戦争と平和 20 松本清張さんと浜松基地
自分でも突飛なタイトルだと思います。文学者松本清張さんと浜松基地のあいだには何の関係もありません。松本清張さんが浜松駅で下車したことがあるかどうかもボクは調べたことはありません。
ただ自伝『半生(はんせい)の記』(新潮文庫、1970年~1980年17刷)に浜松と関連のありそうなことが出ているので一筆書きます。
『半生の記』の最終章「絵具」は朝鮮戦争当時、清張さんがいた北九州の小倉でおきたアメリカ黒人兵の脱走事件をあつかっている。
p145に「黒人兵は浜松の方から移動してきた1団で、黒原キャンプには2晩泊り、いよいよ明日は朝鮮に出動するという前夜だった。」
この「浜松の方から」というのが当時、米軍基地になって横田基地の分飛行場となっていた浜松基地のことなのか定かではありません。
東京に「浜松町」という地名はありますが。いちおう浜松基地を第1候補としておきます。
ところが清張さんは日付を「6月12日からはじまる祇園祭」の夜、としているので朝鮮戦争は1950年6月25日に北朝鮮の侵攻で始まったのだから日付が合わない。事件があったことは確からしいので、不明です。
p147には北九州地区の新聞には載ったとあるから、また機会があれば、調べてみたい。
自衛隊の基地になるまでの米軍浜松基地の時代は、何もわかっていません。過去の新聞をあさる時間がボクにあればいいのだけれど。