アマスポホームページ http://www.amsp.1583.com

アマスポは大阪堺市の町のスポーツのベンチャー的活動です。スポーツ経験のない人や楽しみでスポーツしたい人も参加できます。

先日の卓球大会で…(2009.10.30金/記)

2009年10月30日 07時27分17秒 | Weblog
この日、何年ぶりかで参加された女性が「すっかり変わってしまってるのでビックリです」となんども言ってられました。参加人数が増えていたことが雰囲気までまるで違ったものになっているように感じられたようです。おひさしぶりですね、と声をかけると「ええ、いろいろありまして…」と多くの方と同じ言葉が返ってきました。アマスポ大会のように月に何回もやっていると顔なじみになるだけでなく、家庭の事情や健康状態までも「情報の共有」がすすみ、ケガをした!っと聞くと「またアイツか?」という具合です。これまでにも大会の朝の初めに「どうも今日のアタシはおかしい…」と感じていた人が「あんた、今日はなんかおかしいよ…」とお友だちにもいわれ、中止して病院にいったら「早くきてよかったな」とお医者さんに言われ大事に至らなかった、ということもあります。
救急車を呼んで!というような事態にも脈をとったり呼びかけたり、家族の連絡取ったりいっしょに病院までいったり、その連係プレーは温かいものです。
一つのスポーツ活動がその練習や技術のつながりだけでなく、いろいろと人間関係の深まりを作り出すようにもなるのも中高年スポーツのいいところです。「大人のスポーツはこうでないとね」という声が聞こえてきそうです。スポーツでただ汗かいてるだけではヤボなのかもしれませんね。

シンブン、今日発送します(2009.10.28水/記)

2009年10月28日 07時06分40秒 | Weblog
忙しさにかまけてシンブンはサボっていました。10月号はほぼ出来上がっていたのに印刷、発送の時間が気分的につくれなかったのでした。だから11月号とあわせて本日夕方、卓球大会が終わってから発送に走ります。
月曜日、卓球の練習風景を遠目に見ながら柱の角でかゆい背中をかいていたら、それを見て女性から笑われました。そして女性は猫の手の格好をしながら「ワタシがね、ウチのおとう(夫)さんに背中掻いてというたらね、オレがこないしとくからオマエ、背中動かせって言うんよ」とカラカラと笑われました。仲がいいんですね。○○さ~ん試合よ~、と呼ばれて小走りにいかれました。
先週、吉野の木陰の参道を歩いていたら焼き物のお店にお地蔵さん風のお人形があって、お店の奥に声をかけたら誰もいない風です。目を凝らしてのぞいてみたら車椅子の人がいる気配。店先まで下りるのは難儀だろうと思って去りかけたら「失礼いたしました」と女性がでて来られました。これを、と包んでもらったのですが手渡しながら「いいのを選ばれましたね、これを作られたのは一番の先生なんですよ」とにっこり。「どこにつれて帰ってもらえるのですか、堺ですか…よかったねえ」とも。
健康でオモテにでて活躍できる人たちの影にも多くの家族やご近所がおられます。その方たちも「どうぞご一緒に」と仲間に加わっていただけるような、何かが作れないでしょう。シンブンを折りながらいつも思います。

アマスポ卓球・臨海練習会(2009.10.19月/臨海スポーツセンター体育館)

2009年10月20日 06時57分19秒 | Weblog
参加は97人、さすがにきょう20日(火)が臨海大会なので少なめでした。しかし顔ぶれを良く見ると久しぶりの参加の人も多く、たくさんあるアマスポ卓球日の中からご自分が参加しやすい日を選んでおられるのが分かります。「アマスポは毎日どこかであって、自分はその中から選べるのが最高」というわけです。
この日の臨海のゲームは盛り上がりました。その日その日で注目の人がいて、その人のゲームは見ていても楽しいし勉強にもなるからです。いいプレーには歓声が上り拍手が送られていました。こういう雰囲気になってくると単に自分の腕を磨くだけでなくギャラリーも意識した毎日になるわけで、これがその人の精進につながればますますは充実した日常になるのでしょうね。
テレビで見るゴルフのイシカワ君には多くの見学者がついて回っていますが、かつてはわれわれ街中のスポーツ大会でも決勝戦ともなるとコートの周りは黒山の人だかりとなっていたものです。見てくれる人がいるから緊張もし、技術レベルも上がりマナーも良くなります。「見てもらう」という角度でのスポーツ大会をもっと意識すべきでしょうね。堺市のオリンピックのバレーの部も土のコートを嫌う人が多くて体育館ゲームになってしまいましたが、見てもらう、という意味では盛り上がりは半減したことでしょう。イシカワ君がドームでプレーすることを想像してみたら…。
よくあることですが、家族が病気になったのでしばらく大会には参加できません、という人も「練習会なら少しの時間にできるので」と笑顔になられます。こんな悩みを抱えた人たちがいい汗かいて、いいプレーを見て、さぁつぎは病人のお世話にがんばろう!となればいい世の中になっていくでしょうね。これから臨海スポーツセンターです。100人超のみなさんがこられます。

アマスポ活動、この1週間(2009.10.19月/記)

2009年10月19日 06時41分56秒 | Weblog
アマスポのシゴト能力を超えるほどの印刷のご注文をいただき、夏からの4ヶ月ほどは張り合いのあるものでした。このヤマもあとはご納品するだけ、という段階になり本来のアマスポ活動に戻れます。いいかえれば会社などでいう「受注残」がなくなったということでシゴトとしてはよろこんではいられないのですが、トラブルや失敗はあったもののとにかくほっとしました。
17日のアマスポ卓球・クラス別大会はことし2回目の土曜日開催でしたが、100人超の参加があり日曜日大会とさほど変わりはなく、日曜日の体育館が取れないときには土曜日に楽しむ、ということも可能だとなれば大会の開催が楽になります。きのう18日の日曜日は美原体育館でアマスポ・バレーボール大会。不参加もなくて午前12チーム、午後12チームが楽しみました。なかでも「ことしはじめて勝った!」というチームも2チームあり「つづけてきてよかったね」と声をかけたら「ほんとにそうです、これからもがんばります」と笑顔が返ってきました。
この日曜日の夜はつづけて「アマスポ・ファミリー」行事として4人バレーやバスケを9時までしましたが、バレーには15,6人、バスケにも7,8人と少しずつにぎやかになってきています。バレーは「4人バレー」でソフトバレーコートで、しかしボールはママバレーと同じボールでプレーするので、スピード感は劣らず、しかし大きなコートでするよりボールに触れる回数は2,3倍多くなるのでみんな汗かいてました。手軽にバレーのゲーム練習ができるので発展していくのではないでしょうか。
アマスポ卓球の練習リーグの参加者も臨海海体育館は100人、はびきのコロセアムが50人、美原体育館が25人平均です。おもしろいのはそれぞれの会場の雰囲気は異なっていることで、これからが楽しみです。美原体育館での平日朝からの「アマスポレディース」も20人前後の参加になったので「ゲーム練習会」という、大会と練習との中間の行事が生まれつつあるようです。
このにぎやかな活動の裏ではメンバーの新陳代謝も確実に進行しており、実力派のベテランといえどもいまはいまなりの努力をつまないとすぐに置いてきぼりにされかねない雰囲気です。体力トレーニングはいうに及びませんが、それだけでは不十分で周りの人たちに新しい刺激を与えられる自分、として勉強も必要です。
アマスポ活動はそろそろ来年度の行事を頭の片すみでは考える季節となりました。ビワのつぼみが頭を出したように…。

アマスポ・ママバレーオープン大会(2009.10.11日/美原BG体育館)

2009年10月13日 06時48分05秒 | Weblog
この日は堺市のスポーツイベントの前日とあってアマスポへの参加はチームは午前中の6チームだけ。チーム数こそ少なかったですが内容的には盛り上がりがありました。Aクラスでは新規チームが新鮮で元気。それでも勝てなかったのですがそれ以上のチームがいたということです。午後からはコートをあけておき4人バレーの大会にしました。コート3面に6チームの参加、総当りのリーグ戦をしました。朝からバレーしていたメンバーもいたのでかなりハードだったようです。4人からあぶれたメンバーもコートに入って5人バレーにもしましたが、フォーメーション的には5人の形が良く、さらにもっと上手になりーれば「6人対6人」が見せるバレーとしても面白くなる、と読んでるのですが、いま提案しても「4人がいい」としかいってもらえません。
天気もよくバレーも楽しかったのですが、アマスポ印刷のシゴトではほっとしたのもつかの間、とんでもないミスが見つかったり印刷直前で機械が故障したり、で冷や汗あぶら汗でした。しかし休日なのにたまたま技術屋さんが出勤されていて修理してもらえたり、ミスを修復できる方法が見つかったりしてなんとか乗り切れそうです。
祝日の12日は臨海スポーツセンターでのアマスポ卓球オープン大会でしたが、アタマの中は印刷シゴトのことでいっぱいで人から見るとさぞおかしな顔をしていたのではないかと思います。こんな風の「シャチョウ」をよそに卓球大会は前回より30人ほど少なくて程よい人数、ペア戦では2シングルにしたので4時半までかかりましたが、こちらもなかなか見ることができないようなゲームが楽しめました。
そして今日13日はアマスポ・バドミントン大会で臨海スポーツセンターです。こちらもこれまで参加が途絶えていたチームが復活するなど、新しい風が吹きそうな感じです。
「毎日やれることがあるということはしあわせでんな」。卓球の合間に話に来てくれた男性の言葉です。「それにだんだんできんかったことができるようになりまっしゃろ?それがうれしいんですワ」。帰り道々「この3年間に自分は何かできるようになったかなあ」と考えていました。じかんです、いってきます。

35周年記念誌の発行(2009.10.08木/記)

2009年10月08日 21時58分04秒 | Weblog
記念誌の発行といってもアマスポ活動のそれではありません。堺市に本部を置く山岳愛好の会が発行されたもので、隔月発行される会報の印刷仕事をアマスポが承っているのですが今月はそれにプラス35周年記念誌の発行なのです。その会報の印刷をお受けしてから30年になります。当時の会長さんは名のある方で、その方が何を勘違いされたか「自分の会の会報を印刷してくれ」と頼まれたのです。こちらがミニコミ新聞などを発行していたので専門家と見られてしまったのですが、「やってみます」とはいったものの人名地名歴史的な用語をちりばめた原稿にてこずりました。当時印刷業をしていた友人もその原稿を見て「印刷やなら引き受けないだろうな」というすまして言ったものでした。
記念誌の古参役員の原稿には、役員の人間関係のトラブルのことも懐かしく書かれていますが、それには「トラブルも次の40周年、50周年を迎えんが為のもの」とありました。
その会も今の編集ご担当の方は5人目、多くは故人になられたのですが、アマスポの製作担当もやめていったりして3人目で、アマスポ活動も35年になりました。ご多分に漏れずアマスポ新聞の活動も外づらの受けの良さとは別にウチワではトラブルの連続でした。資金稼ぎの苦心、何年続くのか分からない取材活動、そして何処に向かっているのか確信すら持てない活動でしたから無理もありません。当時の人たちはいまでも「もう二度としたくない」というのが実感でしょう。それでもいまだに活動が続いているのは辞めたくてもやめられなかった人が残って作り続けたから、ただそれだけでしょう。シンブンそのものは時代とともに変化していき、取材活動などもなくなってしまいましたが、それはペーパーでなくなっただけで活動は生き続けているのでは?と思っています。
山の会の皆さんが何時迄続けられるのか知る由もありませんが、アマスポ活動も多分続いていくのでしょう。やめようとも思わず、しかし絶対に続ける、と気張ったりもせず、人の寿命と同じで結果としてここまで来た、というのでいいのだと思います。シンブンは近々違った形で復活するような漠然とした予感があるので楽しみでもあります。とにもかくにも35年間つづきました。苦しみぬいた当時のメンバーとはいまだに感慨にふけるというような気分にはなれませんが、これもまだまだ活動は元気という証なのだと思っています。
記念誌は無事出来上がり来週ご納品です。このあと会報の作成、中学生活動の冊子の印刷と続きますが、アマスポ大会をやりながらの6月末から続いたこの忙しさもやっと視界が開けてきて峠が見えて来たというところです。もうすこしの間のがんばりです。