時々新聞社

慌ただしい日々の合い間を縫って、感じたことを時々報告したいと思います

公明党市議の狂気

2008年04月20日 | 政治問題
ちょっと古い話になるが、3月21日の千葉県鎌ヶ谷市議会の本会議での出来事である。
予算案の反対討論に立った公明党議員が突然以下のような発言を行い、議場を驚かせた。
「人生の師と仰ぐ池田SGI(注:創価学会インタナショナル)会長は、心こそ大切なれと、一番大切なことを教えてくれました。したがって認めるわけにはいきません。」
公明党が創価学会丸抱えの政党であることは誰しも認めるところであり、別に驚きもしないが、市議会の本会議場で、公明党議員がこれほど露骨な発言をしたというのはあまり聞いたことがない。
政教一致が批判された当時、池田大作は「(公明)党も私が作ったんです。私の弟子です。賛成の人(ハイ!)そうでしょう。私の自由です。分離はしました。しかし心は分離していません。心まで分離すると反逆者です。地獄に落ちます」(1976年2月1日の発言)などと述べていたが、今回の議員の発言は、まさに池田発言を裏打ちするような発言である。心は創価学会とともに、これがこの議員の本音であろう。
最近の聖教新聞をみると、「議員になると偉くなったと錯覚する。」、「公明党よ、政治家改革を断行せよ。」などというキャンペーンを張っている。
かつて、公明党委員長だった竹入義勝氏などは、聖教新聞紙上において「畜生以下、ケムシの魂」などという悪罵を投げつけられている。
議員といえども、創価学会への忠誠心を絶えず表明しておかなければ、いつ首がとぶかわからない、いつ批判の矢面に立たされるかわからない状況なのだ。
こういう政党の議員を何人、何十人議会に送り込んでも、有権者に利益になるはずがない。
国政の舞台では、公明党は自民党政治に完全に飲み込まれ、悪政の推進役を果たしてきたが、地方政治ではもっと以前から自民党流の政治を推し進めてきた張本人である。
有権者ももっと澄んだ目でこの政党の本質を見極めるべきであろう。
それにしても、公明党議員の狂気には驚くほかはない。