よろずよもやまよろずたび

地元の写真と日々の雑感、写真日記です.
最近は陶芸三昧の日々ですが・・・

古九谷論争の最期

2012-10-16 | 陶芸

表題は、「・・・最期」でありますが、 「論争再び」 といった感のある本書です。

古九谷が、石川県を除く公の世界では、「伊万里九谷焼様式」 とされるに至った経緯を語っています。

曰く 「登り窯では色絵付けの磁器は焼けない。 焼くのは錦窯である。 証拠が出た山辺田窯は登り窯である。 その周辺から錦窯は発見されていない。 古九谷は磁器である。 山辺田窯から出た証拠とされるものに陶器も含む。 発見された陶磁器片は登窯跡地の表層から見つかったとされるが、考古学的に300年以上も前のものが表層にあったというのはオカシイ。 などにより陶磁器片には証拠能力が無いのは明白。 それでも、明治以前から続く産地論争に決着をつけるべく、伊万里産派である学会・文化庁の権威・権限のある方々の強引な論調に押切られてしまった」 のだそうです。

で、疑問に思うのは 「なんで証拠を捏造してまで伊万里にしたかったのだろう?」 ってことです。

それについて 「・・・古美術商が研究者以上に、古九谷を伊万里焼古九谷様式」にするのに熱心だった。・・・ただでさえ骨董の世界では「買いの伊万里、売りの古九谷」の言葉で内密に売買されていたこともあったが、それ以後は、古伊万里を古九谷として公然と売買され・・・」 といいます。

「な~るほどぉ~」 です。

でもって、権威・権限のあるところには、金も集まってくるんでしょうね。

そこで、とある骨董商のHPを覗いてみると、古九谷様式として数十万円の値がついたものが載っていました。

でも、殆どが染付(酸化コバルトを主原料とする顔料を用いて青色の絵柄をだしたもの)の皿であり(下図参照)、古九谷本来の色絵の様式とは全く異なるものばかりが並んでいます。

九谷焼といえば世界的にも有名だそうです。 名前次第で高く売れるのかもしれませんね。

恐るべし商魂とでもいいましょうか・・・

 

↑ ↑ とても古九谷とは思えないような古九谷の数々

 ところで、権威ある方々は、いまさら間違いでしたとは言いづらいでしょうね。

その権威が有る限り、それ以上の圧力が働かなければ再検証なんてことにはならないかもしれません。

本書の発売は一地方の新聞社です。

こうした問題があることを一般にも広く知らしめるべくメジャーな活動が必要かもしれませんね。

石川県の業界の方々には益々頑張って欲しいもんであります。


古伊万里の誕生 (古九谷論争の再検討)

2012-10-15 | 陶芸

本書は、従来の様式論を基にした考古学的検討による生産地および生産年代の設定を軸としたものに加え、数えきれないほどの文献史料を精査した陶磁史の研究書です。

で、冒頭の「はしがき」には古九谷論争についての結論が述べられていて、すなわち 『文献史料と考古学的推論との検証にもとづく論理的帰結として、通説否定の結論をくだした。』 とのことです。

少しずつ、こういう見解の専門家が増えていくと、いつかは 古九谷 ≠  伊万里の一様式 として認められるようになるんでしょうね。

ところで、陶磁器についての専門用語や日本・中国・朝鮮の歴史が出てくるのですが、知らないことばかりで、ただ読んでも(読めない字もあって)ちっとも分かりません。 で、ネットで調べながら読んだのですが、まぁ疲れました。 でも、知れば面白い陶磁史であります。

 


なやましい・・・

2012-10-15 | バイク

一週間ほどまえ、久しぶりにSRX400を動かそうとしたところ、うんともすんとも言わずバッテリーがあがったかと思い充電するもダメ。

でもバイク屋さんの見立では、バッテリーのせいだという?

加えてフロントフォークからも油漏れしているのと、タイヤも寿命だという。

で、タイヤを除いて4万ほどかかるだろうとのこと。

ほとんど乗らなくなったこともあり、修理するか手放すか、悩ましいところです。

そんな気分をふり払うべく、昨日はカブに乗ってブラブラ

秋晴れの下、気持ちのいい数時間をすごしてきました。

それにしても、なやましい・・・


九谷焼の地

2012-10-10 | 陶芸



先日、九谷の地へ行ってきました。 窯跡は大聖寺川とその支流に挟まれた山の斜面に3基あります。 向かって右側には古九谷焼の水平全長13mの2号窯跡、中央に33m余りの1号窯跡、そして左には14mあまりの再興九谷のひとつ吉田屋窯跡があります。 もし古九谷の全てが有田で焼かれていたのであれば、大規模な1号窯は何のためにあったのでしょうか? 

吉田屋窯というのは、古九谷2号窯が閉じた後、100年余り経った1824年、大聖寺の豪商 豊田伝右衛門によって築窯されたものだそうです。

わざわざ九谷の地で九谷焼と称して再興を図ったのは、そこが古九谷焼発祥の地と信じて疑わなかったからでしょうね。 古九谷から100年余り経っているとはいえ、伝承や記録などは現在より確かなものが残っていたでしょうし、1、2号窯跡にも、吉田屋窯を造るにあったて参考になるものがあったに違いありません。

そういう疑問は専門家の中にも当然あって、いまも発掘が続けられているみたいです。

また、馳浩議員による国会質疑 ↓ などもあって、産地問題というのはなかなか大変なことでありますね。

http://www.incl.ne.jp/hase/seijikatudou3/monnka/h230727.html

というわけで、古九谷は有田で焼かれたものだと決め付けられるのは、当地にとって「竹島が韓国に実効支配されてるようなもの」かもしれません。

ってなことをいうと、「 『尖閣諸島は我々の領土だ。返せ』 と煩い中国みたいだ」 なんて言い返されそうですが・・・


「古九谷新論」

2012-10-08 | 陶芸

・・・新論といっても、古九谷が伊万里焼の一様式であると公にされる前、昭和46年発行の本です。

著者は「世界陶磁全集」を著すなど、当時としてはその道の一人者の一人だったのではないでしょうか。

で、話しの内容としては、過去の文献や名款、そして器形、色釉、絵柄などの様式を観察した結果として、伊万里焼とは違う独自のものであると結論付けています。 

また焼成された時期については、オランダ東インド会社を通じた色釉の原料輸入の状況などから、1655-1661年間が、伊万里も仁清も古九谷も重要な年次だったといっています。

すなわち、似たような時期に興きたのだろうと思われます。

しかしながら、いま現在では、初期伊万里→伊万里古九谷様式→柿右衛門様式→古伊万里の順で造られたそうです。(下図参照)

ところで、その様式というのを言葉で説明されてもなかなかピンとくるものではありません。そこでネットで画像を探って並べてみると・・・・

初期伊万里→

初期というだけあって地味な感じです。

古九谷 → 

それが古九谷様式になって突然華麗な変身を遂げたものが・・・

柿右衛門 → 

あの一世を風靡した柿右衛門になって、路線を戻し青が基調の優美な姿になって・・・

古伊万里 → 

古伊万里でも、そのまま様式を引き継いで発展しているように見えます。

どこかでみた説明によれば、『 国内の嗜好向けに古九谷様式が作られていたが、海外の需要にあわせた柿右衛門様式が主流になったので、古九谷様式は衰退した 』 とのことです。

しかし!

一目瞭然! 忘れ去られるには、あまりに華美な古九谷じゃぁありませんか。

『 日本の焼物のなかでもっとも力強く美しい 』 といわれるのも当然のように思われます。

その古九谷様式を本当に捨てたのだとしたら、大きな声じゃいえませんが 「欲に眼がくらんだ」 のかもしれません。

で、それを拾ったのが、加賀の地で再興した九谷ってことになるのでしょうか?

再興九谷 → 

で、こうして見ていくと、なんだかとっても無理があるような、伊万里古九谷様式です。

様式って地域に根ざしたもので、そうそう簡単に変えられるものじゃないと思います。 初期伊万里→柿右衛門→古伊万里には脈絡と続く、その様式らしきものが伺えますし、同じく九谷にもいえるのではないでしょうか。

たとえ物的証拠が九谷の窯跡から出てこないからといって、状況証拠を見聞きする限り、古九谷=伊万里焼の一様式と断定するには、無理がありそうですね。

 

 


「古九谷の神秘」

2012-10-06 | 陶芸

 つい最近まで関心のなかった九谷焼ですが、絵付けの真似事などをやってみて妙に気になるこの頃です。

で、まんが 『 へうげもの 』を読んで、九谷焼(古九谷)を生んだ大聖寺藩主 前田利治は、安土桃山の流れを汲んで大いなる数寄者だったに違いない・・・なんて思ったものです。

前の記事 ↓

http://pub.ne.jp/kome_a/?daily_id=20120820

さて、本書はそんなミーハーなものではなく、古九谷に隠されたキリスト教的絵柄に視点をあて、キリストと無縁でもなかった利家から続く加賀藩3代藩主 利常(利治は利常の三男で、加賀藩を富山と大聖寺に分封したときに藩主になった)が、有田にいたキリシタンの陶工たちを九谷の地へ連れてきて、かくまったのではないか・・・という仮説を述べているのです。

え~、ほんまかいな? という気がしないでもないですが、本書に「解題」として石川県立美術館学芸専門員の村瀬という方が、「・・・古九谷がキリスト教と密接に関わる分化土壌に誕生したという認識で一致している」 としており、否定する証拠も無さそうなので、話半分に聞けば面白い話しです。

ところで、歴史が付きものの話しは、年代が分かっていないと全くついていけなくて、疑問を呈することすらできません。 本書の巻末には「古九谷をひも解くための日本略年史」というのが載っているのですが、いずれ自分なりに調べた項目も併せて並べてみたら、面白いことに気付くかもしれないと思うのですが・・・誰か代ってやってくれないだろうか・・・(^^;


コカイン・ナイト

2012-10-03 | 

怪物が男の顔面をガブリ・・・という刺激的な表紙ですが、読み終えて まさしくこの通りだと納得の「コカイン・ナイト」

スペインのリゾート地にて起きた放火殺人。その犯人として捕らえられた男の兄であるイギリス人の主人公が、いつしか事件の背景にある異常なコミュニティに引き込まれていく・・・というミステリー。

で、このリゾート地というのが、早期に現役を引退した労働とは無縁な人々が住んでいて、酒と鎮静剤に浸る活気がなく沈滞し不活性な所だった。 しかし犯人とされる弟とその仲間によって短期間のうちに活気のある街へと変貌した。 その方法というのが住人に脅威を与え、人々がともに行動するよう仕向けることだった。 というわけで窃盗、麻薬、レイプなどを組織的に起こしていたわけですが、主人公もその仲間に加わっていく・・・というようなお話です。

この話しは、小さな街を舞台にしているわけですが、ふと今の日本が、高齢者ばかりの沈滞した社会であって、まるで物語が始まる前の、その舞台のような気がしたりして、なんとも面白かった。  ひょっとすると、いまの韓国や中国との領土問題が日本を活気付かせるんじゃないか・・・などと思って。 昔だったら戦争へと駆り立てられたりするんだろうけど、そうした狂気が押さえ込まれているから、悲劇的な方向に進まないだろうとは思いつつも、中国は正気の箍を外させて暴動を起こさせてるわけで、どうなることやらと・・・


同窓会

2012-10-02 | その他

中学校の同窓会がありました。

4年毎にやっていて、今回で3、4回目でしたでしょうか。

楽しみなのは、まずは久しぶりに会った同級生を見て、自らの劣化の度合いが確認・納得できること。

禿、白髪、老眼、難聴、etc・・・

しかし、外見ほどには中身に変化がなくて、さらに一杯飲めば性根が顕になるというもので・・・まさしく三つ子の魂百までもって感じです。

その後は、仕事、遊び、趣味、その他諸々懐かしい顔ぶれが集まれば自然と話題は弾むというものです。

で、次の4年後には、勤め人であれば殆どが定年を迎え生活面で大きな変化があるわけで、聞ける話はさらにバラエティーに富むだろうな~などと思うのでした。

世話をされた幹事の方々に感謝です。