アマスポホームページ http://www.amsp.1583.com

アマスポは大阪堺市の町のスポーツのベンチャー的活動です。スポーツ経験のない人や楽しみでスポーツしたい人も参加できます。

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あの頃のハマにはミリンがうじゃうじゃでした

2013年07月12日 05時44分09秒 | Weblog
テレビのお天気キャスターが梅雨のあけたこの時季は「梅雨明け10日といって安定した晴天が続きます」といっていました。子供の頃はそんなことわざは知らなかったけど7月の終わりまでは素晴しい夏だったと記憶しています。
朝早く、はだしでハマまで急ぎます。空は真っ青でトンビもハマへと急ぎます。ぴーひょろ,ぴーひょろ、と今から思えば童謡の歌詞とまったく同じ光景でした。国道を渡って正面の土手の階段を上ったらもうそこはスワノモリのハマです。真っ白な砂、透き通った海、そして真向かいには黒々と淡路島がありました。
誰もいないハマでひとしきり遊んだ頃、海水浴に来た人たちで砂浜はにぎわってきます。その時間にはもう泳ぐのはやめて、波打ちぎわに腹ばいになって波に揺られて遊びます。そして目の下の小波をよく見ると透きとおった6,7センチの細いからだの魚がうじゃうじゃいます。ハマの漁師のおじさんはそれをミリンといってました。うなぎの稚魚です。そう、いまうなぎのシラスが捕れなくなったと大騒ぎしているアレです。ハマには三光川が流れ込んでいますし、そのにごった河口にはアシがまばらに生えていて、それにもたれるようにして鉛筆ぐらいのうなぎがたくさんいました。
家から少し歩いたところには三光川より大きな石津川が流れています。夜の川面にはボラがポチャンポチャンととびはねてます。70cmクラスのマゴイもたくさんいます。アマスポ活動のお世話意欲が落ちてきたら歩きに出る散歩コースです。川もイキモノもすっかり変わりましたがいまも水は流れています。こちらもすっかり形は変わりましたがやんちゃの魂を忘れないでつづけていきたいな、と思います。そうしたらまたいつかミリンたちに出会えるかもしれません。
今日は美原体育館でバレーボールの交流会です。レクリーションバレーからもうワンランク上のバレーへと導けないか、なんて大それたことを考えています。

スポーツ活動を減らす悩み…

2013年07月02日 08時00分36秒 | Weblog
まだ工場づとめをしていた若い頃、付近の小さな町工場の人たちは昼休みには仕事場の前の道でキャッチボールをしたりバレーボールで遊んだりしていました。こんな環境の人たちが仕事が終わったらスポーツできるようなお世話がしてみたいなあ、と思ったものです。
学校や会社といった基盤を持たない人たちが継続的にスポーツするには、同じ意識の人たちが集まればできる。そう考えてだれでも参加できる開放的なバレーボール練習をはじめたのがアマスポ活動でした。それが40年近くも続いてきたのですからその必要性は認められたのでしょう。
しかしこの夏、その活動のひとつを減らすことになってきて複雑な思いでいます。平日の午前中や夜にしていたお母さん達のバレーの活動で夜の場はなくし、平日の午前も半減させました。体育館代などの赤字の問題だけでなく、参加メンバーのメンバー意識の希薄さや「安いスポーツ教室」にきているという感覚にお世話価値があるのか?と自信がなくなったいうことなのでしょうか。
よちよち歩きの子供をみんなでお世話しても、大きくなれば「仕事に行くようになった」と去り、うまくなったらよそのチームの練習に行くといって去ったりで、自分達の活動、という意識が少ない人たちが増えました。そんな人たち向けの活動はいまは体育館や出入りの事業者が商売としてやってくれてもいますから、アマスポでする必要性も薄くなりました。
しかし今の時代でもあの町工場の若い人たちはコンビニで買うようなスポーツでなくて、自前のチーム、連帯できる仲間と汗するスポーツを求めているはずで、だからアマスポ活動は人気の活動でおカネを残して、それを元に不採算性の活動も続けていきたいです。でもそこにはやはり苦楽を共にする、といった連帯感は欠かすことのできない要素でしょう。
今の時代、公共施設としての体育館はたくさんできました。しかしそこは管理会社として企業などが入り込んで「自主事業」で大半の時間は抑えられているので利用できないし、深夜や早朝といった時間帯の開放はプロ事業者に先を越されてしまいました。
さらに肝心のスポーツ仲間のメンバー意識も希薄でエゴな振る舞いもあって、気を取り直すのも大変です。しかしそれでもそれが必要な人たちは今でも多いはずです。
お世話する、とカッコつけてみたところで一人ではできません。そこにも一緒にしてくれる仲間スタッフが必要ですし、そのスタッフのチームワークのよしあしが活動継続の生命線でもあります。「獅子身中の虫」のたとえのように多くのチーム活動では何とも悩ましいのが仲間とのチームワークでこの問題も尽きることはありませんが、それでもやってみたいのならやってみるしかありません。でもなにをどこからはじめたらいいの?。その悩みも楽しみの一つということなのでしょう。