日本経済の元気がない。
最近の労働関係のニュースは、雇用調整に関するものばかりである。
特に問題となっているのが、いわゆる非正規雇用である、契約社員、派遣社員、パート・アルバイト等の雇い止め(契約更新をしない)や解雇等である。
不況型の解雇は、専門用語では整理解雇という。
一般用語は、もちろんリストラ(リストラクチャリング)である。
整理解雇は、判例では、①経営不振による必要性、②解雇回避努力、③従業員との協議、④解雇対象者選定の合理性、が求められる。
しかし、一般的な中小企業(従業員数50名未満程度)においては、この②③④は極めて困難といえよう。
解雇回避努力について、一般によく実施されるのが希望退職者の募集である。
希望退職者募集では、優秀な人材ほど流出しやすい現実があり、かなり慎重に行う必要がある。
優秀な人材の流出は、その後の経営に深刻な影響を及ぼすことが明らかであり、経営基盤の立て直しがすすまないことにつながるからである。
従業員との協議について、協議するというよりも、説明するしかないのが現実である。
一般に、中小企業に従業員の主張を聞き入れるほどの余裕はない。
解雇対象者選定の合理性について、人員の絶対数が少ない中小企業においては、解雇対象者は経営側から見て不必要と考えられる従業員以外の選択肢はない。
このことを、第三者が見て合理的だと納得させるための根拠を示すことは、かなり困難である。
非正規雇用者が真っ先に狙われるのは、いわゆる正規雇用者(正社員等)を解雇するためには以上のような困難を乗り越える必要があることが原因である。
つまり、正社員のために犠牲にならざるを得ない立場にあるのである。
政府は、非正規雇用者をできる限り正規雇用にシフトしたいと考えているが、正規雇用した会社の将来のことは全く考えていない。
現行労働法の根底にあるのは、「雇用の維持継続」であり、雇ったら最後辞めさせられないという現実である。
会社として、簡単に正規雇用できないのは、労働法制が原因であることは明らかである。
会社が強くなければ、雇用は維持継続できないし、維持継続できたとしてもそれが必ずしも良いこととは考えられない。
まずは、会社が力をつけることが必要である。
そのためにも、国として労働法制によって会社を縛ることだけを考えるのではなく、会社の裁量権を強化する必要がある。
大学卒業して大企業に就職すれば一生安泰、という時代ではないはずである。
しかし、労働法制はますますこの雇用維持継続のために規制を強めてきている。
日本経済がここ一番で立ち上がれないのは、ここに問題があると考える。
ちなみに、最近よく労働分配率の話が出る。
企業は利益を出しているのに、従業員に還元していない、という話ばかりである。
還元できないのは、これも労働法が悪い。
なぜなら、うかつに昇給すると、簡単に降給できないような仕組みだからである。
即ち、利益が増えれば昇給し、減れば減給、という当然とも思える話のうち、「減れば減給」が簡単にできないから昇給も躊躇するのである。
また、セクハラ、パワハラ等のハラスメントの問題も、会社経営をややこしくしている。
セクハラやパワハラの被害者の主観、という客観的にわかりにくい基準で、会社に対して責任を問うしくみが問題である。
明確に使用者責任を問われるべき事案ならわかるが、セクハラやパワハラの大部分は加害者個人の性格に起因することが大きいのであり、社会人として個人責任をもっと追求すべきところと考える。
安易に会社に使用者責任を負わせることは、会社が雇用を嫌う原因となる。
それでも雇用せざるを得ないから、「切りやすい」非正規雇用に走ってしまうのである。
個人的に「権利」という言葉が大嫌いである。
権利には反対側に「義務」が存在するのであり、言葉としては正しく「権利と義務」と表現すべきである。
労働法は、使用者に義務を、労働者に権利を与えるだけで、極めて不均衡・不公平な法律である。
その歪みが、私たちの日本国をさらにおかしくしてしまいそうで、不安で仕方ない。