今日は彼の話をしましょう。
彼は営業マン。実直で朴訥、おべんちゃらの一つも言えない真面目な営業マン。
営業成績は、決して自慢できるものではなかったけれど、お客さんが困ったときには、いやな顔一つせず対応したので
頼りにしてくれる顧客も少なくなかった。
ある日、本社から「T営業所の立て直しに営業所長として転勤」の辞令があった。
T営業所に行ってみると、顧客管理・勤務体系など問題点が山積みだった。
彼は、小さなことから、手を付けていった。
改革が売り上げに反映されるまでには時間がかかったが、手ごたえはあった。
彼がT営業所に来てから2年が経とうとしていた。
また、本社から「N支店の業績が振るわないので、戻って、建て直せ」との辞令がきた。
T営業所の成績は徐々に回復しつつあったので、あと1年は残って結果を出したかった。取引先との信頼関係、営業所に勤める部下との関係もやっと築き始めたところだったが
彼はN支店に戻った。
N支店の管轄営業所は4つ。
その4営業所をまとめる仕事。
N支店には支店長がいたが、お飾りの支店長で、社長のご機嫌を取るだけの支店長は頼りにはならなかった。
会社は、全国展開の商社で創業100年以上の会社だった。
同族会社で、代々、血族で受け継がれていた。
現社長はワンマンで、周りの諫言を聞く耳を持たなかった。
会社の行く末を案じ、社長に進言した社員は、ことごとく迫害され、地方に飛ばされた。
N支店に戻った営業マンは4つの営業所の中心となり、改革に乗り出した、はずだった。
その日、N支店での会議には社長も同席していた。
現場の実情を知らずに的外れな指摘をする社長に対し、営業マンは、各営業所の代表として意見を述べた。
自分の意見を否定された社長は怒り狂った。他の社員は口を固く閉ざし、その提案は営業マン一人の個人的なものとなってしまった。
その日以来、営業マンは、「仕事のできない社員」のレッテルを貼られた。