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すさみ町里野の浜に行って…(2010.08.26.木/記)

2010年08月26日 07時14分21秒 | Weblog
ご先祖様には申し訳なかったのですがお盆に孫たちとすさみ町の里野という浜にキャンプしました。浜も磯もきれいで、勝浦あたりへ急ぐ車の数は多いものの浜は人影もまばらで満足でした。
静か過ぎるぐらいの浜を歩いてみるとすでに漁をする民家は見当たらず、周りの田畑にも稲はなく、草は刈り込んではあるものの田畑仕事もされていない風でした。JRの線路をくぐった山すそにも村落がありましたがこちらも民家の半分以上、田畑の7割ぐらいに人の営みが感じられません。白浜以南は過疎化が進んでいるということでしたが、それにしては国道は車が多いし土手の上を通り過ぎる特急電車には沢山の人が乗っています。
人がたくさんいる中での「過疎」、そういえば最近の都心のど真ん中で戸籍の上だけで生存していて多くのお年寄り、いやひょっとしたら生存が不明の若い人も多いのでは…。里野にも草だらけの田畑だけでなく朽ち果てた民家も何軒かありました。人がいなくなって過疎になった、とよく言われますが自然に少なくなったのではなくて、社会が極端に偏ってしまい、何百年という歴史の中でそれまでそこで働いていた人たちの仕事が「もういらない」とされてしまい、結果的にもう必要でない人たちを沢山作ってしまったのでしょうね。
キリギリスのなく田畑を見つめると懸命に働かれたであろう形跡がそこここにありました。自分が長年働き、最も得意とすることを周りの人たちから否定され、断念していった多くの先輩たちをしのぶと、人ごとではないような気がします。
わが町に帰ってきたら元気なお年寄りたちがスポーツに汗する幸せな光景があちらこちらにあります。しかしほんとうは遊んでばかりの毎日は苦痛でもあるのではないか、もっともっと長年培ってきた自分の得意とする技術や腕で世の為、人の為に働きたいのではないだろうか、そのうえで久しぶりに大いに遊ぶ…、きっとそれが本当の幸せというものではないだろうか、と思いました。
スポーツでチームのメンバーが足りないときは「だれでもいいから探そう!」と必死になります。チームの存亡の危機だから上手下手などかまってられないからです。社会生活の中でも「必要な仕事」を見つけ、作っていけばもっと美しく生き生きとした町になるのではないか、と少々気分が高まってしまいました。
お年寄りや障害のある人たちに「なんにもしなくていいから病気しないで一人で遊んでいてね」。こんな社会や政治はどう考えても間違っていますね。しかし政治や社会活動は私たち一人ひとりがすることですから、他人事ではなく自分自身の考え方や行動がおかしくなっているのでしょう。
こども泣かすな来た道じゃ、年寄りいびるな行く道じゃ…。私たちの先輩は視野が広かったのですね、身近なところの社会を広く見つめて生活しておられた。そして働くことこそ幸せなんだということを知っておられた。