アマスポホームページ http://www.amsp.1583.com

アマスポは大阪堺市の町のスポーツのベンチャー的活動です。スポーツ経験のない人や楽しみでスポーツしたい人も参加できます。

卓球の合間にあれこれと…(2010.09.11土/記)

2010年09月11日 08時12分56秒 | Weblog
久しぶりに夕暮れ時の當麻寺うらの里山に行きました。山の木立の中はツクツクボウシの大合唱。こんな時間になってもこんなに多くが鳴くのか、と新しい発見でした。この日、卓球に来ている女性が「これからまた二上山のふもとを歩いて帰ります」といわれてたのでこちらもまたふらふらとやってきました。
卓球のゲームをしていた女性のみなさんが一息つくとあちらこちらにお話サークルが生まれます。しばらく顔を見せていない人のこともいろいろと細かいつながりがあるようで、休んでいる人にも変わりがないことや、近々復活される予定と知ってほっとしたりします。大人の、それも人生の大ベテランたちの卓球ともなると、表面的にはフォームがどうの、ラケットがどうの、とのお話しでも、ふとしたときに人それぞれにかもし出される雰囲気があり、うらやましくなったりします。これまでの人生経験がこんなところでこんな風に出るものなんだ、と思うと自信がなくなったりします。
アマスポ卓球はこんな風に今の時代にふさわしい交流の場として育ちました。その中に身を置いていると「やってきてよかったなあ」ときっかけとなった色々なことが思い浮かびます。こんどはこの楽しい交流の場をバレーボールでもつくれないかとやってみます。アマスポバレーは今でも結構楽しいとは思いますが、それでも生活環境や健康、体力、年令的にそこに参加したくても出来ない人たちもどこかにおられるはずで、そのような人たちが「こんなのがほしかったの」と感じていただけるような、そんななにかをつくれたらいいですね。
アマスポ卓球が卓球競技を超えた生活の一部にまで磨かれてきたように、今度始めるバレーボールの場も、いまは「アマスポレディース」といつて若いお母さんたちがミズスマシのように動き回るわが子たちの間を縫ってバレーを楽しんでおられますが、やがてここに真っ赤な口紅で化粧された白髪の女性や、きむずかしい顔つきの男性が真新しいシューズで参加されたり、障害と付き合いながらの人が少しずつ楽しみ方を発見されるような、そのような場にならないかなあ、と夢見ています。美原体育館でやってます。

テレビのニュース、空き家が増えて…(2010.09.03木/記)

2010年09月02日 08時13分57秒 | Weblog
都会に空き家が増えているとニュースで伝えていました。ご近所の方がインタビューされて「手入れがされないので草が生い茂り蚊も増えて、野良猫も増えて…」とみんな困っていることを訴えておられました。似たようなお話は身近なところにも多いようです。それを聞いていて「では手入れがされてきれいになったらどんな姿になるのだろうか」と想像してみたら、家は取れ壊してきれいに(?)整地し、フェンスで囲んで立ち入られないようにし、コンクリートで固めてムシ一匹いないようにする…、ああそれはすっきりしていいなあ、と思ったのですが、そのようなお家やそれならあちらこちらにいっぱいあるなあ、とも思い浮かびました。でもこの夏、コンクリートやアスファルトですきまもなく覆われた体育館の周りの広大な駐車場や広場の上で蒸し焼き状態にされてきたことを思い出すと、一概に喜べません。それよりも地面があって草が茂り、虫が鳴いて朝夕は涼しい、というのにも魅力がたっぷりです。
われわれはご先祖様が田畑を耕し懸命に働いてこられたので雑草や害虫との戦いの遺伝子的血筋を持っているので目の敵にします。しかし使えるムシは有効に使い、役立つ草も上手に利用していたのではないかとも思います。獣やムシ、草をすべて敵にまわしていては何百年も農耕は続けてはこられなかったはずです。すさみ町の里野でも放置された田んぼや畑は多かったのですが、その半数は刈り込まれた草地でした。そこは日照りの中でも靴底は熱くなく夜になると涼しのです。いま住んでいるここ浜寺船尾町の周りもむかしはこんな風だったなあ、なつかしく思い出しました。
手入れされ管理された美しさを求めるか、放置された自然の中でたくましく成長する草やムシに共感を覚えるか…、ふと、われら自身は野の草やムシか?それとも花壇の草花か?。体育館でゆかいな話しに笑いこけながら卓球する人たちの中に立っていたら、このにぎやかさは秋の里山の風景ではないか!草が茂り虫がなき、風が吹いて雲が流れて…。「里山卓球」、こんなのがいいなあ。
この秋から美原体育館をお借りして朝から夕まで里山卓球、里山バレー、の楽しさを追ってみます。