『ソウルボート航海記』 by 遊田玉彦(ゆうでん・たまひこ)

私たちは、どこから来てどこへゆくのか?    ゆうでん流ブログ・マガジン(エッセイ・旅行記・小説etc)

今起こっていること

2011年07月17日 23時01分23秒 | 核の無い世界へ
生きている限り、諦めないので、また書きます。

私は、現下の放射能禍害について、京大原子炉実験所の小出準教の見解を聞き続けています。作家の広瀬隆さんや、真剣に取り組んでいるフリージャーナリストの記事も読みます。しかし、そのほかのニュースソースは殆ど参考にしなくなりました。何か他の意図を感じるものがあるからです。不純物が混入している意見を聞いている間はありません。

小出先生に、東京都が今、抱えている「下水汚泥汚染問題」について、意見を求めた柳ヶ瀬民主党都議会議員の画像を見て、また、都議会で同議員が質疑する内容を動画で観て、今更ながら、そのヤジを飛ばす他議員の声を聞き、思い知ります。

柳ヶ瀬議員は、都民の安全が護られない、下水処理の放射能問題を問い掛けるのですが、それに対して「不安をあおるな!」のヤジです。福島から飛散した放射能核種が、雨に流されて下水に入り、都の下水処理場へ流れ込み、汚泥となったものを焼却処理し、それを流し、大気中に放出しているのです。柳ヶ瀬議員が専門家に依頼して独自に調べた数値は50億ベクレルという高濃度の放射能といいます。下水処理場は、何の放射能対応もない施設で、3.11以降も以前のままで稼働させています。徹底した調査も行われず、対応策も採られず、そのままです。それでも議会はヤジです! 

実態が解りますか。国も、各行政も、まともに機能していないことを。私たちは皆、今日の賃金の為に働き、今日のごはんを買って生きていますが、明日のことを本当に考えているのか!? 子どものことを考えているのか? 数年後、健康被害が確実に起こり始めますが、そのときはそのときと思っていませんか。私は、そう思っています。小出先生も、「私もどうしていいのかわからないのです」と言う。どうしても、人間の思考の限界をまざまざと見せつけられます。

ですから、ある意味で、もう諦めました。言っても駄目だ。だったら、聞く耳を持つ仲間と何とかしようと思う。聞かない者は誰であろうが相手にしません。また、自らの意見を述べない者も相手にしません。勝手にしてください。そう思います。


ドリーマー20XX年 15章

2011年07月17日 17時03分17秒 | 近未来長編小説『ドリーマー20XX年』
【あらすじ】
新宿で働く安サラリーマン、山田一雄45歳。将来の希望などさしたるものもない独身暮らし。楽しみといえば給料日に歌舞伎町のキャパクラへ行くことぐらいだった。この男がある日、奇妙な夢を見始める。白髭の老人との対話の末に、夢旅行へ誘われ、時空を超えた旅が始まる。やがて辿り着いた世界は、20XX年の新宿だった。

(右下の欄のカテゴリーで、1章から順にお読みください)
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~~15~~


 洋介は地下基地の診療ルームのベッドの中で微動だもせず眠っていた。額や肩、腕に包帯が巻かれ、手首に点滴の管が通されている。真理恵が付き添い、その顔を眺めている。もう陽が上がり始めた時分だ。

――生きててくれて良かった・・・
 葉子の心がつぶやいている。
 真理恵もそう思い、葉子の気持ちが痛いほどわかった。洋介はかつての恋人だった。その葉子の肉体はもうこの世にはなく、霊として真理恵の中にいる。

 ドリーマーとはなんと奇妙な存在なのかと葉子が思うと、真理恵の目に涙がこぼれた。死んでいるのに死んでいないことが喜ばしいのか、哀しいことなのか。

「身体は魂の乗り舟」ということにほかならない。昨日、起こった事件から今という隙間のような時間への流れの中で、さらにそう思う。乗り移っている葉子からすれば真理恵はこの世に生きている。生きていることがどんなに愛おしいことかと誰よりもわかるのだ。立花葉子が涙を流すのはドリーマーならばこその感情だった。その愛おしさから、ときおり夜の公園内を幽体になって彷徨っていた。以前、モニターに映された女の姿は葉子だった。

 眠っている洋介の思念に葉子がフォーカスすると、今見ている夢が目に映った。洋介が必死の形相で工藤香織を助け出そうとしている。彼の意識はまだ、あの臨海埋め立て地のブロックCにいるのだ。あそこから救出するのは洋介で手一杯だった。とても香織まで救い出すことはできなかった。

 真理恵は診療ルームの長椅子で一時間ほど仮眠し、目を開けた。まだ洋介は死んだように眠っていた。時計を見ると六時になろうとしていた。真理恵が起き上がり、部屋を出て指令室へ向かった。ドアを開けると吉川以下、全員が席に着いていた。

「どうだ少しは休めたか」そう言って吉川が席を立った。「では真理恵、ドリーマー立花葉子の報告を聞かせてもらおう。それが今日からの作戦行動の大事な要となる」
「はい。杉山の言語脳の中の最新ワードをインプットした情報ですが、どこまで正確にアウトプットできるか」
「そうだな。初めての試みだったが」と吉川が言って黙った。ほかのドリーマーたちも固唾を呑んで耳をそばだてていた。

 真理恵が目を閉じて、眉間に皺を寄せ神経を集中させている。
 やがて身体を揺らし始め、沈黙の数分後、もごもごとつぶやき出した。
――輸入停止。非常事態宣言。飢餓。疫病。首都征服。都市解体。国家解体。トキオ区人民管理局。上級民A中級民B下級民C番外民Z

 それらがカテゴリ・キーワードのようだということはわかったが、それを聞くだけでは、それぞれの内容が理解不能だった。

 さらに真理恵がもごもごと言い続けた。
――地球ブロックエリア。人口統制。日本四〇〇〇万人。世界統一政府。

 黙って聞いていた吉川が口を開いた。
「なるほど今後のシナリオのようだな。やはりそういうことらしいぞ」ますます眉間に皺が寄っていた。「杉山は、そのエージェントということだ」

 真理恵がキーワードを単調に羅列し続けた。
――公園村閉鎖。臨海公園村。人民選別。洗脳プログラム。
「現在に近づいたな」吉川の顔に緊張が走った。「おい、その計画は何月何日だ?」
 真理恵の眼球が瞼の中でくるくる泳いでいる。脳内に無数と言っていいほどの言語ワードが飛び交っているのだ。

 その両こぶしを固く握り、激しく髪を振り乱した。
「ダメーッ!」大声で叫んだ。
「オイ、どうした!」吉川も叫んだ。
 とたんに真理恵がわーっ泣き出し、ひくひくと肩を痙攣させると一言を発した。
「ウイルス計画」
 椅子にもたれ掛かったきり動かなかった。

 精神安定剤を投与された真理恵がしばらくして目を覚ませた。
「どうだ?」吉川の心配げな声だ。「まだ苦しかったらしゃべらないでいいよ」
「いえ。できるだけワードを見てて」小刻みに呼吸しながら言い、「とんでもないことを・・・」
「ウイルス計画というと?」
「臨海公園村へ移されたら、そこで選民されて大半の人が」真理恵の声がくぐもった。
「それがウイルス計画か。やつらこそテロリストだな」

 短い会話で吉川はおおよその見当をつけていた。
 臨海公園村へ強制移住させておき、奴隷化に従う人民だけを残そうというのだろう。そうでない者たちは隔離され、ウイルス感染させて殺す計画か。合法的なやり方はいくらでもある。選別した人間にワクチン接種をおこなっておけば、不要な者だけが感染して勝手に死んでくれる。または全員に接種させてもよく、そのワクチンを効くものとニセの二種類用意すればいいだけのことだ。

 しかし、その手間を省くには、今の公園村で大半を反逆者として検挙しておき、臨海公園村建設で強制労働させた後、ワクチンに見せかけたウイルスを投与して感染させれば選別する必要もなくなる。杉山は一斉検挙という手段に出るために、あんな工作を仕掛けたのだ。であれば、あの女に任命された期間が思ったよりも短縮されたと考えられる。世界統一政府の下部組織のエージェントとは、一体どの機関なのか。そこまではまだわからない。

「いずれにせよ真理恵、絶対にそんなことは実行させない。われわれドリーマーが結束して阻止する。作戦計画を立てて行動に移るぞ」
 吉川の腹からしぼり出された声が、部屋中に重く漂っていた。

            ○○○

 地上の公園広場では治安部隊が村民を取り囲み、山本本部長ら情報部員と公安警察が合同で本格的な取り調べの準備に当たっていた。グッタリ疲れ切った住民たちを並ばせ、仮設テントの中でひとりずつ尋問した。発砲した五名の男のほかにも共謀者がいないかが取り調べの目的で、不審者は本部へ連行するのである。

 そこに杉山泰子の顔もあった。彼女が平然とそこにいられるのは、石井洋介が真犯人であるとの証拠を持って帰還したからである。
 その証拠というのはいくつかのビデオ映像で、決定的なのは谷田部の指示で洋介が行動しており、グランドの爆破準備と発砲場面が動かぬ証拠となった。そこは抜かりのない杉山である。マインドコントロール下にある洋介のシーンを記録映像に残していた。

「予想外だったな」と山本が苦虫を噛むような表情だ。「しかし秘密組織から逆にマインドコントロールを掛けられていたとはな」
「現在、捜査員が石井を追っています。検挙は時間の問題でしょう」平然とした顔で杉山が答えた。どこに潜んだのかわからなかったがエージェントのひとり、あの大柄な男を差し向け、公園村近辺を捜索中だった。
「二重スパイか。手厳しい尋問もやむをえん」
「私にお任せください」杉山は腹の中では「今度はもう生かしてはおけない」と思った。杉山のS的感覚がピークに登り詰めていた。

 地下基地では、ドリーマーたちの作戦会議が始まっていた。真理恵も出席しているが、洋介の姿はない。まだ起きて話せる状態までに回復してはいなかった。
 吉川がホワイトボードに、臨海公園村と管理ビルの図を描き、昨夜からの行動模様を説明し終わっている。

「ここは管理ビルだが中身は杉山ら工作員の基地だ。われわれのターゲットはこことなる。まだ期日はわからんが村民が移されたらいつウイルス感染させられるかわからん。だが仮にこの施設を爆破したとしても一時的に回避させられるだけの話で終わってしまう。やはり以前からの計画、ネット人垣作戦しかないな。ネットで結集を呼びかけて各地方でデモ活動を展開しつつ、この東京でも一〇万、いや一〇〇万人のデモ集会を決行する」

 全員が黙って吉川の話を聞いていたが、高野隆が手を上げた。
「最近はちゃんねるCO2へのネット妨害も多くて。情報部の検疫もですけどわけのわからない連中のサイバー攻撃も激化してます。おそらくネット世界でも総攻撃に出るでしょうね。今、ちゃんねるCO2のネット会員は六〇〇名ほどですが、この人たちはすぐに動いてくれるでしょうけど問題は毎日見てるアクセス三万人への説得力ですね」

「なにかいいアイデアはあるか」と、吉川が問うた。
 間を置いて高野が答えた。
「リアル映像しかないかと」
「たとえば?」
「絶対マスコミ報道されない映像。昨夜の爆破シーンの一部はモニター撮影があります。南ゲートにいる情報部員らが映ったものとか広場で村民が逃げ惑うものなどを映像編集すれば治安部隊が村民を威嚇している場面をアピールできるし、戦場場面そのものですからテロップ解説に説得力が出ますよ。政府は村民検挙を実施し、その裏で秘密部隊が動いているといった。で、間もなく全国規模で強制収容が敢行されるぞ、みんな明日は我が身だ。大至急、情報拡散をと呼びかけるわけです」

 聞いていた全員が、それしかないといった表情を見せ、真理恵が拍手したのをきっかけに皆が手を叩いた。
「公表する段階に入ったな。よし。その作戦でいこう。すぐに編集に取りかかってくれ。作戦名を“明日は我が身だ”としよう」

 この日の昼までに、ちゃんねるCO2に「明日は我が身だ」がアップされた。ネット原稿は野川典子が担当で、映像デザイン編集は高野隆だ。
 まず、サイトを立ち上げるといつもどおり「ちゃんねるCO2・自分の脳に新鮮酸素!」といったタイトルが出て、赤い大文字で「緊急報告! 秘密部隊の影」と続く。それから記事となる。

――昨夜未明、戸山公園村箱根山がテロ爆破攻撃に遭いました。治安部隊が突入。死傷者が数名出た模様。そこまでは一般ニュースですけども・・・テレビ新聞では絶対に報道されない信じられない事件です。添付の動画を、ぜひご覧いただき、ご自身の目で確かめてください。

 この動画は投稿者によりYou-tubeにアップされたものを資料映像として貼り付けてある。再生時間は9分ほど。

 爆発時の閃光が暗い広場を一瞬、明るく照らし、人々の姿を浮かび上がらせている。二回目の爆発模様だ。その後、連続して銃声が響き渡り、喚き泣き叫ぶ声と、人々が広場を逃げ惑うシーン。人が血を流して倒れているアップは監視モニター画像ではなく、野川典子が携帯モバイルで撮ったものだ。映像が切り替わり、治安部隊の装甲車が接近、拡声器で「本部隊は攻撃を開始する!」と隊長の声が広場に響き渡っている。南ゲート前の対策本部が映り、物々しい隊員らの集団と情報部員らが動き回る場面で映像が終わる。

「明日は我が身だ」と題して添付した動画の再生▲マークをクリックし、映像を見返した高野隆が「ド迫力だな」と言った。
「テレビニュースで流れたのとはわけが違うわ」
「報道規制されたからな」
「治安部隊が市民に向けて攻撃するなんて昔の天安門かタイの暴動ものよ。でも、この動画すぐに情報部の圧力で消去されるわね」
「ああ、時間の問題だろうな」

 この動画がアップされて一時間が過ぎていたが今のところは流されていた。アクセス数は八〇〇を超えている。大方がネット会員だろう。その中にはすでに動画を自分のブログに貼り付けたとカキコミしている読者も何人かいた。事情を察した多くのブロガーたちが情報拡散を図っているに違いない。夕方までには全国でこの事実を映像で知る読者が数万に達するはずだ。ネット世界はまさしく時間との勝負だった。

 高野と野川は、急ぎ次のネット記事作成に取りかかっている。続報として午後一時にアップする予定だ。
「緊急集会! 開催決行」として、三日後の土曜日に戸山公園村北ゲート前に集まり、抗議大会を開催するといった内容だ。この呼びかけでどれほどの人数が集まるかは不明だが、会員の内で一〇〇人でも駆けつけてくれれば、村民の仲間と合わせてある程度の規模で反対表明ができる。その様子を録画してすぐにネット配信し、「明日は我が身だ!」と各地の公園村の人々に訴えかけるのだ。

 ただ、デモ活動は以前のように簡単ではなかった。幟やビラ配りは規制され、拡声器の使用も禁じられていた。集まってできるのは、無言の表明である。真実の声を広く伝えられるのはネット世界のみだ。しかし、それもネット規制強化法案が国会で可決されれば、来月からでも「自由発言」ができなくなる。ネット世界が時間の問題というのは、そのことでもあった。

 高野と野川が思ったとおり、二時間後に「明日は我が身だ」動画は、プロバイダーの自主規制という名目で配信が停止された。You-tubeにアップされた動画が消された時間としては異例の早さだった。一度、配信を停止されてしまえば、同様の動画はすべて消されてしまう。対応策はあった。DVDに動画を落として、各会員へ宅配すればいいのだが、しかしすでにそんな時間は残されていなかった。明日にでもエージェント杉山泰子らは行動を開始するかもしれないのだ。

               ○○○

 診療ルームでまだ目を閉じたままの洋介は夢の中にいて、うわごとを口走っていた。

「香織、香織、行っちゃダメだ・・・」

――広い緑の丘にいて、その先に香織が立っている。それを追いかけるが、いつまで経っても追いつくことができない。香織の手の先には小さな女の子がいて、手をしっかり握っている。やがて香織と女の子が丘の上に登って、その彼方を眺めている。また追いかけるが空転するばかりで足の感覚がなかった。オーイと叫ぶが声も届かなかった。

 場面が変わり、自分がピストルで人を撃っている。男たちが、どさり、どさりと倒れていくのを無表情で眺めている。いくらでも弾が撃て、そのたびに人が黒い血を流し、倒れていく。もう、戦争なんだ。だからいいんだ。そう、しゃべっている。

 また、場面が変わり、丘の向こうが見えている。その先は累々と折り重なる人間の黒い塊。そこへ香織と女の子が下りて行くのが見える。自分の足が空転している。どこまでも追いつけない。大地を覆う黒い塊が彼方まで続き、大海原のようにうねっている。一個一個が生きているのか死んでいるのかわからないが、黒い塊全体が遙か遠くへとうねっていき、その果てが見えない。香織と女の子の姿ももう見えない。

 洋介は全身にびっしょり汗をかいていた。わたしである山田一雄は今、洋介の身体を離れ、天井付近から今しがたの洋介の夢を傍観していた。宿主の夢に入ってしまえば二重の夢の世界から戻ることができなくなるからだ。洋介の意識が戻ったところでまた、すーっと身体に入った。とたんに虚脱感に襲われ、なにかがすっかり自分の中から抜け出た感覚だけがあった。同調しているのが辛い。耐えながら、洋介を支えた。

 真理恵が部屋に入り、「大丈夫?」と声をかけた。無言の洋介を見て「まだ休んでいたほうがいい」とひとりごちた。
「もう始まった」と洋介が口を開いた。
「ええ、作戦を展開中よ」
「戦っても無駄だ」
「諦めるの?」
 また洋介が黙って目を閉じ静かになった。
 真理恵が母親のような素振りで薄掛けを直してやり、部屋から出た。
 それに合わせるようにし、わたしも洋介の身体を離れ、天井を抜けて地上の世界へ出た。

 葉子と違い、わたしは幽体ではあるがまだ同次元に山田一雄の肉体を持っている。その肉体とは銀色の糸のようなもので繋がっている。だから葉子のように蝶のごとく自由に舞い、空間移動するのは楽なことではない。銀の糸は重く、身体を引きずるように路上を漂い、南ゲートまで進むのに三〇分もの時間を要した。それに洋介の中に入った初期の頃と違い、ほぼ同調している今はそう長く洋介から離れていることができない。長時間、分離しているとわたしの意識がこの次元から薄れ、異次元の迷い子になるかもしれない。

 仮設テントの対策本部を覗くと、山本本部長の姿はなかった。杉山泰子はいた。ほかの情報部員となにかやりとりをしている。近くまで寄って耳をそばだてた。
「もう時間がないわ」
「そうですね。で、その指令はいつ?」
「これからよ。行動開始は土曜の集会直前」
「直接ですね」
「彼らを動かして実行させるの」
「了解」

 この男も杉山のマインドコントロール下か。一体この女は何人の男にマインドコントロールを掛けているのか。男たちははべらせる場面を想像したわたしは、杉山の顔に唾を吐いた。

「いい、私はこれから臨海へ行くから山本本部長が帰って来たら吉川捜索中と伝えるように」
「了解です」
 杉山の後ろに着いて南ゲート外のハイブリッドカーへ行き、助手席に座った。ダッシュボードのフタ半分が溶け、間に合わせにガムテープで補修されていた。洋介の携帯モバイルが発火したせいだ。

 キーを回し滑るようにハイブリッドカーが動き出した。首都高にクルマを乗り入れると、カーステレオのスイッチを入れた。ハードロックがガンガン鳴り響く。それに合わせてアクセルペダルを踏み込むとキューンと響くエンジン音と共に車体が加速し、杉山は束の間のハイウェイドライブを楽しんでいる。フロントグラスに向けられた目が据わっている。前を走る貨物トラックがのろく感じられた。脇に退けとばかりにハイビームを浴びせかけた。赤い唇を舌で舐め、さらにアクセルを踏み込む。メーターが一八〇キロを超えていた。

 一瞬、洋介の思念が浮かんだ。
――ハンドルを握る女の腕を掴め!

 だが、それは叶わない。わたしが掴んでもすり抜けるだけだ。葉子のように憑依することもできない。わたしが可能なのは洋介への介入だけだった。もし、洋介が今ここに乗っていれば躊躇わずそうしていただろう。ハンドルを取られてコーナーに激突し、クルマごと粉々だ。

 あっという間に湾岸線に至り、臨海公園村建設地まで到達していた。ゲートをくぐり、管理ビルの前にクルマを滑り込ませ、エンジンを切った。その窓のない管理ビルの中に入ると、大柄な男が出迎えた。

「皆さんお待ちかねだ」
「ここまで二五分を切ったわ。新記録よ」と言って杉山が瞳を光らせた。
「自分なら二〇分を切る」と大柄な男が無表情に言った。

 ふたりは無言で長い廊下を歩き、会議室に杉山がひとりで入り、大柄な男は扉の両脇に立つ二名の警備要員と共に外に残った。
 そこは円卓会議テーブルで、ざっと三〇名ばかりの人間が座っていた。年齢層は四〇代から七〇代で、穏和そうな風貌でも眼光が鋭かった。そのどれもが要職に就いていると感じた。ほとんどが日本人のようだが、三名の白人も混ざっていた。

 会議室にいる中で最も若いと思える色白の男が「では、本会議の前に少しお時間をいただいて情報部の杉山から公園村移転の進捗状況をご説明させていただきます」と言った。

「皆さま、お待たせいたしました」椅子から立ち上がり、杉山が頭を下げた。「では、手短に直下の計画をお伝えさせていただきます」
 その丁寧な言葉使いから察するとおり、そこに並ぶ人間たちは杉山が所属する組織の幹部に違いなかった。

 杉山から見て中央に座っている六〇代後半と思える男が口を開いた。
「杉山君、B計画を成功させることが出来なかったではないか。どう収集をつけるのだね」と、くどい言い方をした。どこか政治家のような独特の言い回しに感じられた。或いは大企業の会長のような口調とでもいうのか。
「申し訳ございません。ただ、例のグループにダメージを与えることができました」
「ダメージかね」
「はい。リーダー格は始末できませんでしたが、その仲間の男は再起不能かと」
「その程度か」と男が不満そうな顔をした。「昨夜の計画で敵対する者は一掃するはずだっただろう。今度は決定打を与える計画だろうね」
「もちろんです。皆さまにお集まりいただいて」
「後はないと思いなさい」
「はい。承知しております」杉山が首根っ子をつままれた仔猫のように背を丸め、かしこまった。
「計画を聞こうか」
「次の土曜日にC計画を実行します。そのためにグランドクロスのメンバーを動かし、戸山公園村での抗議集会を潰します。その際、秘密組織を壊滅させる次の手段も準備しております」

 右隣に座る白髪の男が言った。
「どんな手を使うのか知らんが後で国家安全保障局の堅物どもを丸め込めるのかね」
「あの連中なら問題ないでしょう。所詮は公務員ですから」始めに口を開いた中央の男が受け流した。
 それに呼応するように杉山が言った。
「教祖はマインドコントロールで完璧に操れます。グランドクロスは世間からすれば怪しいカルト集団ですから解体して消し去ります。それでなんの問題も残りません」

 また、白髪の男が言った。
「まあどんな方法でも構わんが成果はあげてもらわねばならん」
「必ず一掃するとお約束します」

 グランドクロスとは、約束の日に惑星が一列に並ぶとき選ばれし民が神になるといった信仰で集まるカルトだ。神になる日を待ち望みどんな辛い修行にも耐えると山に籠もっている連中だが、そのカルトをどう使うというのか。

 会議室の天井付近に浮かんで考えていると、意識が少しずつ希薄になりだした。洋介から離れて一時間が過ぎていた。もっとさらに詳しい話を聞かなければ・・・奴らはなにを仕掛けるというのか・・・ここに集まった連中は何者なのか・・・

 管理ビルを出て、ゲート外にいた資材トラックに乗り込み、湾岸道路を走る荷台の上でどんどん意識が薄くなっていた。トラックは千葉方面へ向かっているようだった。反対方向へ走るクルマに乗り移り、何度かそのように繰り返して新宿まで辿り着いたときにはもうほとんど意識が消えかかっていた。戸山公園村の地下基地へ消え入るように沈んで行き、ベッドで眠っている洋介に重なったときにはわたしはもう幽霊そのものだった。

              ○○○

「それが杉山泰子の正体だろう」吉川がそう言ってベッドで話す洋介の顔を見た。「臨海公園村に集まっていたのが国際秘密結社の日本支部の連中だ」
「どんな組織なんですか?」
「その説明は簡単じゃない。本拠地がないグローバルにネットワークされた組織とでも言えばいいだろうか」
「では、いわゆるフリーメーソンだと?」
「フリーメーソンか。石井君もそう思うか」そう言って吉川が溜息をついた。そしてフリーメーソンについて語った。

 そもそもフリーメーソンとはなにか。中世ヨーロッパで誕生したとされる秘密結社には違いないが、その興りは石工の組合である。城郭都市建設に石工技術は不可欠であり、その組合組織は利権を握っている。ヨーロッパ各地でネットワークし、各地にロッジと呼ばれる支部も誕生していった。当初は石工組合だったフリーメーソンも、時代を経ると共に性質を変えていき、貴族や富裕層、インテリ階級の思想政治結社の色を帯びていった。また、それぞれの国ごとにフリーメーソンの特色も出て、政治や経済に絡んだ活動も複雑化する。だからフリーメーソンを一枚岩のように考えても、氷山の頭を眺めているに過ぎない。この日本でも幕末、薩長の間を走り回った坂本龍馬も長崎のグラバー商会の力を借りて軍艦や武器を調達したが、そのトマス・グラバーもフリーメーソンだったという話は有名だ。現在もフリーメーソンのロッジ支部は全世界の主だった都市にあり、堂々と看板を掲げている。ではなぜ秘密結社と呼ばれるのか。それは会員制とはいえ選ばれた者しかなれないし、会員になる際、秘儀があり、極めて厳しい秘密厳守があり、会員間の相互扶助は家族や国家を超えるといった結束の固さなど、外部を受け付けないフリーメーソンの秘密主義がオカルティックな印象を与えている。

「フリーメーソンと言っても実態を把握する者は部外者には皆無だし、その組織内にまた違う性格を持つ組織もある。フリーメーソンのネットワークを利用する組織内組織だ。世の陰謀論者はなんでもかんでも代名詞のようにフリーメーソンだと言って、それで事が片づくと思っているがそんな単純なものではないのだよ。また、ユダヤの陰謀だとも言われてフリーメーソンと同根にして語られるがね。関係性がないわけではないが正解とは言えない。ユダヤ陰謀説も一種のカモフラージュかもしれん。では答えはなにかだが、答えられないというのが答えだ」
「だから国際秘密結社だと?」
「まあ、そういうことだ。アメリカのCIA、ロシアのKGB、イギリスのMI6、イスラエルのモサドなどといった諜報機関には名称があるが、この国際秘密結社には公表される組織名など無いんだよ。もちろん下部のエージェント組織にも固定された名称はない。必要に応じて名称など変えるからだ。各国の諜報機関は各国家に所属しているが国際秘密結社には国家がないからすべての諜報機関に絡んでいるかもしれん」
「すべての諜報機関にエージェントが潜り込んでいると?」
「その可能性は大いにある。もっともそれぞれの内部での動きなど捉えようがないからあくまでも推測に過ぎんがね」
「でも国際秘密結社の大本はアメリカにあるんじゃないんですか?」
「2000年代に入ってから、やたらとグローバルが標語のようになっただろう。やれ経済のグローバル化がどうだとか。アメリカから発信されたキーワードには違いないが、グローバルネットワークが帰属する国などないよ」
「なら、なにが彼らを結んでいるんですか?」
「血と金、つまり血族と金融ということだ」
「ロイヤルファミリーですか?」
「もっと根は深い」
「その根がこの日本にも張っていると?」
「この国がジパングと呼ばれた頃から。宣教師は調査員として送り込まれたエージェントだ。一六世紀に大洋を渡って東アジアに来るのにどれほどの金が必要だったと思う。現代なら月へ行けるぞ。そんな歴史の話をしていたら切りがない。もっと根っ子を探ると紀元前の世界へ行ってしまうことになる」
「いや、また頭が痛くなってきましたよ」
「まだ休んでいたほうがいい。今回、君は相当痛めつけられたからな」
「真理恵さんは大丈夫なんですか?」
「彼女はぎりぎりだった」吉川は立花葉子の名を出さずに言った。「明後日、土曜日が大きな転換の日になる。奴らも全力で仕掛けてくるだろう。こちらも万全で挑まねばならん」
 そこまで話すと吉川が丸椅子から腰をあげ、「ゆっくり休んでなさい」と言って病室を出て行った。

 ベッドに横たわったまま洋介の考えが止まることはなかった。白い天井壁を眺めながら思った。その思念はゼロゼロKY山田一雄が中心だ。
 以前、まだ洋介との間を行き来している頃、M師が教えてくれた世界変動の話が、今いよいよ具体化しているのだ。それを阻止するのがドリーマーの使命だと。そう、M師がいつになく真顔で言ったことを思い出す。

「これからは世界中のドリーマーが手を取り合って立ち上がる時が来るんじゃ。わしの上の者がそう言っておってな、わしゃそれ聞いてこりゃ大忙しじゃと思ってのう」
 また、M師はこうも言った。
「人間界はドラマの舞台じゃ。思いつく限りのことが演じられる。そこで人は人と闘い、また助け合う。人間の世界の事は人間でやれねばならんのが約束じゃ」

 あれからもう、どれくらいの時が経ったのだろう。初めて二〇XX年の新宿の地を踏んで、その時代からここに戻って、自分のいる時代はすでに過去で・・・時間なんてあって無いような気がした。今度は本番、長い旅だと言われて、もう、しばらくM師の顔を見ていない。洋介には申し訳ないとこをしたと思う。自分が工藤香織に接近したいがために、彼を巻き込んでしまった。今、洋介は香織と子どもを失いそうになり、戸山公園村の仲間と戦うことに自分の全人生を賭けている。

 あの、コンビニでアルバイトしていたどこにでもいそうな青年・・・
「すまん! 許してくれ!」山田一雄が心の内で大声で叫んだ。
 洋介が声にして返した。
「違うよ。これが僕の現実さ。むしろありがとう」
「洋介、俺を使ってくれ。明後日の戦いで俺はもうどうなってもいいから頼む」
「山田さん忘れてるぜ。約束したじゃないか思えば赴くってさ。それを思うのは誰だい。僕も同じようにそう思うからこうなってる。そのことになんの後悔もないよ。この苦しみだって香織を愛してるから、これから生まれて来る子どもが愛おしいから、そう感じることができて幸せだと思うよ」
 洋介がベッドの中でひとり、涙を流しながらつぶやいていた。

 地下深く窓のない病室のテーブルに白い百合の花が飾ってある。甘い香りが部屋に満ちているのに、ふと洋介が気づいた。花の匂いに目を向けると、風もない部屋で白いその大きな花弁が頷くように、ふわり揺れた。真理恵の手で葉子がそっと活けたユリの花だった。

(16章へ つづく)