本と映像の森 257の2 テレビアニメ「ワンピース」が「決戦の時」
今日2013年9月5日(木)も、夕方、5時25分からテレビアニメ「ワンピース」を見ました。これって、再放送?よくわからないです。
前回「地獄めぐり」の話で紹介しました。
海軍刑務所から海賊の囚人たちといっしょに脱獄してしまったルフィは、「兄」(血のつながった兄ではなく、お互いに「兄弟」のさかずきをかわしたという意味)のエースを救出に、なぜかいっしょになってしまったたくさんの海賊・能力者といっしょに処刑場へむかいます。
そこで、エースの「義父」、海賊「白ヒゲ」たちが海軍刑務所を襲撃するのに遭遇して、事実上の「共闘態勢」となります。
「巨神兵」みたいに、やたらと高エネルギーの光線でを発する、たくさんの能力者とちがって、麦わらルフィは、「ゴム人間」というだけで、やたら殴られたり、切られたりします。
海軍の「剣士」(名前覚えられないです。ごめんね!)は、ルフィと対決して、ルフィを助ける何人もの能力者達に邪魔されて、始めて気づきます。
「こいつの能力は、自分だけの能力ではなくて、他人に信頼されて、他人がルフィを助けたいと思う、そういう仲間をつくる能力なんだ」(セリフではありません。そういう思考を語っていたと言うことで…かんべんを)。
でも、感動しました。まるで『幻魔大戦』の東丈(あずまじょう)さん、みたいですね。
数回前で、処刑台で縛られているエースが変化するんです。それまで、「みんな来るな」「おれなんか助けるな、ルフィー来るな」と叫んでいたエースが、「生きるにしろ、死ぬにしろ、どっちでも満足なんだ」という意味のセリフを言うんですね。
つまり、みんなが自分を助けに来てくれた、その幸せ、自分が愛されて生きてきた、そのことを確認すれば、いつでも、今、死ねる!
海軍!おまえらが考えている、おれの処刑や、闘いの結果なんか、なんの歴史的意味もないさ、という、すごい達観。
ぼくが補足すると。エースの処刑を餌に、海賊白ひげ団を壊滅させようとした政府・海軍の陰謀も、歴史的には、何の意味もなく,歴史には、エースやルフィを助けようとした人々の善意だけが伝えられていくんです。
それにしても、「クマ」!、おまえは口から熱光線を吐いて、周囲を溶解させて、おまえは巨神兵か!
「母」ナウシカと対話した巨神兵「オーマ」は、ナウシカと会話して、人類を裁くくらいの「理性」は、あったぞ。
「オーマ」に比較して、ドスコイ!の「金太郎」男に操られるだけの「クマ」はなさけないです。果たして「クマ」軍団は…理性を取り戻せるのか?
どうみても、「ワンピース」のこの回は、宮崎駿さんの「ナウシカ」の「最終戦争」の影響を受けていると思います。