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田舎の倉庫

Plala Broach から移植しました。

湊かなえ著「母性」

2013年08月11日 | 読書三昧

本屋大賞の「告白」が300万部の大ベストセラーとなった人気作家の最近作。



ただ、この人の作品はもう読むまいと思ったほど、人間不信と憎悪に満ちた物語に辟易した。主人公が嫁いだ先も、また、小姑が嫁いだ先も「嫁いびり」に精出す。そんな物語を書いても作者自身楽しくないだろう。

」もそうだったが、この人は人間の誠意とか善意とかを信ずることをせず、人間関係を憎悪といじめの感覚でしか捕らえることができない。これでは、リルケの詩など使ってみても底の浅さを補うことはできまい。

人間不信を土台としたこの人の作品が広く受け入れられる現代を悲しむ。


池澤夏樹著「終わりと始まり」

2013年08月04日 | 読書三昧

09年4月から13年3月までの4年間、朝日新聞夕刊に月一で連載された芥川賞作家の時事コラム集。「何かを終わらせ何かを始めるためには、一つの積極的な意思が要る」というキャッチが本書を代弁する。



内容は多岐にわたるが、連載の中ほどで東日本大震災に直面して著者は苦悩する。

「一般にものごとはゆっくり変化するものであって、終わりや始まりがはっきり意識されることはめったにない。

しかし、劇的な変化は皆無ではない。幸いといっていいかどうか、9.11は日本から遠く、2003年3月20日のイラク開戦はもっと遠かった。

だが、2011年3月11日は日本で起こった。3.11は我々の日付になった。何かが完全に終わり、まったく違う日々が始まる。正直に言えば、ぼくは今の事態に対して言うべき言葉をもたない」と。

また、原発への決別と自然エネルギーへの転換を訴えて、

「子犬が室内で粗相をしたら、その場へ連れて行って、鼻面を押しつけ、自分が出したものの臭いを嗅がせて頭を叩く。お仕置きをして、それはしてはいけないことだと教える。そうやって躾けないかぎり、室内で犬を飼うことはできない。

我々はこの国の電力業界と経済産業省、ならびに少なからぬ数の政財界人から成る原発グループの首根っこを捕まえてフクシマに連れて行き、壊れた原子炉に鼻面を押し付けて頭を叩かなければならない」

庶民感情に沿う勇気ある発言だ。ご一読をお勧めします。


女の闘い~桜木紫乃著「凍原」

2013年08月03日 | 読書三昧

本年上期の直木賞を受賞した桜木さんが09年にリリースした書き下ろし長編サスペンス。骨格の確かな、直木賞作家としての素質を垣間見る読み応え十分の作品です。



物語~17年前、釧路湿原で行方を絶った貢少年の姉、比呂は道警の刑事となって釧路勤務となっていた。そこに車のセールスマンが殺害され釧路川に浮かぶ事件が発生する。そして、何故か被害者は青い瞳を持つ青年であった・・・

霧の街釧路を舞台に繰り広げられる物語は、遠くソ連軍の侵攻で混乱する南樺太をルーツに持つ事件であった。同時に、戦後の混乱期をひたむきに生きた女性たちの物語でもある。

ただ、殺人の動機に若干違和感を感じつつも、その時代を逞しく生きた女性像に共感しつつ最後まで一気に読み終えた。


熊谷達也著「調律師」

2013年07月26日 | 読書三昧

「相剋の森」や「氷結の森」などのマタギ3部作で知られる直木賞作家の東日本大震災をはさんで書かれた連作短編集。10~12年「オール読物」に掲載された7編を収める。



物語~前途を嘱望されるピアニストだった鳴瀬は、音が色彩を帯びる「共感覚」の持ち主であった。しかし、自分が運転する車で妻を死なせた後調律師になったが、音に匂いを感じるようになる。そして、仙台のコンサートホールで作業中、大震災に直面する・・・

東日本大震災後、作家は一様に、仕事に自信を失くしたという。
自らが紡み出す言葉や文章にどれほどの意味があるのか、特に、被災した人々の前では無力に等しいと感じたようだ。

熊谷氏も同様の思いに見舞われたが、しかし、やはり書かなければと体験者ならではの壮絶でリアルな描写を通して、人間の生きる意味を問いつつ美しい物語に仕上げた。ご一読をお勧めします。


安部龍太郎著「薩摩燃ゆ」

2013年07月17日 | 読書三昧

今でこそ同氏は直木賞作家ですが、受賞前にこれほどの力作を書いていたことに少なからず驚きました。「文芸ポスト」02年春号~03年夏号連載、381頁の大作。



物語~薩摩藩島津家の当主斉興(なりおき)の側用人、調所(ずしょ)笑左衛門(53歳)は、斉興の祖父重豪(しげひで)から破綻した藩の財政立て直しを命じられる。重豪、斉興及び、斉彬の3代連署になる委任状を得て数々の改革に乗り出すのだが・・・

大阪・出雲屋孫兵衛に黒砂糖の独占販売権を与えて事業を軌道に乗せ、借財先の大阪商人の信用を得ます。結果、5百万両の借財を5分の返済で済まし、残りは250年年賦という踏み倒しに成功するなど、辣腕を発揮して財政のみならず、軍政改革なども成し遂げます。

しかし、それが重豪の方針に沿うものであったため藩主斉興の不興を買い、(斉興の)影目付けによって、長男、長女を暗殺されてしまいます。加えて、自らも自殺に追い込まれるという絶対権力を持つ藩主のもとでの非情な権力構造を描いています。重く沈んだ読後感でした。


面白い~浅田次郎著「一路」

2013年07月07日 | 読書三昧

「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞を受賞した現日本ペンクラブ会長浅田氏の最新作。中央公論10年1月~12年11月号連載、上下巻677頁の大作です。

物語~関が原の功で将軍家康から朱槍を賜った旗本、蒔坂左京太夫家の参勤御供頭「小野寺一路(19歳)」は、父の不慮の死をうけ、家伝の「行軍録」を唯一の手がかりに、江戸参勤行列を差配しつつ師走の中仙道をひた走る・・・

叔父から「お前はウソをつくのが上手だから物書きに向いている」と言われて小説家になったと公言する作家だけに、その筋立てや記述の面白さで最後まで読ませてしまうところはさすが。

また、当時(江戸末期)の世相や、中仙道(江戸~京都)96次の宿場の様子などを具体的に知ることができ、興味つきなかった。


森村誠一著「人生の究極」

2013年06月30日 | 読書三昧

分量の多さと硬派な内容で、読み疲れするエッセイ集であった。
09年以降、種々のメディアに発表した56編を収める。



「人生の究極」の意味について、著者は次のように言う。

「私個人としては、ゴールや終局とは異なる意味を持っている。人生で各人にあたえられた時間の流れの終止符ではなく、人生行路の途上において、自らが選んだ生き方の達成とその価値を意味する」

全編は、作家、表現、歴史と社会の4つの章に別れ、それぞれこれ以上は凝縮できないという「究極」を取り扱っている。

例えば、「作家の章」では、永井荷風、山田風太郎、井上ひさし、松本清張、藤原咲子、辺見じゅん、笹沢左保、新田次郎など各氏の作家論が語られる。

それにしても、きっちり読むには疲れるエッセイ集であった。


篠田節子著「ブラックボックス」

2013年06月21日 | 読書三昧

とても怖い本を読んだ。
毎日の食卓にまつわる話なのだが、単に小説世界にとどまらない怖さを感じた。「週間朝日」10年1月~11年1月連載。500頁の大作。

つまり、近年、広く普及し始めている「野菜工場」での(野菜などの)栽培が、実は、ちょっとした機械の不具合や、バクテリアの混入などにより強い毒性を持つものが生産・出荷される危険性をはらんでいるという。

通常農法による栽培ならば、野菜それ自体が病原体に抵抗する機能を持っているのだが、無菌の環境で高い生産効率をめざす「工場」では、そうした自浄作用は期待できないから、一旦、何らかのミスで暴走すると止めようがない。

また、こうして生産される野菜は、見てくれや清潔感などに優れているが、野菜が持つ甘みとかうまみが不足するため、輸入品の添加物に頼る惣菜メーカーもあるという。

この結果、それらを利用する学校給食の児童やカフェテリアの客などに、常識では考えにくい体調不良や死産などが発生する。

農業の工業化や効率化も、人間の健康を損なうようでは何をか言わんやである。ご一読をお勧めします。


山本兼一著「信長死すべし」

2013年06月14日 | 読書三昧

光秀は何故、信長を誅殺するに及んだのか?
「本の旅人」 09年3月~10年10月連載。



物語~武田氏を滅ぼした織田信長は、正親町帝に大坂遷都を迫ろうとしていた。帝の忍耐は限界に達し、ついに重大な決断を下す。「信長を誅殺せよ!」・・・

本能寺の変をめぐっては、信長が、直前の安土城における家康接待に遺漏があったと、光秀を面罵・足蹴にしたことへの恨みからとするのが通説だが、筆者は、正親町帝の密勅があったとする。

光秀が、強大な権力を持つ主人の信長を誅殺するからには、相応の覚悟と大義名分が必要だったことを考えると、「密勅」の存在は欠かせない。そこに本書の核心がある。とても面白く読んだ。


葉室麟著「陽炎の門」

2013年06月11日 | 読書三昧

人気の直木賞作家による良質のエンタメ小説。
「小説現代」12年1月~10月連載。

物語~職務において冷徹非情。若くして執政の地位にまで上り詰めた桐谷主水。かって藩首脳陣の派閥抗争から、親友の割腹に際し介錯をつとめたが、30歳半ばにして妻に迎えた女性は、その親友の娘だった・・・

人は誰も一度や二度の過ちを犯す。問題は、そこからどう立ち直り、生き抜くかだが、そんな人生の厳しさを峻烈な筆で描いた良質のエンターテイメントとして楽しめる。

但し、武士階級が全ての封建社会にあって、物語は、その支配階級に限った話のみで生身の庶民の姿はまったくない。この点が物語りを薄っぺらなものにしていると思った。


火坂雅志著「常在戦場」

2013年06月06日 | 読書三昧

大河ドラマ「天地人」の作者が書いた家康の異色スタフの物語。

"オール読物"等に連載された表題作など、各編毎に一人の人物に焦点を当てた短編7編を収める。

 ・ 鳥居彦右衛門
 ・ 井伊直虎(女性)
 ・ 石川数正
 ・ 大久保忠隣(ただちか)
 ・ 阿茶の局
 ・ 角倉了以(りょうい)
 ・ 牧野忠成

これら7人の武将や側室(阿茶の局)は、知恵を出しあるいは、戦の先駆けとなって家康の天下取りに貢献したという。

家康には他にも、「四天王」と呼ばれた酒井忠次、本多忠勝、榊原康政や井伊直政、策士とされた本多正純などがおり、これら分厚い家臣団の存在が(秀吉と異なり)徳川体制を磐石のものとした。

「天地人」以来、さらに磨きのかかったなめらかな語り口と、短編であるが故に、戦国時代が凝縮、描写されているのが好ましい。


山本兼一著「利休の風景」

2013年05月31日 | 読書三昧

直木賞受賞作「利休にたずねよ」の筆者が、利休とその茶道の解明を試みたエッセイ集。雑誌「淡交」10年1月~11年12月連載。



利休ゆかりの茶道具、茶室、茶庭などいくつもの情景から(利休の心の奥深くへ)アクセスし、人間・利休とその茶道の真髄を明らかにしています。

利休の若かりし頃の恋とはこんなものであったに違いないなど、歴史的に何の手がかりもない事柄についても、氏独特の大胆な推理を展開していて興味深々でした。また、同時代の絵師、狩野永徳や長谷川等伯などにも触れています。


安部龍太郎著「等伯(上下)」

2013年05月30日 | 読書三昧

信長から秀吉の時代に活躍した絵師、長谷川等伯の伝記的小説。
日経11年1月~12年5月連載、上下巻都合714頁の大作。第148回直木賞受賞。

物語~養父母の非業の死で故郷(七尾)を追われた長谷川信春は、激動の戦国を生き抜き、都で天下一の絵師をめざし奮闘する。秀吉の世で得た一時の平穏も、狩野派との争い、心の師千利休の自刃等から孤高の闘いを強いられる。

そして、等伯(信春)がたどり着いた愛と鎮魂の境地が国宝「松林図屏風」(6曲1双)であったという。ご一読をお勧めします。

直木賞選評:林真理子氏
上巻は戦国の世を生き抜く等伯を描いて、まるで冒険小説のような面白さだ。そして下巻は、政治に翻弄され、陰謀と策略の世界に身を置く画家を描ききった。違う色彩で、上下巻を一気に読ませる力はさすがである。


倉本聰著「失われた森厳」

2013年05月25日 | 読書三昧

怒る。倉本翁が怒る。
今のいい加減な政治を、訳のわからない公共工事を、地球灼熱化を、テレビの馬鹿笑いを、だらしない若者を。

「財界」03年4月~06年2月掲載のエッセイを1冊に纏めたもの。
時代はちょっと前になるが、同氏の尖った感性が捕らえたどうしようもない現代日本への警鐘。

ところで、「森厳」は「おごそかなさま」と説明されるが、倉本氏は、この言葉について次のように述べている。

山口瞳氏の"旦那の意見"を読んでいたら、次のような一説にぶつかった。

「大岡昇平氏の"俘虜記"に、次の一節がある。《祖国は敗けてしまったのだ。偉大な明治の先人達の仕事を、三代目が台無しにしてしまったのである。・・・あの狂人共がもういない日本ではすべてが合理的に、望めば民主的に行われるだろうが、我々は何事につけ、小さくなるであろう。偉大、豪壮、崇高などの形容詞は我々とは縁がなくなるであろう》・・・」

偉大、豪壮、崇高という三文字に、山口瞳さんは「森厳」という言葉をつけ加えておられるが、まさにこれらの形容詞ほど、今の世の中と無縁になったものはない。


葉室麟著「春風伝」

2013年05月23日 | 読書三昧

人気作家の近作、高杉晋作伝です。
幕末の混沌とした時代を疾風のごとく駆け抜けた天才革命家「晋作」を長年かけて暖め、活写した傑作時代小説。488頁の大作です。「小説新潮」11年4月~12年8月連載。

物語~攘夷か開国か、国論二分する幕末。晋作は、初めての外遊先・上海で欧米列強と戦う民衆の姿を目のあたりにして、日本のとるべき第三の道ー革命と出会う。あまりにも短く、疾風の如き人生。

作者をして、「ずっと晋作を書きたかった。この小説は、今の私の集大成です。」と言わしめたこの物語は、今まで読んだどの「晋作」よりも新鮮であった。

それにしても、革命半ばにして病に倒れた(27歳8ヶ月)晋作の無念さは計り知れないものであったと思われる。ご一読をお勧めします。