宮本さんの新刊が出た。
「エクラ」07年10月~12年7月連載、上下巻700余頁の大作。
物語~主人公の志乃子は、50歳の誕生日に、昔は骨董も扱っていたという喫茶店「かささぎ堂」の女主人から、間もなく閉店するので「がらくた」をあげると言われ、古い茶碗と手文庫とを貰い受けるのだが・・・
宮本作品の登場人物には、それぞれに仔細な人生がある。
がんや糖尿病だったり、離婚や失踪だったりと忙しいのだが、ことの大小はともかく、小生ら庶民と等身大の人生そのものだ。
それが同氏の世界~宮本ワールドの魅力になっている。
ご一読をお勧めします。
蛇足:この本に次の記述があります。これこそ宮本氏の世界です。
白糸の滝の水の滴りが150年の時をかけて、主人公の姿に似た「リンゴ牛」と名付けた握り拳大の石を造り出したのを知った主人公の~
"志乃子は、「リンゴ牛」と向き合うたびに、ほとんど反射的にロダンの言葉が浮かぶ。「石に一滴一滴と食い込む水の遅い静かな力を持たねばなりません」
そのたびに、志乃子は、自分という女が生まれて生きたというかたちは、どのようにして残っていくのであろうかと考えてしまう。
すると、このような考えに浸ることは、30代や40代にはなかったと気づき、自分がまぎれもなく50代に入ったのだと思い知るのだ。コーヒーを飲みながら、志乃子は、「リンゴ牛」に心のなかで話しかける。
人類がこの地球という星に登城して約4百万年という。
その間に、生まれて死んでいった人の数は、いったいどれほどなのであろうか。
この人類の歴史に確かな痕跡を刻んでいった人もあまたいるが、それはごく限られた人たちに過ぎない。残りの天文学的な数の人々は、何かを残すどころか、生まれてきて生きたという跡形すらないのだ。私も、そのひとりとして、やがては姿を消してしまうのだ。
そんな無名の平凡な一庶民の女が、石を穿つ遅い静かな力を持ったとして何になろう・・・"