃったので、声をかけてみた。

「眼力稲荷という名称なので、やはり目の神様でしょうか?」

するとその方は、目の神様であること、霊験あらたかであること、その方自身白内障だったが毎日拝んでいたら病院に行かなくても治ったこと、今も毎日拝んでいること、等を説明してくれた。

すごい。

目に関してお悩みの方、眼力稲荷大明神に参拝されることをおすすめする。

神仏習合の名残か、「三唱 御真言 おんきりかくそわか」と書かれている。

参拝の際は、御真言を三回唱える必要がある。


宇奈岐日女神社

2013-03-04 00:34:54 | 神社

久しぶりに宇奈岐日女神社参拝。

おそらく昨年5月以来だ。

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宇奈岐日女神社は、式内社だ。

式内社とは、延喜式神名帳に記載された神社をいう。

この延喜式神名帳がまとめられたのが延長5年(927年)で、少なくとも1000年以上前から鎮座する神社だということになる。

福岡市内の式内社は、筥崎宮、志賀海神社、住吉神社の3社。

旧筑前國は、市内の3社を含めて11社鎮座する。

大分の旧豊後國は、現大分市内は西寒多神社1社。

他に宇奈岐日女神社、火男火売神社、早吸日女神社、建男霜凝日子神社が鎮座、計6社だ。

さて、宇奈岐日女神社、平成4年の台風でご神木が倒されてしまったばかりか、他にもたくさんの木が倒された。

そのため、翌年から植樹を受け付けている。

境内は、結構高木が多い。

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日本の最高神は、天照大神とされている。

古事記、日本書紀とも、尊い神として書かれていることは間違いない。

その一方で、無視できないのが高皇産霊神(高御産巣日神)だ。

初代天皇の神武天皇を孫に持つ神だが、その前に、古事記では天之御中主神に次いであらわれる神である(初代神武天皇の母の親)。

そして、又の名を高木神という。

おそらく高木には神が宿るという信仰があったのだろう。

神社は鎮守の杜ともいわれるが、木とは切っても切れない縁がある。

もし日本に神社がなかったら、まさしくそのことだけで日本ではなくなるのだが、少なくとも現在の各都市の都心部等に残された木々がなくなっていたことにもなるだろう。

宇奈岐日女神社の御祭神は六柱で、六所宮とも呼ばれる。

國常立尊、國狭槌尊、彦火火出見尊、彦波瀲武盧茲草葺不合尊、神倭磐余彦尊、神渟名川耳尊の六柱。

日本書紀では、順に、最初の神、その次の神、天孫降臨の御子(神武天皇の祖父)、その御子(神武天皇の父)、初代天皇神武天皇、第二代天皇綏靖天皇という極めて重要な神々だ。

この中に、高木神はない。

また、「宇奈岐日女」もない。

ちょっと興味深い神社だ。