アマスポホームページ http://www.amsp.1583.com

アマスポは大阪堺市の町のスポーツのベンチャー的活動です。スポーツ経験のない人や楽しみでスポーツしたい人も参加できます。

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アマスポ行事、9連続も今日の美原卓球で一息です

2011年11月29日 07時03分14秒 | Weblog
あさ、犬を連れて公園に行くとエサやる人のところにはとが群れています。はとたちは毎朝毎朝いの一番に食べる事を考えないといけないのだなあ、と思うと生きていくというのは大変なことなんだ、と他人事のように思っていたら、わが人間様も同じではないか!。それも三度三度食べなければいけないのだ、それを思うと恐怖感すら浮かぶね、とわかった風な事を話したら「それもいうなら三度三度作らないといけないこともいってよ」とぴしゃりとやられた。
そうだなあ…スポーツしているその片隅で今夜の食事の用意に思い致す女性がどれだけおられたか。それにくらべたら食べる恐怖なんてチャンチャラおかしいもんです。
さて先週月曜日から続いていたアマスポ行事も9回めの今日で終わり、明日は何もない(…はず)のです。しかしあたまのなかは来年度の体育館の予約のことなどでいっぱい。なんとかうまくいけばいいのですが…。アマスポ活動も行事竹ですめばいいのですが、あれもこれもと欲張っているのでおわってからもいろいろとあるのです。行事がマダ少なかった頃はそれのない日に片付けていたのですが、それができなくなりました。そこで出先の体育館でシンブン作ったりもできないかと考えているのですが、みなさんとのお話も多いのでなかなかです。
そろそろ時間です。今日はどんな出来事が待っているのか、そろそろ出発の準備をします。

バレーボール、ヤマカワセンセのこと

2011年11月11日 07時07分15秒 | Weblog
自分にバレーボールのコーチの道を与えてくださった高校バレー・サカイショーのヤマカワセンセが亡くなられて一年が過ぎました。初盆も一周忌も何事もなかったように過ぎ去り不義理なことこの上ありませんが、自分はその日も今もバレーボールの場にいることで許していただこうかな、とムシのいいこと考えています。
当時(50年前ですが)サカイショのバレー部は市民大会クラスでした。それでもセンセは練習日誌を付けさせて、試合ではスコアブックをつけて一人一人のプレーを集計して教えておられました。今のアマスポバレー大会でつけているスコア用紙は、センセが市販のスコアブックは集計がしにくい、と改良されたものを少し簡素にしたものです。
パスはバレーの言葉、トスは距離より高さ、レシーブは一歩前進二歩後退、アタッカーのミスは(ポイントの)2割以内、などなどバレー経験はなかったといわれるセンセでしたが、バレーのポイントを的確につかんで教えておられました。一歩前進…ではそう覚えた生徒が公の場で語ったところ「それは一歩後退二歩前進でしょ」とたしなめられたなどの笑い話もありました。
男子バレー部が国体に出ることになって部歌をつくることになり、では女子も、と部旗をつくるといわれました。「センセ、武器で相手を倒すんですね!」。近畿大会がやっとという実力なのに練習日誌には「インターハイ優勝!」などの目標が書かれていた頃のお話しです。
東京オリンピックにダイマツ監督の日本が6人制で出る、ということになって高校も6人制に変ることになりました。当時のサカイショはエースが155センチ、全国覇者の大阪のシテンノージはチュウセンが165センチというぐらいの開きがあったのです。そこにネットが高くボールも大きな6人制バレーになる…、多くの弱いチームのカントクさんは「ウチはもうあかんわ」と投げられる中、よそのチームもアタックの威力は落ちるのやからレシーブを鍛えたらチャンスはある、と見抜かれたところは流石でした。以来サカイショの練習はレシーブオンリー。もっとも打たせ期待できる選手は代々いなかったのですが…。そしてとうとうインターハイまでいってしまったのですから…。インターハイの会場はマグロの中にカツオが紛れ込んだようなもので楽しくはなかったのですが、その頃の選手が今もコートに立って一緒にアマスポの事を考えてられるのは、月並みですがセンセのおかげです。
さて自分はいまもバレーボールの場にいるとは言っても対象はママさん、多くの人が妻として、母として、働く人としての一国一城の主として逞しい人達、尋常なことではコーチするなんておこがましいことは許してもらえません。かといってレクリーションバレーでおわらせるのはもったいない。さてどうしたらいいのか。
センセ、この人達のインターハイってどんなものになるんでしょうか…。

アマスポ卓球で消防訓練!?

2011年11月08日 07時05分19秒 | Weblog
昨日はアマスポ卓球の臨海スポーツセンターでの練習大会。その午後、館の消防訓練がありました。先週のこの日に消防訓練をするのでよかったら避難訓練に参加してほしい旨のお話しがありました。とはいうものの館にとってもアマスポにしても卓球に来ている皆さんはいわばお客さん、無理に参加してほしいとは言えません。一応身近な人にお願いしておきました。
さてその時間になりました。訓練する旨のアナウンスがあって、そのあと警報サイレンが鳴り響いて…、そうしたら卓球ゲーム中の100人ほどの全員がゲームをやめて訓練に参加してくれました。お見事お見事!ただひとり荷物番としてフロアに残りましたが、バッグもラケットもそのままのその光景もまた始めてみるもので新鮮でした。
やがてまたガヤガヤと話し声が聞こえてきて「おわったよ、さあやろか」で何にもなかったように再会しました。
アマスポ卓球はいいサークルだなあ、誰がリーダーでもないのになんだかよくまとまって。
そういえば先日も他の体育館で警報サイレンが鳴り響き「火事です、火事です、避難して下さい、ピーポーウーウー」とすさまじい音が鳴り響きました。こちらは訓練ではなかったのですが、フロアの火災報知機のカバーが落ちていたので、ボタンにボールが当ったらしいのでした。このときも一時はゲームが中断しましたが誤作動とわかって、警報サイレンの中でゲーム再開でした。バレーボールの大会だったのでそれでなくてもゲームではホイッスルがなり大声を出すスポーツだったのがよかったのかもしれません。
思わぬところでそのまとまりぶりが発見できて感激でした。今日はこれからバドミントン大会、12チームの参加で沢山ゲームをします。またサイレン鳴るかな?

ダイヤモンドトレイルはどっちでしょうか…

2011年11月05日 21時07分13秒 | Weblog
今日は土曜日、アマスポ行事の何もない日です。新聞の発送は昨日済ませたし、明日の日曜日はアマスポバレーのオープン大会なので準備もほとんどすみました。そこで久しぶりに少し歩きに行きましょう、雨の午後から走りました。
ここに、という絶対的なあてはなかったのですが、雨の夕刻なら明日香の里も人影は少ないだろうから竹之内峠に向かいました。駐車場付近まで来ると「そうだ!雨の二上山もいいなあ」と気が変わって駐車場へ。100台ぐらいのスペースに先客は3台、雨のそぼ降る散策道を登れるところまで行こうと歩きました。
やはり誰にも合いません。まだ明るいとはいえ2月のイノシシが思い出されて用心しておこうと、買って持っていたカスタネットをカチカチと鳴らしながらゆっくりと登りました。あとすこしだけ、あとあそこまで、となだらかになった分岐点で「あと少しなんだがなあ、でも帰りが暗くなっては」と戻ることに決めました。
するとそこに同年輩の男性二人が登ってきたではありませんか。ひとりは傘を差して、もう一人は河童を着込んで。軽く会釈をしてやり過ごしましたんですが、こうなると自分だけ降りていくのはなんだか消化不良。遅れて登ることにしました。
しかしもう前にはお二人の姿はありません。馬の背近くまで来て「雌岳までいったんだろうなあ、でも自分はここまで」と決めたとき上から声が聞こえます。仕方なしにそこまで歩きました。また軽く会釈をして一服しているとお二人は祐泉寺のほうに下っていかれます。どうやら下見の様子でした。
一人だけ取り残されたような気分で下りかけたらずっと下のほうにまた一人。こちらは登ってくる気配はなく、さりとて降りていくでもなし。そばまで行くとどうやら磁石で方角を確かめておられる。ハリが見えにくいのか手で隠したり向きを変えたりしてられるので、小さく挨拶して過ぎようとしたら「ダイヤモンドとレールはどっちでしょうか」とたずねられる。教えるほどの知識はなかったのですが、今立ってるこの道がそれそのものではないか、という表情をしたのだと思う。そしたら「そのスタート方角はどっちでしたか」。
瞬間、あっそれなら2月に迷ったので知ってる!。近鉄の何とか駅の…、ああドンズルボウのほうですね、そうです、それならもう少し上って左に曲がれば…、と別れたのですがしばらくしてから、この時間からお一人で大丈夫かなあ、あの恐怖のイノシシ谷の方向とは違うにしても心配です。
お互い、もう年寄りの冷や水はやめなければいけません。反省です。

バレーボール、メンバー不足をどうしましょう…

2011年11月03日 08時33分56秒 | Weblog
ことしもまたアマスポスタッフで作ってきたバレーボールチームを存続するかどうか、主力メンバーは迷っているようです。根本はチームスポーツに共通の難題、メンバー不足。これまでも何度も書いてきた問題です。
バレーボールは試合をするには9人がそろわないといけません。アマスポ大会はこのバレーボールの障壁を低くするために6,7人でもゲーム出来るよう、さらに他のチームからのメンバー応援もオーケーにしてはいますが、それでも数人は自チームのメンバーは欲しいところです。それで仲間集めをするのですがその殆んどが他のチームのメンバーになっているので、いわゆるカケモチです。だから肝心の試合日に当てに出来ないことも多いのです。
昔ながらの考え方ではカケモチなんてもってのほか、よそのチームの練習に参加するなんて…、となりますが、でももう年齢・体力、生活環境がそれを許してくれません。それにいくらチームの仲間だとはいっても休んだりするときの理由までみんなに話すことには抵抗のある場合もあります。しかしその理由が「ちょっと…」ではなんだかしっくりいきません。要は一人二人が休んだりしても困らないほどの人数がいれば、こまかいことまでほじくらないですむわけです。
こんな困難を乗り越えようと「ひとりで参加できるチームスポーツ」の考えではじめたのがアマスポ活動の原点となった「金曜バレー」だったといえます。その日その時間にバレーをやりたい人が集って楽しめる場、いまも基本的にはこの考え、方法は便利で求められていると思います。当時は意識してなかったのですが、かなり時代の先端を歩んでいたのですね。
ただ、いまの問題はその費用負担とお世話する人の役割分担でしょう。それに自分のことしか頭にない自己本位の勝手気ままな人(ほんとうはそれを非難している自分自身もそうなのですが…)の存在で、それも活動に支障が出ないような形がつくれれば問題解決です。

出来る人と出来ない人が助け合って相手チームに勝利する、というのがチーム競技の醍醐味ですが、できる人ができない人を非難ばかりしてつぶれる、というチームもたくさん見かけます。さてスタッフチームはどちらの道に進むのでしょう。

アマスポ活動、そろそろ来年の準備です

2011年11月01日 20時56分17秒 | Weblog
あっという間に今年ももう11月、来年度の行事プランを具体的に立てなければなりません。とはいうものの、アマスポ活動のような大きな組織のバックアップも何も無い活動は、事前に行事プランを立ててそれによって体育館を申請して…などというのは夢のまた夢、現実には体育館が借りられることが決まってからプランを立てるのです。
10年程前には利用の申請をするときに、何をしようとするのか「例えば卓球大会をします」などと具体的な申請をしなければならなかったのです。それぐらいは当然としてもその後の内容変更は認めない、ということでしたから理不尽なものでした。大きな団体のそれは団体そのものが行う種目が決まっていますから、アマスポ活動のような悩みはないようでしたが、アマスポは総合的なスポーツ活動でしたから中々理解してもらえませんでした。しかし今はそれももう昔話しです。
最近はそれよりももっと難しくなってきて、体育館の利用希望が多くなってきて一つの団体で借りられる日数が大きく制限されてきています。これも市民スポーツのあり方としては、強力な団体に利用が独占されないためには必要なことと理解できます。
しかしその背景には体育館を管理する団体・企業が自主事業といって優先的に使う割合が増えてきた結果も大きいのです。この傾向が更に強まると業者・団体の行うスポーツ教室に入らないとスポーツが出来ない、ということにならないか。アマスポのような単独なスポーツ活動は息の根を止められてしまうのではないか、そんな心配をしています。
こうした状況からアマスポ活動は、卓球活動を中心に数年前からそうなった場合でも活動が続けられるように、これまでの年間大会に加えて「日常活動」的な卓球練習会を増やしてきています。そしてその会場である体育館もスタッフの人数と体力、気力の許す範囲で大きく広げてみています。現在は資金面の苦しさを除けば概ね好評で、新しいタイプのスポーツ活動としてやっていけるのではないか、そんな感触を得ています。
アマスポ活動はその宣伝方法も典型的な口コミで、PRにお金を使えない分、資金的に軌道に乗るまでに時間がかかります。おおむね3年間はかかりますから、それまで資金が持ちこたえられるかが勝負です。お金のことは大変重要なことではありますが、それにあまり神経質になれば楽しいはずのスポーツ雰囲気が台無しになってしまいます。ですからいつもニコニコとして、そして冷や汗をかいています。
さあ、今年もいよいよ来年の準備です。どこまでやれるか、どこまで続くか、アマスポファンの皆さんとご一緒にスリルを楽しみましょう。