アマスポホームページ http://www.amsp.1583.com

アマスポは大阪堺市の町のスポーツのベンチャー的活動です。スポーツ経験のない人や楽しみでスポーツしたい人も参加できます。

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大相撲の野球賭博、ホントに知らなかった?(2010.06.29火/記)

2010年06月29日 07時03分44秒 | Weblog
週刊誌で報道されてからすったもんだの挙句、どうしても世間の目から隠せない人たちには犠牲になってもらって、あとは何とかへ理屈をつけてこれまでどおり「国技」としてやっていく道筋ができたようですね。この手の不祥事対策の反省は「なんで世間にばれるようなまずいことをしたんだ!」というのが本質ではないのかなあ、と思います。ホントにコトミツキさんらホンの数人の人たちだけが悪いのか?、周りの偉い人たち、ケイサツの人、テレビやシンブンの人たちはこれまで何にも知らなかったのだろうか?。
いまも確か大相撲解説の大御所として存在されていると思う、NHKのアナウンサーだった人が「この社会はNHKといえども初めての人が行っては取材できない特殊なところ」とかつて語っておられました。だとしたらこんな知られたくないいろいろの裏面も知っておられたのではないか?。逆にNHKという巨大な組織も、シンブン社の人たちも、知らないふりしてたからこそ何年も報道を続けてこられたのではないか。われら凡人のアタマは混乱するばかりです。知らなかったはずの私たちも、詳しくは知らない程度だし、アッシは関係してまへん、というのがホンマのことでしょう。
ま、おカネのことで身を引いた国の偉い人たちも「今後はこんなことしません」とは言っていないし、ながめている私たちも、そんなことしないでやっていけるとは思ってはいないのですからオトナの世界は複雑です。
ふとわれに返ってみると、私たちの小さな活動の中にも似たようなことは沢山あり、そのほとんどは見て見ぬ振りですましてるわけで、こんな世間があるからオスモウさんもセイジカさんも生活していけてるのかなあ、と、ここはアイマイ語で書いておくのが無難かなあ、と。
でもここは捨てておいてはなりません。知らん振りしていたら自分の借金はなくてもいつのまにかクニの連帯保証人にされていておおきな責任を背負わされてしまい、悪事を許可してしまうことになってしまいます。マゴのためにもがんばらなくっちゃ!。
大きなことはできないからまずは身近な私たちの活動の中からマナーの悪い人、エゴな行こないをする人、何にも手伝おうとはしない人、そんな人たちが存在しにくい活動にしていきましょうか。

体調を崩した一日のスキに…(2010.06.28月/記)

2010年06月28日 07時01分34秒 | Weblog
わたくしごとで、しかも体調を崩すという無様な失態はつつしんで「秘」扱い事項ですが、そのたった一日、金魚の水換えをサボって可愛らしいのが一匹を残して全滅してしまいました。人間で言えば小学生4,5年生ぐらいの三尾和金やコメットでした。8匹を小さな水槽に入れてたのですが大きくなってきてそろそろ限界だな…と水槽を買ってきてもいたのに一日の手抜かりでした。
でも不思議なのは8匹のうち7匹が粉をまぶしたようになって死んだり虫の息だったのに、朱分錦の一匹だけは無傷、以前にも4匹のクラウンローチが3匹がダウンしたのに一匹だけが生き残りました。われわれも含めて生き物の世界はこんな風な試練を受けながら、それを逃れた幸運、強い体質なのがあとをついできたのだなあ、自分の手抜かりを棚に上げて感心したりしてました。
その数日間にもアマスポ活動は何回かあったのですが、こちらも参加した人たちといっしょにスタッフ二人できりもりをしてくれました。足が痛くてうなりながらもその報告を聞かせてもらって「そうだ、こうなっていかないと続けられないのだ」と少し灯りが見えてきました。わが身のコントロール一つできなくては失格です。反省!
今日はこれから臨海スポーツセンターで卓球です。扇風機が2台持ち込みます。

バレーボール、平日ゲームをやってみたい(2010.06.21月/記)

2010年06月21日 07時19分21秒 | Weblog
むずかしいバレーボールというスポーツをもっと簡単にできるようにしてあげるには?。こんなテーマに昔のコーチ経験を思い出して「4人バレー」をやっていますが、これはいわば狭いコートでするのでプレー回数がうんと濃縮され、結果的にボールに触れるチャンスが多くなることに期待しています。わわれわれ巷のスポーツの練習は「質より量」。しかし悲しいかな家庭的、仕事的、体力的な制約でその「量」すら増やすことが困難です。それをクリアするのに「4人でするバレー」は手軽で楽しいのです。
昨日はアマスポバレーの大会だったのですが、遠くでゲームを見ていた人が「あれ?Mさん、アタックできてますねえ」。そのMさんも日頃の4人バレーのメンバーだったので「そうか…あんな具合にできるようになっていくのか」と内心ほくそ笑んだのです。
4人バレーはソフトバレーコートでボールは普通のボールでします。いま平日の午前の若いお母さんたちと、夜の働いている女性に試みていますが、こんどはその成果を普通のコートでのバレーにつなぐために「平日ゲーム」を作りたいと今プラン中です。普通のママさんバレーを平日にゲームして愉しみましょう、というものです。体育館は多分美原体育館になりますが、4人バレー練習⇒平日ゲーム⇒4人バレー大会⇒オープンバレー大会⇒アマスポバレー大会という流れの中で、ひとりひとりがバレーゲームを楽しめるレベルまで成長できるようになれば「シゴキのバレー」のイメージもなくなり、10代の人たちにもバレー人気が復活するかもしれません。
「平日ゲーム」やりますから期待していてください。そして参加して「ヘタなままでもうまくなれる」を実感して下さい。

バレーボール、コールドスプレーを間違って…(2010.06.17木/記)

2010年06月17日 06時52分36秒 | Weblog
6/13(日)のバレーボール大会で一人の女性が足をくじきました。見ていた人たちが「これを使ったらいいよ」と貸してくれたのがコールドスプレー。ありがとう、と吹きかけた途端「ひゃ~、なんか変なにおい!?」と悲鳴に近い声に改めて見直したら滑り止めスプレー、怪我した人の痛みをそっちのけでみんな大笑いでした。
この日、これまで気にかけていた人のアタックに「待望の一本」が出ました。これまでもそれに近いのが何本かあったので「そろそろ出るよ」と近い人にはささやいていたのですが、当のご本人も驚いた様子でしたが、コートの相手チームも驚きともうめきともいえない声が出て感激でした。
言葉もつたない幼児がある日突然話し出すのは、アタマのなかで成長してきた話す神経がつながった瞬間では、とシロウトなりの解釈をしていますが、バレーボールも同じなのでしょうね。根気よく練習し、打てるようにと祈るような毎日を過ごしていると、ある日突然アタマの中のアタック神経がつながって打てるようになる、と考えています。叱られながらも練習を繰り返しているとその求めに応えるようと、必要な運動神経は成長をはじめます(…はずです)。そして神経がつながって打てた瞬間は、これまでの努力へのご褒美でもあるのです。しんどい練習を何ヶ月も何年も続け、ボールに触れないときにもいつもいつもそれを考えていた、その人でないと訪れない喜びでもあります。
もっともこれが10代であればこの瞬間を逃さずにたっぷり練習を追加するのですが、私たちにはその時間はありません。だからチャンスは再び沈んでしまうこともあるのですが、3年かかったこの一本が今度は半年先にはまた出るし、その次は3ヶ月先というように間隔が詰まってきてその人のプレーとして定着するはずです。
アタックに限らずサーブやレシーブでも同じですが、要は的を絞った練習をし、それを続けることでしょう。「それはいつまでつづけるの?」「できるようになるまでです」。
この日の終わりがけに「ちょっと教えてあげたらうまくなれそうな人も多いけどなあ」とコーチの男性が話しかけてこられました。「やってあげてください、必要ならアマスポで場所は用意しますから」と大見得を切ったのですが、(教えることのしんどさなんていまどきの人たちは考えてくれませんからねえ…)と、声に出ないつぶやきもあったかも知れません。

拾ってくれたのは1円玉…(2010.06.04金/記)

2010年06月04日 09時11分19秒 | Weblog
帰りにバナナ買ってきて、と頼まれたので万代スーパーにより商品台のバナナの前でポケットの小銭を出して数えようとしたらパラパラとこぼしてしまいました。1個は足下、もう1個は…?ともぞもぞしてたら横にいた小学生の男の子がさっと拾ってくれました。あとひとつ落としたねえ、というとその子は無言でうなずいて土間に這いつくばってのぞいてくれて「ずっと奥にある、手とどけへん」「そうありがとう、あきらめるわ」といったら、その子は台の裏側に回ってもぐりこんで手を伸ばして「とれた!」とにっこり手渡してくれました。1円玉でした。うれしいな、ありがとう、というとまた無言でうなずいて自転車で去っていきました。その子がもぐりこんでくれているときに「50円か100円だったらお礼に上げよかな」なんて大人のゲスな迷いがふとよぎっていたのですが1円玉だったのでそれもできず、ああこれでよかった…と安堵しました。もし100円玉だったら「いいよキミに上げるからとっといて」なんてこの子のみずみずしい親切につや消しのひと言をいってしまっただろうな、と思うと冷や汗ものでした。
それで思い出したのですが、小学生の頃よくいじめていた年下の子がある晩、風呂屋の前のトブに5円玉を落としてしまいました。ヘドロがあるし真っ暗なので見えません。その子はお父ちゃんに叱られる、といって泣きます。よし、と思って家からスコップを持ってきてトブに入ってヘドロを何回かすくいだしたとき「あった!」と涙でくしゃくしゃの顔に笑顔でその子がいいました。5円玉を持ってその子は走って家に帰ってしまいましたが、自分はヘドロを元に戻しながら、いつも泣かせてばかりいたのを少しは許してもらえたような気持ちになりました。
こどもの頃は損得なんか考えないでほんとに清らかな気持ちがあるものなんですね。万代で1円玉を拾ってくれたその子の清らかさから、ドブの5円玉のころには自分にもその子のようなキラキラした心があったのだと思い出し、さてその自分がいまは…と、鳥肌立つような思いに身震いを感じます。
一円玉拾ってくれてありがとう。