アマスポホームページ http://www.amsp1583.com

アマスポは大阪堺市の町のスポーツのベンチャー的活動です。スポーツ経験のない人や楽しみでスポーツしたい人も参加できます。

アマスポ行事のない日は…(2010.02.28日/記す)

2010年02月28日 07時17分33秒 | Weblog
土曜日は麻から夜までアマスポ行事のない日!数日前からあれもしてこれもして…とてぐすね引いていたのに、行事関係の用具作りなどは全くやる気が出ないで没。ベランダの金魚の水かえしたり、水の中で新芽を出しだしたキショウブを移し変えて、昼ごはん後のうたた寝から覚めたら外に出たくなって走り出しました。26の葛葉から北野田、309から水越を越えて大淀へ、吉野にはサクラで騒々しくなる前に親しい人達と来てみたいので素通り。この辺りから飛鳥に抜ける予定でしたが、知らない道に入り込んで怪しくなりました。里山の道、といつてもきれいなアスファルト道ですが突然キジが飛び出してきました。尾がピンと長いオスでした。記事を見られただけで今日は収穫があったと満足して、ちょっと畦道で御用!を済ませてから車に乗ったらメールです。「バレーの練習日をどうしましょう」、ああ現実が戻ってきました。日程のやりくりをメール交換してその足で体育館に走り、ドタバタと決めました。メールのやり取り中に気配を察知されて「いまどこにいてるのですか?」。この性分、治らないですねえ。でもいまやってることいろいろ考えて、それから出来そうもないことも考えて、それからわが家に戻ってあしたの準備。帰ってみたら水替えのキンギョはまだバケツに移したままでした。「ユウ!キンギョを移してくれと言ってたのに…」とマゴにぼやいて一日のおしまい。
これから初芝体育館です。22台しかないのに140人で7ゲーム、時間が心配で、どうか欠席が沢山ありますように…。

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オリンピックが気がかりで…(2010.02.27土/記す)

2010年02月27日 07時32分29秒 | Weblog
きのうのはびきのコロセアムでの卓球練習会は39人と少なく、おまけに来ている人たちも「1ゲームしたらあとは休憩したい」とか「ちょっとだけタイム」とかと落ち着きがありません。オリンピックの実況が気がかりでロビーにある大きなテレビのところまで小走りにいっては帰ってきます。そのうち「あかん!2位や」と叫んでからはこちらのゲームに集中されていたようです。
ひとりの女性が「こんな大会に誘われてたのやけど、わたしらには合わないからいかなかったの」とその大会のパンフをいただきました。ページをめくるとアマスポ大会初期に通っていた人たちがすっかり強くなられたのか、上のクラスにランクされていたりします。アマスポのようなスポーツ活動はみんなの身の丈に合った内容が求められているようで、三度の食事のようにアキがこないでしかも毎度新鮮でなければならないのでしょうね。円熟したベテランに混じって、緊張でぎこちない初心者の人が懸命にプレーする光景は三世代、四世代が混じっての食卓を連想されます。たっぷり汗かいた女性の「よし、さっぱりした。これでまた帰ってから年寄りの世話する元気が出た!」ということばはうれしいですね。
バレーやバドミントンの人たちはまだまだ人生の現役が多くて、コートの片すみで語られる話しも「あの子、こんどもオンナの子らしいよ」とか「そろそろ復活と思ってたのにまたしばらくお預けです」などと明るいです。
お世話するこちらはこんな人たちに混じってこれから進む方角をみつめるのですが、それがはっきりと見えないのですよねえ。それよりもまず明日の準備、という毎日です。

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ワビスケの花が…(2010.02.24水/朝記す)

2010年02月24日 07時27分42秒 | Weblog
母が植えていたツバキがこの冬は早くからつぼみをつけていました。ワビスケとかいう種類なのですが、白い単の花をうつむき加減つける、その控えめなところを母は好きだったようです。そのわびすけがことしはもういくつか咲きました。ヤマツバキ(ヤブツバキ)の真紅ですらまだ咲いていないというのに、です。
その一枝が家族がよく通るところに伸びてきて、その先にもつぼみが一つ。孫たちの出入りがはげしいので、今にも落とされそうで、それならいっそ母の仏前にでも添えようかと話してますが切るのにもためらいがあります。
雑然としたわが家の庭にもご近所のそこにもよく見ると、まだまだ春の主役たちが控えているようです。ハナニラの葉は女性の豊な髪を連想させますし車のわだちのあとに芽生えている草のみずみずしさひとつにも愛着が感じられます。もうすぐ春なのですね。
こんな草花をしゃがんで眺めているといろんな人たちを思い浮かべます。逢いたくてももう会えなくなってしまった人、この間倒れられて入院されてる方、あしたの会場にやってこられるであろう人たち、元気な人も立ち直ろうとしている人も、みんなこの狭い土の庭の草花と一緒で、春の出番を待っているかのようです。
さて今日の一日、どんな人たちに会えてなんのお話がきけるのか、赤みが出てきたヤマツバキにでも聞いてみますか…。今日は美原体育館です。


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電車を乗り越してしまって…(2010.02.20土/記す)

2010年02月20日 21時46分55秒 | Weblog
お人に会う約束があって、久しぶりにナンバまで出かけました。木曜日の朝9時、諏訪ノ森から電車に乗り堺駅で急行に乗り換えたのですが朝のラッシュの余韻がまだ残っていて、押されるように中に入り、やっと立つ位置の足元が定まったとき背中を押されて振り返ると、お年はやや先輩風の女性。杖をついておられたので窓の見えるほうに手招いたのですが、そのとき座っていたラテン系の青年がにっこり笑って席を譲りました。笑顔でお礼が交わされて、それだけだったのですが、ふと見るとその女性のとなりは5年生ぐらいのおとこの子が座っていたのですが、顔を横に向けたままかたくなな様子です。やがて天下茶屋で青年が降り、ついで女性も降りて、そしたらおとこのこになにやらほっとした表情が浮かびました。横にはお母さんが立っておられたらしく小声で一言二言交わして降りていきました。青年があまりにも手際よく席を譲ってしまったので、その子は譲るタイミングを失ってバツが悪かったのかもしれません。
お人との用件の向きは、お世話されている山の会のメンバーが少なくなってしまい、会報の印刷代が赤字続きなのでいいアイデアはないものでしょうか、というものでした。あちらさんもこちらも活動を始めて35年、よくも続いたものですがだからといってこの先も油断はなりませんから他人事ではなかったのです。会報発行も続けないといけない、とのことだったので「このような方法はいかがでしょうか?」ということで分かれました。どうなされるのか心配したらキリがありませんが、まあなんとかなっていくでしょう。
ブタマンとシュウマイを孫たちに買って急行に乗ったのですが、アレコレ考えていたら窓の外はいつもと違う風景です。諏訪ノ森のふた駅向こうの羽衣駅で降り、乗り越しの50円を払って、さてまた電車に乗るのも釈然としないので「歩いてみよう」。背中にお昼前の太陽をいっぱい浴びて歩きました。これからあの山の会はどうされるのだろうか、いや、そんなことよりこのアマスポ活動はこのあと誰がどんな風に引き継いでいくのだろうか、と考えていたら不安や心配よりも映画を見ているようで、次の場面を見てみたいような不思議な気分でした。われらの活動は商売でも事業でもないのですからアマチュアのそれは赤字や悲観的な状態も楽しむ気分が大切なんだ、と自分に言い聞かせてやりました。あしたはママバレーの大会、久しぶりの家原大池体育館ですが、来年度はこの体育館では一度もできません、お別れ気分になってしまいそうです。

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