「ただならぬ場所」諏訪 小倉さん本刊行 長野日報 2020年10月25日 6時00分
作家・映画プロデューサーの小倉美惠子さん(57)=川崎市=が、諏訪地方の風土や産業、文化を丹念な取材で掘り起こしたノンフィクション「諏訪式。」を刊行した。9年を費やして「ただならぬ場所」諏訪の魅力をまとめた本書が、全国で話題になっている。
諏訪との縁はなかったが、諏訪信仰にまつわる甲賀三郎伝説をモチーフにしたノンフィクション映画「ものがたりをめぐる物語」を撮影することになったのがきっかけで、諏訪を訪れるようになった。
2011年に取材を開始。膨大な資料を前に途方に暮れていた際、長野日報社刊で同社の伴在賢時郎・元特別編集委員らが企画取材に携わった「諏訪マジカルヒストリーツアー」を手にし、同書にヒントを得て、情報誌「そもそも」に連載した。「諏訪式。」はその原稿に加筆し、全4章から構成される。
話は、明治期の諏訪で製糸業からものづくりが勃興する場面から始まる。昭和に至るまで、東洋バルヴや諏訪精工舎(現セイコーエプソン)など諏訪の産業へと受け継がれる特性を探っている。岩波書店創業者の岩波茂雄とアララギ派の歌人・島木赤彦の2人を中心に、作家や出版人たちの多彩なネットワークを描いている。
物語の後半は、広大な空間を生んでいる諏訪湖を中心とする風土と、そこで培われた科学的な態度が語られる。彼らを通して、近代の形成期に自分たちの持ち味を生かし、環境の変化に立ち向かっていった「軸足のある人」の姿が浮かび上がってくる。
豊富な史料から、当時の人々の息遣いが伝わってきて、タイムスリップした気分が楽しめる。小倉さんが訪問先で出会った人から受けた印象と川崎市で見た風景とを重ね合わせた思いが、随所に柔らかいタッチで記された紀行文のような文体も魅力的な作品となっている。
小倉さんは執筆していた頃を、都会の目まぐるしい時の流れから「タイムカプセルのように守られていた幸せな時間」だったと振り返る。諏訪で出会った人たちは「自分の地域を知ろうとする人に、丁寧に教えてくれる気さくな人たちだった」とも話す。刊行されると全国の小さな書店などからも反響があり、「諏訪スタイルが全国の人にも響いているのではないか」と寄せた。
四六判、262ページ。価格は1800円(税別)。
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